第19話ホームレス、研修期間を終える

「それでは、ただいまよりヴォルフスブルク王国軍事大学の卒業式をおこなう」

 学長がそう宣言して、俺たちは卒業を迎えた。


 とはいってもみんなは正規のコースで学んできたわけだから、1年間だったけど、俺はある意味裏口だから、1か月ちょっとの学生生活だった。


 いや、ほぼ毎日机上演習させられるとは思っていなかったけどさ……

 もっと戦略論とか真面目に受けたかったけど、なんとなくこの世界の常識を学べたし、仲間とも知り合えた。完璧すぎる1か月だった。


 ちなみに、学年末のテストは俺も参加した。

 これはテストと言っても、卒業論文だった。


 教官が選ぶ題材について、自由に自分の考えを書くような感じだ。


 俺は、得意の戦略論を選択して書いたのが……


『戦力温存主義と軍事力均衡化による抑止力の研究』という論文だ。


 これはわかりやすいと思う。簡単に言ってしまえば、イギリスのある提督の考えをこっちの世界に置き換えたものだ。


 彼の考え方は非常にわかりやすい。


「自国が敵国を上回る軍事力を保持し続けることができれば、敵国はその抑止力によってこちらに侵略することはできない。双方の軍事力が均衡状態なら平和は訪れる」という考え方だ。まぁ、アーサーハーバート提督はこの考えを、自分の指揮の失敗の弁明のために使ったそうだけどね。


 でも、これは一理ある。冷戦下に核戦争が発生しなかったのも、2つの超大国がお互いの国を滅ぼしてもお釣りが来るほどの核兵器を持ち合っていたことが大きいからな。


 ただし、こちらの理論には一つだけ問題があるんだ。さっきの核戦争のくだりでもそうだが、優位な軍事力を背景とするにらみ合いを続けると、双方が軍拡を推し進めなくてはいけなくなってしまうことだ。


 超大国同士が、地球を滅ぼせる核兵器を量産し続ける結果になってしまったのも、この考えの問題点と言える。


 財政的にも大きな負担になるし、偶発的な衝突によって世界が滅ぶなんて結果を生みかねないほどのリスクもともなう。


 実際、勢力均衡が崩れた瞬間に、大きな戦争が起きるのは歴史が証明している。

 ウェストファリア体制崩壊後のナポレオン戦争。

 ウィーン体制崩壊後のクリミア戦争。

 ビスマルク体制崩壊後の第一次世界大戦。

 ワシントン体制崩壊後の第二次世界大戦。


 平和な時代にため込んだ軍事力というマグマは、破滅的な被害を世界にもたらす。


 よって、この論文のまとめとしては「一時的なにらみ合いをおこなう場合には有効な考え方だが、どこかで出口戦略をおこなわなければ財政的な負担は増え続け、最終的には双方が壊滅しかねない軍事力の増強を招く。よって、交渉や融和政策など政府が責任をもって、緊張緩和を目指す努力を続けなくてはいけない」とした。


 俺たちの世界ではある程度、普通の考え方だったが……


 どうやらこちらの世界ではすさまじい発見だったらしい……


「それでは、学年主席のクニカズ・ヤマダ大尉。登壇を」


 どうして、こうなった……


『おめでとうございます! センパイ!!』


 ※


―ヴォルフスブルク王国の東側に位置する大国ローザンブルク帝国―


 私は、いつものように執務室で仕事をする。

 ここはローザンブルク帝国とヴォルフスブルク王国の国境付近。

 いつ戦争が起きるかもしれない最前線だ。


 特に、ここ数カ月のヴォルフスブルクは不穏だ。


 そちらの国に潜入させているスパイからは、常に新しい情報がもたらされている。


 先月は、ザルツ公国との国境紛争を表に出る前に処理したこと。

 おそらく、指揮官は女王親衛隊のアルフレッド大佐だろう。あの国でここまで見事な作戦指揮ができる者を私は知らない。


 だが、に落ちないこともある。

 いくらヴォルフスブルクの至宝とも呼ばれるアルフレッド大佐だろうとも、あの数的に不利な状況でここまで完璧な指揮ができるのだろうか?


