第87話 王妃②

「閃光!」


 王様が私を抱きしめたままそう叫ぶと、私の体ごと、王様は後ろへ飛び下がる。


 悪魔による攻撃で、先程まで私たちがいた場所が跡形もなく消えていた。


 悪魔は、息つく暇もなく、私たちへ右手を向ける。


「ちっ」


 王様はそう舌打ちすると、私を突き飛ばした。


 それと同時に、悪魔が放った光の槍が王様を襲う。


 瞬時に強力な魔法障壁を張る王様。

 難なく攻撃を防いだかに見えた王様。


「王様、後ろ!」


 床から影のように浮き上がってきた男が、王様を後ろから斬りつける。


 視覚に捉えるまで全く気配を感じなかった。


 私の声でその影に気付き、急いで回避する王様。

 でも、回避が間に合わず、左腕でガードする。


ーーブシュッーー


 ガードした左腕から流れる血を気にもせず、そのまま魔法障壁を解除し、空いた右手で影のような男を殴りつける王様。


ーードフッ、ドガッーー


 殴られた勢いで壁に体を打ち付け、身動きが取れなくなる影のような男。


「王様ぁっ!」


 王様の左腕から滴る血を見た私は、慌てて王様の元へ駆け寄る。


「大丈夫、擦り傷……だ」


 言葉とは裏腹に、フラフラしながら膝をつく王様。


「裏切り者を始末しに来て、悪の魔王を倒せるなんてついてます。その毒は即効性が高く、魔力での分解も難しいので、すぐに死ねるでしょう」


 そう言ってふふふと笑うのは、宙に浮かぶ悪魔のような女。


 みるみる顔色の悪くなる王様。


 私のことを好きだと言ってくれた二人目の人。

 私のことを二度も助けてくれた人。


 その人が今、目の前で死のうとしている。


 血の気が引いて青ざめた王様の顔を見て、エリスを失った記憶が蘇ってきた。


 もう二度と、大切な人を目の前で死なせるわけにはいかない。


 体の内側から力が溢れてくる。

 魔力が何倍にも湧き上がってくる。


 私は自分も膝を折り、王様の唇に自分の唇を重ねた。


 王様に私の魔力を移し、毒を吸い上げることを意識する。


 魔法に大事なのは、知識と想像力。


 死んでしまった大切な人が教えてくれたことだ。


 その想像力を最大限に働かせて、私はひたすら意識を集中させる。


 私の想像力では、口と口を付けるのが魔力の受け渡しに一番いいと思った。


 その成果か、自分の魔力がどんどん王様に移っていくのが分かる。


 息が続かなくなったところで、私は口を離す。


「な、何を……」


 困惑し、顔を赤らめる王様に、私は微笑む。


「キスの邪魔をされたので」


 そう言った後、私は王様の顔色が良くなっているのを確認する。

 吸い出した毒も私の体内には残っていない。


 私と王様は二人で立ち上がり、悪魔のような女の方を向く。


「聖女様の称号の力か……なぜ裏切り者なんかに」


 憎しみに満ちた顔をしながら、悪魔のような女が私たちに右手を向ける。


「それはもう見飽きた」


 王様はそう言うと、魔力を爆発させるように飛び上がりながら、腰にした剣を抜く。


ーーガキンッーー


 素早く魔法障壁を張る悪魔のような女はさすがだったが、王様の攻撃を受け、一撃で粉々に砕け散る。


 すかさず、王様の方へ右手を向け、光の槍を放つ悪魔のような女。


 ただ、その攻撃は王様に当たることはなく、遥か彼方へ消えていった。


 目にも留まらぬ動きで、光の槍を躱した王様は、そのまま無言で剣を振り下ろす。


ーーザシュッーー


 肩口から真っ二つになった悪魔のような女。


 でも、血が出ることもなく、女の体は塵となり、跡形もなく消えていく。


 王様に殴られた影のような男の体も同じだった。


 すとんと地面に降りると、すぐに私の元へ駆け寄る王様。


「怪我はないか?」


 心の底から心配した様子で私の様子を伺う王様。


 敵のことを聞くでもなく。

 自分のことを気にするでもなく。


 私のことを真っ先に心配してくれる王様。


 初めて助けてくれた時から、気にはなっていた。

 プロポーズをしてくれた時から、真剣に考えていた。


 そして今、再び私の危機を助け、私のことを心配してくれる王様を見て、私はようやく自分の気持ちの正体に気付く。


 一目惚れではないかもしれない。

 急に燃え上がるような気持ちもなかったかもしれない。


 でも私は、この人が好きだ。


 二度もピンチを救ってくれて、私のことを一番に心配してくれて、私のことを好きだと言ってくれるこの人が好きだ。


 気付いたら落ちているのが恋。

 私は自分でも気付かない間に恋に落ちていた。


