第6話ホームレス、女王に褒められて夕食に誘われる

―ヴォルフスブルク王宮・玉座の間―


「女王陛下、アルフレッド並びにクニカズ、ただいま戻りました」

 俺たちは国境のいざこざを完全に制圧して意気揚々と王宮に戻った。


「ご苦労だったな、ふたりとも……今回の件は、期待以上の出来だった。ザルツ公国からは公式に謝罪の言葉を受け取った。他国との外交上の信頼関係を維持するためにも、内々で処理したいと賠償金まで添えてな。まさか、軍事挑発していたザルツ公国が、逆に挑発に乗って越境してくるとは……捕虜たちの証言も状況証拠もそろっている。もう、しばらくはザルツ公国側は沈黙せざるをえまい。これで国境の緊張も緩和される」


 すべてうまくいったな。ザルツ公国国境警備隊のほとんどは捕虜となり、捕虜たちは隊長の指示で領域侵犯をしてしまったと証言した。そもそも圧倒的に有利だったはずのザルツ公国軍がわずか2人の男に制圧されたんだ。衝撃だったろうな。


 仮にこの状況を公表されては、ザルツ公国の軍事的・外交的の信用を完全に失う。

 よって、秘密裏に全面謝罪&相場の2倍近い賠償金を払って解決せざるを得なかった。


「宰相よ。これでそなたも文句は言えまい。砦を短期間で再建し、敵の国境警備隊を挑発し叩き潰した。非凡な軍事的な才能と智謀だ。魔力の潜在能力はおそらく、伝説級に匹敵する。誰が何と言おうと、彼は救世主だ。私は、この国の命運を彼にかけようと思う」


 宰相は、苦虫を嚙み潰したようにうつむいた。


「ぐぬぬ、仕方がありません。今回の件での活躍は評価せざるを得ない。しかし、まだスパイじゃないと判明したわけではありません。警戒心をもって望んでくだされ」


「わかった。お主はもうさがれ。アルフレッドも今回の件を評価し、昇進を約束しよう。すまないが、今日は救世主様とゆっくり話をしたい。報告は明日、ゆっくりと頼む」


「わかりました。女王陛下。クニカズ様、今回の祝杯はまた後日にいたしましょう」


「ああ、楽しみにしているよ」

 なんだかんだで、アルフレッドとは決闘と共闘を経て、長く付き合ってきた友達のようになっていた。


 少しずついい感じになっていると思う。俺の人生は少しずつ変わり始めた。


 ふたりきりになると女王陛下は砕けた口調になっていた。


「さて、クニカズ様。今回の件は、感謝しても感謝しきれません。もしかすると、国境紛争から全面戦争になるところでしたから……お礼をこめて、今日は夕食を振る舞いたいと思うのですが、付き合ってはいただけませんか?」


「えっ!?」

 これってまさか……いや、女の子とふたりきりで夕食を共にするなんて、何年ぶりだ。たぶん、社会人の時以来だから、6年以上前……それも相手は女王陛下。こっちの世界のテーブルマナーとかわかんないけど……


 えっ!? えっ!? えっ!?


「ふふっ、おもしろいですね、クニカズ様は? 大丈夫ですよ。私はどんなに着飾っていても、しょせんは18歳の小娘。たまには、英雄にすがりたくもなるのです。父王が亡くなってから、食事もいつもひとりで。だから、異世界のことをおしゃべりしながら、楽しく食事をしたいなって……ダメですか?」


 なんだ、さっきまでの威圧感はどこに消えた?? これがカリスマ性の塊だった女王陛下の素の姿なのか。かわいい。うん、ギャップがすごくて大変いい。


「はい、喜んで!!」


「よかった。すぐに用意させますね」

 彼女はまるで少女のように笑う。


 ※


 食堂に俺は連れられて、食事をする。

 ヴォルフスブルク名物の貴腐ワインを堪能した。


「すごい、酒なのに甘い。ワインってこんなに甘くなるんですね」


「ええ、ヴォルフスブルクの名物ですからね。甘いぶどうにカビをつけることで発酵させるんですよ。そうすれば、こんなに甘くなるんです。一応国家機密ですから、内緒にしておいてくださいね」

