第18話ホームレス、個室でイチャイチャする

「それでは、センパイ。今週もお疲れ様でした! 乾杯!!」


「乾杯!」


 ターニャはレストランに入ると、なぜか個室が予約されていた。これは完全に計画されていたな。

 まぁいいや。久しぶりの休日だし、いろいろ楽しまないと損だ。


 さすがに、酒に酔って帰るとまずいので、俺たちはカシスジュースを注文し、料理を注文した。

 久しぶりに魚料理を注文した。とはいっても、この時代の保存技術的に、魚料理は干物が中心だった。


 タラの塩漬けの干物を、塩抜きしてトマトで煮込んだもの。

 スモークサーモンのマリネ。


 こんな感じ。


「さすがに日本食が恋しくなるな」


「それは、贅沢し過ぎってもんですよ、センパイ」

 彼女は、いつになく楽しそうだ。食事を美味しそうに口に運んで、ひらひらと髪の毛を揺らしている。


「異世界で日本食を再現するのは、フィクションだけの話かァ」


「センパイは歴史好きだから、醤油の作り方くらい知っているんじゃないですか?」


「いや、作り方を知っていても簡単に作れるもんじゃないよ、あれは……」


 よく俺が読んでいた異世界小説では、たまたま現地の民族が同じような調味料の作り方を知っていたパターンが多かったよな。


 もともと醤油の原型は、大陸から日本に伝わった説が有力だ。奈良時代には、主醤しゅしょうという地位の役人が発酵食品を作るために設置されていたんだ。当時のそれは貴重品で給料の代わりや税として納めることも認められていた。とはいっても、それは俺たちが思う醤油とはまた別のものだったみたいだが。


 鎌倉時代ごろにやっと「たまり醤油」の原型ができたんだ。


 歴史と共に少しずつ一般化されていき、江戸時代になってやっと量産が可能になった。伝わってから、どんどん進化したとしても1000年以上の歴史が経ってやっと庶民が楽しめるようになったんだよ。


 大豆は手に入っても、発酵に必要な麹菌こうじきんを0から作り出すのは無理だろうな。


 いや、待てよ。米麴は無理でも、麦麴ならもしかしてワンちゃん作れるんじゃないか??

 

「センパイ、歴史好きなオタクというのは伝わりましたけど、ちょっときもいです」


「おい!!」


 あぶねぇ。そういえば、すべてこのダンボールの妖精には伝わっているんだ。


「たしかに、賢いセンパイはカッコいいですけど、デート中に一人だけ別の世界に行かれちゃ困りますよ?」


 かっこいいといか簡単に言うなよ。勘違いしちゃうだろ。オタクは、知識を褒められるのが一番うれしいんだよ。


 というかデートって……


「男女がふたりで遊びに来ていて、デートじゃないというのが無理がありますよね?」


「ぐぬぬ」


「ふたりでゆっくりできることなんてなかなかないじゃないですかぁ。だから……」


 妖精は目をつぶって少しだけ甘えた声になる。


「今日だけは、私のことを見ていて欲しいなって?」


 ※


 俺たちは食事を済ませて、また散歩に戻る。衣装は違えど、ここの人たちも普通に生きているんだよな。なんだか、少しずつこの世界で生きている実感がわいてきてしまった。


 最初は、ゲーム世界で自分が生きているなんてなんだか現実感なかったんだよな。

 あれよこれよといつの間にか、神父様に拾われて、異世界から来た英雄に祭り上げられて、軍事大学の学生になっていたよ。


 とはいっても、ヴォルフスブルク王国が絶体絶命の状況には変わりはない。ザルツ公国との国境紛争は未然に防げたので、多少の余裕はできたが、常に滅亡寸前だ。


『そうですよ。それにセンパイは、国内では異世界から来た救世主です。いくら大尉という身分でも、軍事的に中心人物になりますからね。責任重大ですよ?』


「そうプレッシャーをかけるなよ」


『でも、私は信じていますよ。あなたならきっとこの困難も、乗り越えることができると……』


「どうして、そんなに俺を信用しているんだ? お前は??」

 ずっと疑問に思っていた。前世での俺は、どちらかといえば周囲の信頼を裏切ってばかりだったダメ男なのに。


『私とあなたは、ここに来てからずっと繋がっているんですよ。すべてわかっています。だからですよ』


 いつもとは違ってまるで聖女のような声になっていた。


「じゃあ、どうして俺を選んだ? もっと聖人みたいな人の方が良かったんじゃ?」


『どうでしょうね? 私はよくわからないんですよ。どうして、私が生まれたのかも……どうして、この世界とつながっていたのかも……たしかに、人間の思いが何度も転生みたいなリサイクルを繰り返すダンボールに宿ったのはわかるんですけど……そもそも、なぜ私のような人格になったのか。異世界とのリンクを可能になっていたのかも。それはすべて、神のみぞが知るってやつで』


「なら、他の人でもよかったんだよな?」


『それは、そうなんですけどね。センパイしかいないと思ったんです。たぶん直感なんですけどね。この世界のことを多分一番よく知っている人だったし。それに……』


「それに?」


『やっぱり、恥ずかしいから言えません。もう少し、時間をください。でも、あなたじゃないとダメだと思ったんです。いえ、あなたしかいないと……ダメだったんですよ。それだけはわかってくださいね』


「ああ、ありがとう。そう言ってくれるのは、ターニャだけだよ」


『どうでしょうね? センパイの好きなライトノベルのように、ハーレム作るつもりじゃないんですか』


 ちょっとだけ、むくれる自称"後輩"を俺は、頼もしく思っていた。

 たぶん、こいつと一緒なら大丈夫だ。


 俺たちはこの世界を変えていく。

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