第36話ホームレス交渉で圧倒する

「……という流れで行こうと思います」

 俺たちは、夕食の時間まで一緒に過ごして、作戦会議を続けていた。


 今日はローザンブルク料理だ。

 

 クジャクのソテー、赤かぶのスープ、野菜とひき肉をパン生地に包んで焼いたもの、野菜サラダ。


 贅沢な食事だ。要塞攻防戦中はずっとジャガイモ生活だったし……

 ウィリーが俺に気を使って、格式ばった食事にしないようにしてくれたようだ。ありがたいぜ。


「私もこういう飾らない食事の方が好きなのよね。王宮では食事まで儀礼的で肩が凝ってしまうもの」


 そう言いながら、赤いスープを彼女は上品に飲んでいく。女王陛下は、食事の仕草すらも気品が漂うな。


「やっぱり、ウィリーは笑っている時が一番だな」


「えっ!?」


「さっきの講和会議の時はずっと神経を使っていたのが分かるからさ。友達として少し心配していたんだよ。たぶん、俺くらいしか対等にしゃべることができる人いないだろう。俺の前では、肩の力を抜いておしゃべりしようぜ」


「もうそうやって……リーニャにだって、ちょっかいをかけているの聞いているんですからねぇ?」

 なんだかごにょごにょ言っている。


「えっ、なんだって?」


「なんでもないですよ」

 美少女は政治家のように鋼鉄の笑顔で俺を威圧した。


「いや、絶対今なんか言ってたよね?」


「なんでもないですよ!!」

 彼女は力強く断言した。これ以上の質問は無用だと笑顔が言っている。


「そっか……」

 俺は彼女の笑顔に圧倒されて口をつぐむことしかできなかった。


 ※


 食事も終わり、ローザンブルクの伝統的なデザートが運ばれてきた。

 白くてとろとろの酸味のある乳製品。


「ヨーグルトだ!!」

 一口食べただけで、それがなじみのあるものだと分かった。


「クニカズの世界にもあるデザート?」


「おう! もともとは外国の料理だったんだけどな。今では朝食の定番になってる料理だ」


「酸っぱいけど、口直しにちょうどいいですよね」


「そうだ、ちょっとした工夫で美味しくなる食べ方を教えてやるよ」


「ちょっとした工夫?」


 俺はヨーグルトの容器に魔力を伝える。

 ヨーグルトを氷魔力で、シャーベット状にしていった。


 軽くミントを添えて、本当は砂糖がいいんだがジャムをのせた。


「どうぞ? ヨーグルトのシャーベットだ」


「冷たくて気持ちいいわ」

 

「酸味も冷やしたことで和らいで、最高だよ」


「すごいわ。こんな工夫考えたこともなかった」


「まあ、俺の世界では結構有名だったんだけどな」


「クニカズの世界は、魅力的なものにあふれているのね? どんな王宮料理や世界の秘宝よりもおもしろいわ」


 俺たちは明日の地獄に備えて、一緒に英気を養った。


 ※


 翌日、講和会議が再開した。


「それでは、女王よ。昨日の我が提案を受け入れるかどうか教えてくれるかの?」

 腹黒タヌキは笑っていた。まるで結果はわかっていると言わんばかりの口ぶりだ。


「ええ、決まりました」


「ふむ、では1週間後までに軍を撤退するように要求する」

 勝ち誇った笑顔だ。


「陛下、お言葉ですが……我々はあなたの提案を受諾するとは言っておりませんが?」


「なんだとっ!!」

 余裕をもって話していた老人はいきなり激高した。


「私が決めたのは、皇帝陛下の提案を拒絶することです。勘違いしないでいただきたいですわ」

 この世界の列強国の長に、彼女は宣戦布告したのだ。

 彼女の眼は暗にこう言っている。


「老人たちの時代は終わった」と。


「であれば、ヴォルフスブルク包囲網を形成する国家群と全面戦争をするつもりか!? 少しは話が分かる小娘だと思っていたが、どうやら過信しすぎたようだなっ!!」


「ブラフはそこまでですよ、陛下? 我が忠臣クニカズ中佐から陛下に言いたいことがあるようです。発言をさせていただきますね。クニカズ、どうぞ?」


 女王陛下の眼は「やってしまえ」と笑っている。


「では、失礼ながら言わせていただきますよ、皇帝陛下? まず、あなたが発言しているヴォルフスブルク包囲網は本当に機能しているんですか?」


「な、なにを?」


「本来であれば、戦争が始まった瞬間、ヴォルフスブルク包囲網は連動して我が国に侵攻してこなくてはおかしいのです。ですが、戦端を開いたのは貴国のみだ。反・ヴォルフスブルク連合はむざむざ勝てるタイミングを逃している。おかしいじゃないですか? あなたは敗北してから包囲網を強調した。それもおかしい。どうして自国の軍隊の権威が失墜するのを防がなかったんですか? 同盟が機能しているなら盟主であるローザンブルクの敗北は許されないはずです」


 皇帝は苦虫を嚙み潰したような顔をして黙ってしまった。

 俺は目配せして女王陛下にバトンを渡す。


「よって、本当に追い詰められているのはローザンブルクです。私たちは包囲網が機能不全になっていると判断しております。陛下、2日目の講和会議の議題は、領土分割案と賠償金でいかがでしょうか?」


「くっ、返答は即決ではできない。もうしばらく時間が欲しい」

 一気に皇帝が劣勢になった瞬間だった。やはり、包囲網の件はブラフか。


 そこにウィリーがとどめを刺す。


「陛下、残念ながらあなたは敗者です。我々がそんな猶予を残す必要性がどこにありますか? 答えは簡単です。領土分割を受け入れるか否か。イエスかノーかです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る