「王様」


 私は、改めて王様を呼ぶ。


「どうした?」


 優しく尋ねる王様に私は告げる。


「怪我はありません。それより王様、緊急事態とはいえ、許可なく失礼な真似をして申し訳ございませんでした」


 何のことか分からなそうな王様に、私は人差し指で、自分の唇を触る。


 その様子を見た王様の顔がみるみる赤くなる。


「その上でお願いです。今度は緊急事態とは関係なく、キスしてもいいでしょうか?」


「えっ?」


 固まる王様の唇に、返事をもらう前に自分の唇を重ねる私。

 先ほどは王様を助けるため仕方のない行為だった。


 でも、今回は違う。

 自分の意思でキスをした。

 そして、その行為に嫌な気持ちは全くなく、心と体が蕩けてしまいそうな不思議な心地だった。


 しばらく口づけを交わした後、私はにっこりと微笑む。


「えへへ。私、王様のこと好きになっちゃったみたいです」


 私の言葉に理解が追いつかないのか、固まったままの王様。


 そんな王様を見て微笑ましく思っていると、物凄い勢いで駆け寄ってくる複数人の足音。


「陛下! ご無事ですか?」


 真っ先に駆け寄ってきたのは刀神。


「王妃様もご無事で?」


 その後に続くシャーロット。


 後ろから駆けてきた他の人たちも心配そうな目で王様と私を見ていた。


 放心状態の王様の代わりに、私が答える。


「神国の聖女とその仲間が襲ってきて撃退しました。王様は私を庇って毒を受けてしまいましたが、浄化したので問題ないはずです」


 私の言葉に驚くシャーロット。


「神国の聖女が直接襲ってきて、しかも撃退! それに神国には魔力で分解できない強力な毒があるはず。それを浄化できたのですか?」


 あまりの剣幕に驚く私。


「せ、聖女に関しては、私の居場所はサーチの魔法で突き止めたにしても、敵国であるこの国の王都でいきなり私たちの前に現れるのはおかしく思います。それに、二千年分聖女候補の魔力を奪い続けたにしては、あまりに手応えがありませんでした。倒した瞬間塵となって消えたことから考えても傀儡である可能性が高いと思います。毒に関してはおっしゃられる通り、通常なら魔法で分解できないものでしたが、私が引き継いだ、私の先祖である二千年前の聖女様の力のおかげで分解できました」


 私の言葉に、その場にいるみんなが驚いているのが分かる。


「ありがとうございます。貴女様がいらっしゃらなければ、陛下は命を落としていたでしょう。不甲斐ない我らをお許しください」


 頭を下げる刀神。


「……いいえ。私がこの国に来なければ、王様が襲われることもありませんでした。全て私のせいです」


 項垂れる私に、シャーロットが味方する。


「王妃様がこの国へ来られずとも、邪神が蘇れば、神国は我々を攻めてくるでしょう。その時に毒を使われていれば、私たちの敗北でした。敵の能力の一部が分かり、毒に対処できたのは、王妃様がこの国にいらっしゃったおかげです」


 他の皆んなが頷く中で、一人だけ違う様子を見せている女性。


「二千年分の魔力を蓄えた聖女に、二千年前の聖女の力を使う聖女候補。これは研究が捗る……フフフ」


 私のことをじっと見ながら、魔神が不気味な笑みを浮かべていた。


「改めまして。私たちは陛下と貴女のご結婚を歓迎いたします」


 シャーロットの言葉に、他の皆んなが拍手する。


「傀儡とはしれぬとはいえ、神国の大悪を退けた強者ならば、陛下ではなくワシの嫁にしたいくらいだ」

「鬼の。アンタにゃ奥さんがいるだろ。アンタみたいな爺さんの側室にするには勿体無い。俺がもらってやる」


 そう言った後、睨み合う鬼神と獣神。


 そんな二人を見ながら、そっと私の隣に近寄る王様。


「……もし、私よりあの二人の方がいいなら、いいんだぞ。君の身を守るのなら、王に準ずる立ち位置にいる彼らでも、大きな支障はない」


 全然良くなさそうな顔でそう告げる王様。


 私はそんな王様に、わざと少し怒った表情を作って答える。


「私は貴方と結婚したいんです。そんなこと言うと怒っちゃいますよ」


 私たちのやり取りを見た他の皆んなが苦笑する。


「早速尻に敷かれとるな」


 鬼のおじいさんの言葉に皆んなが頷く。


 神国のことを考えると不安は尽きない。


 でも、王様やみんなのことを知れば知るほど、この国での生活に対する不安は薄れていく。


 私はエリスを思い浮かべながら誓う。


 私はきっと幸せになるから。

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