第37話ホームレス和平を結ぶ

 講和会議の結果は、ヴォルフスブルク王国が完全に有利な条件で確定した。


・今回の戦争は、ローザンブルク軍団による暴走に端を発したものだと認める。

・戦後賠償に関しては、要塞の修理費用とその他を勘案して2億1000ゴールドとする。

・両国間で問題となっていたヴォルフス街道の領有権は、ヴォルフスブルク王国のもとする。この問題は不可逆的なものであると決定する。

・ローザンブルク帝国とヴォルフスブルク王国は10年間の不可侵条約を締結する。


 この4つの条件で講和は成立した。

 これで全てが終わった。ヴォルフスブルクが大陸の列強国を倒した瞬間だ。

 すべての非をローザンブルク帝国が認めて、国家予算の半分に近い額の賠償金がヴォルフスブルクに入る。さらに、今まで火種になっていた領土問題もすべて解決されて、不可侵条約によって東側の安全まで確保できた。完璧だ。


 さらに不可侵条約が締結されたことで、ヴォルフスブルク王国包囲網が瓦解を決定づけるだろう。同盟の盟主であるローザンブルクが戦争をしないことを明言したんだからな。


 これで、周辺諸国がすべて敵という最悪の状態は回避した。

 ヴォルフスブルクは大国への道を突き進む。


 賠償金による国家の近代化。

 旧秩序の打破と新国際秩序の形成。


 大国へと進むべき道は少しずつ形成されてきた。あとはもっと頑張るだけだな。


「やりましたね、クニカズ?」

 講和文章へのサインが終わって女王陛下は俺をねぎらうように語り掛けてくれる。


「ここからですよ、陛下!」


 アルフレッドも俺の肩に手を置いて力強くうなずく。


「今回の件はクニカズの功が一番大きいからな。新しい戦略を思いつき、歴戦の政治家のブラフも冷静に状況分析することで見破った。間違いなくクニカズは救国の英雄だ。これからもよろしく頼む」


 やっと、俺は居場所を見つけることができた。

 死ぬ気で頑張ってやっと、やっとだ。


 ここで俺はみんなを幸せにする。

 そう決意した瞬間……


 俺はローザンブルク皇帝に話しかけられた。


「クニカズ中佐といったかな? この老いぼれに少しだけ時間をくれないか? なに、暗殺などは考えていない。それができるならニコライがお前を殺しているはずだ。わしのような老いぼれが勝てるわけがないだろう? お茶でも飲みながら今後の世界の話をしたい」


 女王陛下はこくんとうなずいた。


「わかりました。陛下、よろしくお願いします」

 

 そして、俺はさっきまで帝国の大将だった人間と話し合うために中庭にでた。

 美しい庭園の中心部に、2人分のティーカップが置かれている。ずいぶんと雅なお茶会だ。


「さて、クニカズ君。茶を飲む前に念のため聞いておこう。キミは異世界から来た転生者だね?」


 ※


「それは答えなくてはいけない質問ですか?」

 下手に自分の立場を明かすべきではないと直感した。

 だからこそ、はぐらかすような方向へと持っていく。


「いや、強制ではないよ。あくまで答えることができる範囲で構わない」

 そう言って老人は笑いながら茶を飲む。


「では、ノーコメントでお願いします。俺の立場を簡単に明かすほど、ふたりの関係は進んでいないと思うので」


「それは残念じゃな」


 今度は俺が茶を飲んだ。


「では、酒でも飲みながら話をしようか。そのほうが仲良くなれるチャンスじゃろう? わしは、ヴォルフスブルクの酒である"ハーブ酒"をいただこうか。気分を変えたいからね。きみはどうする? わしが奢ろう」


 ハーブ酒は、ヴォルフスブルク名産の酒だ。健康効果があるとされて、薬のような役割を果たしているらしい。


 薬草入りワインみたいなものだな。

 あえて、敵国だった地の酒を飲むというのはなにかしらのメッセージみたいなものだろう。

 こちらは試されていると考えた方がいい。


 ならば……

 俺の世界で一番有名な酒の頼み方をしてやる。


「では、俺はマティーニを。ジンではなく、ウォッカで。オリーブではなくレモンを添えて……」


 どうだ、ニートをなめるなよ。時間が余りまくっていたから、映画は大量に見たんだ。

 

「ふむ、おもしろいな、きみは……。本来ならジンとハーブ入りのワインで作るマティーニを、我が国名産のウォッカで作れとは?」


 よかった。この世界でもマティーニがあったか。

 イチかバチかだったがうまく伝わったようだ。たしか、マティーニは20世紀に誕生したカクテルのはずだが? この世界の創造主はどうやら相当酒好きのようだ。


「ええ、陛下が我が国に配慮してくださったので……こちらもそれに応えようかと?」


 それで度数が高い酒を昼間から飲まなくてはいけなくなったんだけどな!?


 ※


 後世の歴史家は語る。

 

「ワルーシャ講和会議の直後、ローザンブルクのロバート帝とヴォルフスブルクの女王の懐刀とされたクニカズ・ヤマダ中佐の会談はおこなわれた。これがのちに言う"賢者会議"である。この会議はいくつもの絵画や小説で描かれており、歴史の転換点として今なお有名である。皇帝はヴォルフスブルク名産の「ハーブ入りワイン」をオーダーした。オーダーに両国間の安定についての願いをこめた皇帝に対して、クニカズ中佐は返礼としてローザンブルク名産の「ウォッカ」と自国の名産品「ハーブワイン」のカクテルを注文し両国の融和の意思を示したとされる。また、クニカズ中佐は『このカクテルにはマッシリア王国名産のレモンを添えるように』と注文した。これは暗に今後の国際秩序について一石を投じるメッセージを残したものだと考えられる。このようなエピソードから前半生に謎が多いクニカズ将軍だが、相応の文化人かつ教養豊かな人物だったと推測される。友人たちは、彼は特に小説と演劇を好み、即興で人を楽しませる物語を作るのがうまかったと証言している」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る