第20話ホームレス、要塞に赴任する

―ハーブルク要塞司令官室―

「アルフレッド閣下。ヤマダです。入ります」

 俺は1か月間の大学生活を終えて、無事に少佐に任官された。ヴォルフスブルク王国では、軍事大学卒業後は少佐へと昇進する。そして、アルフレッドに導かれて、このハーブルク要塞の作戦参謀として赴任したわけだ。


 アルフレッドは、この前のザルツ公国との国境紛争での功績で大佐から昇進し少将になっていた。親衛隊隊長からこのハーブルク要塞の司令官になったんだ。


 ハーブルク要塞とは、ヴォルフスブルク王国とローザンブルク帝国の国境を守るヴォルフスブルク王国最大の要塞だ。ローザンブルクは大陸最強の陸軍を保有しているため、国内の最重要拠点といえるだろう。


 実際、国境付近を要塞化することは有効的だと歴史も証明している。

 例えば、第二次世界大戦時のフランスとドイツだ


 フランスは史上最大の要塞ともいえるマジノ線を築き上げ、ドイツを約8か月国境に足止めしていたし、ドイツ側もジークフリート線と呼ばれる要塞でフランス軍の侵入を許さなかった、


 特にマジノ線は、内部に電気トロッコが走っていたらしい。

 ドイツはこの最強の要塞を攻略するために、80センチ列車砲など超大型の大砲をいくつも製造していたくらいだ。


「ようこそ、来てくれた。クニカズ少佐! 君が来てくれたからには、この要塞は難攻不落になるだろう」


「恐縮です、閣下」


「二人きりの時は閣下はやめてくれ。一緒に酒を飲み、背中を預けた友人だろう?」


「ならば、お言葉に甘えて。ありがとう、アルフレッド。これからよろしく頼む」


「こちらこそだ、クニカズ」

「さて、クニカズ。いきなりきてもらって切り出すのもあれだが、現在のヴォルフスブルクについてどう考えている? 君の考えを教えてほしい」


「難しい質問ですね。ただ、はっきり言えば絶体絶命としか言いようがありません。ザルツ公国の件は無事に解決しましたが、いまだにヴォルフスブルクは周囲に敵を多く作っています。さらに、周辺国の安全保障は複雑怪奇なほど入り組んでいる。独立保障や防衛協定、軍事同盟、君主の血縁関係。たとえ、我が国が直接戦争にかかわらなくても、複雑に入り組んだ外交関係がいつ火種になるかはわかりません。我が国のことだけならまだしも、他国の暴発すら我が国にとっては致命傷になる絶望的な状況かと……」