 女王陛下は年相応の笑顔になった。表の威圧感がある表情とはまるで別人だ。金髪の長い髪が笑うたびに美しくなびいていく。


 前菜にはサラダとチーズが運ばれてきた。


「陛下、このチーズ、何か中に入っていますね」


「ええ。それは"マンゼル・バベット"と呼ばれるものですよ。チーズの中にハムやサラミを入れて煙であぶったものです。客人をもてなすために、私のお気に入りを選んできました」


「最高に美味しいですね」


「クニカズ様の母国はどんなところですか?」


「島国ですね。とても平和な国で、経済的にも豊か。文化も独自のものが発展していて、海外から見れば面白い国と呼ばれていました」


「平和だったんですか?」


「そうですね。200年以上鎖国していたんですよ。そこから外国の圧力で開国せざるを得なくなって、国民が一致団結したんです。このままでは外国にやられてしまうってね。そのままわずか70年くらいで世界5位の大国まで成長したんですが……超大国に戦争で敗れて、すべて燃やされてしまったんです」


 女王陛下は、その話を聞くと悲しそうな顔になった。


「でも、ここでもう一つの奇跡を起こしたんですよ。みんなが復興を目指してがんばって、俺が生まれた時で世界第2位……そのあと少し順位を落としましたが、第3位の経済大国に復活しました。大学にも若者の50パーセント以上が進学できるほど豊かになっているんです。そして、超大国に負けた後は70年以上戦争も経験していない」

 

「それはすばらしいですね。ヴォルフスブルクの現状から考えれば、まるで天国ですね。国民は、生きていくだけで精いっぱい。大国の意向におびえる日々を過ごしている。そして、戦争になればすべてを奪われる運命」

 彼女は一瞬だけ政治家の顔になっていた。


 俺が18歳の時なんて、のんびり受験勉強して友達と遊んでいたくらいの時期だ。そんな青春時代を送れるだろう時期に、彼女は国民のために国を統治している。


「すいません。せっかくの夕食なのに暗い話をしてしまいました」


「いえ、女王陛下はすごいですよ。尊敬します」


「えっ?」


「俺がその若さで同じことをさせられたら絶望しますもん。逃げたくなる。でも、あなたはその運命をしっかり受け止めて頑張っている。すごいことだと思います。だから、あなたは慕われているんですよ。みんなあなたが自分の幸せを投げうってでも、頑張っていることをちゃんと見ているんです」


 そう言うと、女王陛下は下を向いてしまった。やばい、なにか悪いことを言ったのか!?

 心配しながら見つめると、彼女は顔をあげて少女らしい笑顔になっていた。


「ありがとう、クニカズ様。そう言ってもらえると救われた気分になるわ。ずっと悩んでいたのよ。私みたいな小娘が国の頂点になったままでいいのかなって」


「違いますよ。女王陛下じゃないとこの国は回らないんです。みんなあなたのために戦おうとしている。だから、自信を持ってください」


「本当に嬉しいことを言ってくださるわ。本当に救世主様ね、クニカズ様は……」


「様はいりませんよ。私はあなたの配下なのですから」


「では、今からはクニカズと呼ばせていただくわ。あなたとはいいお友達になれそう。お仕事では上司と部下の関係だけど……プライベートではもう少し距離感を近づけたいわ。私とふたりきりのときは、"ウィリー"とでも呼んでくれないかな?」