 そして、気になる報告はもうひとつある。


「異界の英雄」誕生の報告だ。これはヴォルフスブルク王国の首脳部に近いものから発せられている。

 つまり、信ぴょう性が高い情報だ。


 だが、そのようなおとぎ話を信じることはできない自分がいた。


 そして、部屋の扉が鳴る。


「閣下。ヴォルフスブルクに潜入しているスパイから、軍事大学の席次と卒業生の名簿が送付されてきました」


「ご苦労」


 軍事大学の席次は、将来のヴォルフスブルク軍の将官候補が分かる。主席と次席であれば、その者たちは軍の最高位に就く可能性が高いからな。だが、昨年の情報報告では、貴族階級出身のリーニャ大尉が主席になる可能性が高かったはずだ。だが、その名簿の順位では彼女の名前は次席だった。


「クニカズ・ヤマダ大尉。論文『戦力温存主義と軍事力均衡化による抑止力の研究』か」

 私は主席の学生の名前を読み上げた。


 この学生は、入学名簿に名前は入っていなかったはず。


 そして、この論文のテーマ。

 そうか、そういうことか。

 彼が「異界の英雄」なんだな。

 

「副官。すぐに中央に連絡してくれ。ヴォルフスブルクを早くつぶしておかなければ、大変なことになるぞ?とな」


「わ、わかりました。ニコライ=ローザンブルク閣下!!」


 ※


―ヴォルフスブルクの西に位置する大国・グレア帝国―


「宰相閣下。ローザンブルク帝国の第一軍団が妙な動きを始めました」

 私が彼に報告すると、宰相閣下は口数少なめに「うむ」と頷いた。

 報告書に軽く目を通して、閣下は目を閉じた。


「なるほど、もう気がついたか。さすがは、永久凍土の荒鷲・ニコライ=ローザンブルクよ。しかし、異界から来た男は手ごわいぞ?」


「はぁ?」

 宰相閣下は意味の分からない言葉をつぶやいている。閣下の頭脳は鋭すぎる。はっきり言って、一を報告することで、十をつかんでしまうような天才だからな。


「よい。すべては大いなる歴史の動きにすぎん。わしらには、まだ手番は回ってこない。状況が動くのは数年後だろうよ。だがな、警戒は怠るではないぞ。今後数年間の歴史の本流は、ヴォルフスブルクが中心になる」


「はっ!! しかし、それでは我が国はどうするのでしょうか。仮に、ヴォルフスブルクが強大化してしまえば……間違いなく我々の脅威になります」


「もちろん、そんなことはわかっている。だがな、戦争は一人ではできんのだよ。どんなに強い者がひとり現れたところで歴史は変わらない。我々は、諸外国と延々に続く戦争に疲弊したヴォルフスブルクにとどめをさせればそれでよいのじゃ。我々は火中の栗を拾う必要はない。ただ、戦後の国際関係を主導できればそれでいいのじゃよ」


 そして、閣下はひとりで廊下を歩いていく。城内には、閣下のリズミカルな靴音だけが響いていた。


―――――


―――――


人物紹介

ニコライ=ローザンブルク将軍


大陸の強国、ローザンブルク帝国の第一軍を率いる将軍(中将)。48歳。

王族に連なる名家出身で、数多くの戦争で武功を立てた名将。

魔力・指揮・政治・謀略。すべての分野で才能を発揮し、陸軍大国ローザンブルクの切り札と称される。

攻撃的な指揮を好み、ついたあだ名は"永久凍土の荒鷲あらわし"。

ゲーム中でも屈指の能力値を誇り、作中の最強武将候補として常に名前が挙がる。能力値合計は作中2位で有用なスキルを数多く保有する。

唯一の問題は、所属するローザンブルクが寒冷地のため、国力が3大国ではやや劣るところ。

知略:96

戦闘:95

魔力:110

政治:91

スキル:カリスマ・威圧・大魔導士・権謀術数・突撃・全能




ルパート=オーラリア辺境伯(グレア帝国宰相)


グレア帝国の宰相を務める男。51歳。

グレア帝国の名門の辺境伯家の当主であり、帝国宰相の地位にある傑物。

別名"帝国の守護者"。


辺境伯という立場ながら、傑出した政治センスで中央でも最高位である宰相まで登りつめた。

ヴォルフスブルク包囲網を作り出した張本人であり、グレア帝国が大陸最強国家として君臨しているのは彼の才覚が大きい。


ゲームでは最強の宰相と呼ばれている。軍師的な役割であり、最前線の指揮官として物足りない。

ただし、グレア帝国は優秀な指揮官を数多く保有しており、その誰かと彼を組み合わせれば無敵のユニットとなる。


魔力適性が高い彼が率いる魔導士隊や魔力砲兵隊の火力はすさまじく、一瞬で数千の兵士が溶けると表現される。防御が弱いユニットを率いていることが多いので、機動力でせん滅するのが定跡だが、高い知略で次々と計略を成功させて近づくことすら許されずに溶かされる。勝つためには、犠牲をかえりみずに人海戦術で突破するくらいしか道はない。


ニコライ=ローザンブルクと並ぶゲーム最強候補。

近接戦最強がニコライであれば、遠距離攻撃最強が彼である。


知略:110

戦闘:41

魔力:120

政治:99

スキル:カリスマ・威圧・大魔導士・先読み・建設スピード短縮・魔力増強

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