「うん。私も同じ意見だ。そして、目下最大の問題はね、ローザンブルクの第1軍団の動きが活発化していることだよ。先日から、大規模な軍事演習を繰り返している」


「示威的な行動か。いや、待てよ? ローザンブルクの第一軍団。もしかすると、指揮官は”永久凍土の荒鷲”ですか!?」

「ああ、そうだ。指揮官はニコライ=ローザンブルク中将。怪物だ」


 ※


 その後、俺とアルフレッドは一緒に要塞内を視察した。

 いたるところに、要塞砲が配備されていて、敵国の襲来に備えている。


 ヴォルフスブルクにおいて、もっとも重要な仮想敵国はローザンブルク帝国だ。大陸最強の陸軍を擁し、常に領土欲をあらわにする好戦的な国家だからだ。


 あの国は領土のほとんどが寒冷地のため、肥沃ひよくな大地と冬季に凍ることがない港を常に求めている。


 前世ではロシアが担当した歴史の役割を引き継いでいると考えればいい。

 ヴォルフスブルクがドイツを担当しているならば、まさに犬猿の仲だ。


 ロシアとドイツは、陸軍大国として、2度の世界大戦で敵対している。


 第一次世界大戦では近代化が遅れていたロシアが苦戦し、ドイツの近代的な陸軍の前に敗戦を重ねてついにロシア革命が勃発して脱落した。


 逆に、第二次世界大戦では、独ソ戦が大戦中最大の激戦となり、機動力を武器としたドイツ軍が人海戦術で物量をぶつけてきたソ連軍に敗れ去った。


 歴史の重要な転換点において、両国は常に対立していた。

 だから、この世界でもヴォルフスブルクが生き残るためには、ローザンブルク帝国をどうやって抑え込むかがすべてだ。


「今日も激しい軍事演習だな」

 アルフレッドは地平線の先で起きている爆音を聞きながらポツリとつぶやく。


「ローザンブルクの伝統は数的な有利を維持したうえで、強力な火力で敵を切り崩して数で圧倒する作戦だからな」


「さすがは異世界の英雄様だな。この世界に来たばかりなのに、もうそこまで到達しているとは?」

 そこをツッコまれると、俺もやりにくいんだけどな。前世でゲームをやって覚えましたなんて言えない。


 だが、俺はこの世界に来てから便利な言葉をおぼえたんだ。それを言えば皆納得してくれる。


「あんまりからかうなよ。大学の図書館で本を読んだだけだよ」

 大学の図書館。これほどみんなを納得させる言葉を俺は他に知らない。


「才能もあふれているのに、勉強熱心とは妬けるな」


 その冗談に笑い合いながら、俺はこの世界に来てから一番の不安を感じていた。

 嫌なイベントを思い出していたんだ。


 そのイベントは、アルフレッドとニコライ=ローザンブルクが両国の国境沿いにいることが条件で、偶発的な軍事衝突が発生するものだ。選択肢を誤れば、そのまま開戦しヴォルフスブルクは滅亡する。


 俺がここに赴任したのは、そのイベントを回避するためだ。アルフレッドが要塞の指揮官になることは確定事項だった。これを避けるには、アール砦の防衛を失敗する必要があったからな。そちらのルートなら、グレア帝国によってヴォルフスブルクは滅亡しているはずだ。


 だから、このイベントの方向へと俺は誘導した。こちらは、まだ条件が緩く回避は可能なはずだからな。


 ここから、俺の新たな生き残り戦略が始まる。


 ※


『センパイ、ずいぶんと難しい顔をしていますね?』


「あたりまえだろ。この後の歴史イベントは俺たちの生き残りがかかってるんだからな」


『そういう風にまじめなあなたも、好きですよ?』


「ありがとうよ。俺も全力で運命に抗ってやる」


 俺は自室で今後のことを考えた。

 今後起きるであろう歴史イベントは「ハーブルク事変」というものだ。


――――

歴史イベント:「ハーブルク事変」


ローザンブルクとの国境付近にあるヴォルフスブルク王国、絶対防衛線「ハーブルク要塞」。

そこで、偶発的な軍事衝突が発生した。

このままでは、本格的な軍事衝突となる可能性が高い。

ローザンブルク側は国境の軍事要塞の破壊を条件に和平案を提示している。

女王陛下、いかがいたしますか。


①滅亡しようとも、ヴォルフスブルク王国の矜持きょうじを示すために出陣する


②要塞線の防衛に専念する


③外交交渉の場でさらに交渉をする


④要求を呑む


――――


 基本的にこのイベントでヴォルフスブルクが滅亡するのは①を選んだ時だ。

 さすがに、こちらから全面戦争を挑んで勝てる相手ではない。

 ②を選べば、お互いに消耗戦がおこなわれて1年程度で和議が結ばれる。要塞線が突破されたら滅亡する危険性があるが、体感で10%くらい。


 ③は女王陛下の圧倒的な政治力で、お互いに原状回復で和議を結ぶことになる可能性が90%だ。ただし、わずかな可能性で①に合流する。


 ④ならとりあえず100%安全確保はされるが……数年後にローザンブルクが大軍で押し掛けてきたときに防御できる要塞を失うので、滅亡を後回しにしているだけだ。


 よって、俺たちが選ぶべきは②か③だ。これなら滅亡する可能性は少なく、リスクを抑えることができるからな。


 問題はどうやって、そちらの流れにもっていくかだ。正直に言えば、消耗戦はこっちの戦力もすり減るのであまりよくない。だから、外交交渉の場でどうにか丸く収めるようにしたい。


 とはいっても、俺は少しだけ楽観的になっていた。ほとんどの政府要人とは顔見知りになっているわけだし、軍部の上層部も俺を信用してくれているはずだ。だから、説得しやすい環境は整っている。


 宰相の横やりが怖いが、それは息子のアルフレッドに押さえてもらわないとな……

 明日にでも、アルフレッドには根回ししておこう。


 このイベントが終われば、とりあえず峠は越えるはず。

 そのあとは、富国強兵を目指してみんなと頑張っていけばいい。


 大丈夫だ。俺の人生はいい方向に変わっている。最高の仲間たちと、ここに最強の国家を建国する!!

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