「いいよ、ウィリー」


「ありがとう、クニカズ! 嬉しいわ。私はこういう身分だからフラットに話せるお友達に憧れていたのよ。末永く仲良くしてね」


 ※


「今日はありがとうな、ウィリー! とても楽しかったよ。夕食も美味しかった」

 俺がお礼を言うと、彼女はとても喜んでいた。


「よかった。私も今日は人生最高の日になったかも。また、ご飯を一緒に食べましょうね、クニカズ!」


「ああ、楽しみにしているよ。これからもよろしく頼む」


「うん! 今日は遅くなってしまったから王宮に泊まっていってください。部屋は用意してありますから。大主教様には、もう連絡してありますのでご心配なく!」

 さすがは優秀な女王だな。用意が良すぎるくらいだ。


「ならお言葉に甘えようかな」


「ええ、ぜひとも。もしよろしければ、私の寝室でも構いませんよ?」

 彼女は俺をからかってくる。その言葉にドキリとして、心臓がドキドキしてしまう。


「おい、あんまりからかうなよ。ちょっと本気にしかけたぞ……」


「ふふ、冗談ですよ。さすがにそれはね……"まだ"早いですよね」


「そうだよ。もうびっくりした」


「じゃあ、おやすみなさい、クニカズ!」


「ああ、おやすみなさい、ウィリー!」

 そう言って、俺たちはわかれた。


 ※


―女王寝室―


「今日は楽しかったな。最高に幸せな時間だった。クニカズ……どんな人かと思ったけど、信頼できる人で良かった。彼となら一緒にやっていけそう」

 私はそう思って目を閉じる。でも、彼の姿が目に焼き付いて離れない。


「もう、楽しかったからゆっくり眠れると思ったのに……プレッシャーだけじゃなくて、違う悩みまで生まれちゃった」

 でも、それは仕事の悩みとは違う幸せな悩みで……


 身を焦がされるような痛みを伴うもの。


「さっき、冗談じゃないって言ったらどうなっていたんだろうな? 女の子に恥をかかせるなんて、クニカズのバカ」


 私は彼と一緒にいる時だけ、少女に戻る。

 俺が王女様との夕食が終わり意気揚々と部屋に帰った。用意された部屋は客人用でとても豪華だった。ビジネスホテル以上にふかふかのベッド。アンティーク調の調度品。うん、異世界なのにこんなに贅沢させてもらっていいのだろうか。まぁ、ある意味で俺は救国の英雄なわけだし女王陛下からも感謝されているからいいよな!


 ベッドにダイブして、俺は久しぶりにゆっくり眠れることを喜んだ。思い返せばここ最近はずっと危機一髪状態だったな。ホームレス状態から始まって、王国最強の兵士との決闘。そして、そのまま最悪の歴史イベント発生を未然に防いだ。


 俺の新しい人生は、最高のスタートを切ったと言えるだろう。女王陛下とも良い仲になれそうだし……もしかしたら、逆玉の輿こしとかあるかも!!


 家族に見捨てられて、延々とニートをしていた時と比べたら最高の始め方だ。

 この人生では、俺は自分の居場所を作ってやる。


 そんな浅はかな妄想をしていたら、ターニャを入れていた右胸が熱くなってきたことに気づく。

 いや、燃えるように熱い。

 なんだこれ……


 俺は大慌てでダンボールの破片を取り出した。


「なんだよ、どうしたんだよ! ターニャ。寝ぼけているのか??」


 ターニャはダンボールから人の形に変わった。


「へぇ、どうして私が怒っているのかわからないんですか。いい度胸ですね」

 ダンボールの妖精さんは激怒していた。

 うん、なんか顔を真っ赤にしていらっしゃる。


「落ちつけ!! いきなり出てきてどうして怒っているんだよ? もしかして、お腹空いたのか。なら、食堂にお願いしてお前用の食事を……」


「このボケーー! なんで、私が豪華ディナーに嫉妬して怒っていると思っているんですか? 私は最強クラスの妖精ですよ!? ご飯を食べられなかったくらいでそんなに怒りません」


「でもさ、悪かったよ。たしかに、お前がいるのに、仲間外れみたいにしてしまったよな。そうだ、お詫びの印にこれやるよ! ターニャのためにデザートを残しておいたんだ。ドライフルーツとクリームのパイだよ。めちゃくちゃ、美味しそうだろ? これを食べながら落ち着いて話をしようぜ」


「私のために、残しておいてくれたんですか?」


 ちょっと勢いが止んだ。ちなみに教会にお世話になっていた時はパンを半分残しておいてターニャにあげていた。彼女は小食だから、それで十分らしい。


「うん、そうだよ。やっぱり、俺にとってはターニャしかいないし!」

 だって、ターニャがいなければ、俺はここに来ることできなかったし……

 たぶん、路上で凍死していた。


 だから、彼女には感謝しても感謝しきれない。

 ある意味、一番特別な相棒だ。


「じゃあ、私がセンパイの一番ですか? 女王陛下よりも?」


「当たり前だろ! お前が一番に決まっている」

 この世界で一番最初に出会ったのはお前なんだからな! 順番から考えればターニャが一番に決まっている。さっき飲んだワインのせいでちょっとだけ思考がまとまらないが、それだけは断言できる。


「じゃあ、許します。だから、少しだけおしゃべりしませんか?」


「ああ、俺もお前のことを知りたいからな。話そうぜ」

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