第86話 王妃①

 しばらくして、王様に連れられ、王座の間に向かった私。


 王座の間には数十人の人が集まっていた。


 昨日も会った特徴的な剣を持つ刀神と呼ばれた人だけではない。


 初老の鬼。

 獅子の獣人。

 肌が黒く、爬虫類のような鋭い目をした男性。

 夥しい魔力を漂わせた女性。

 鋭い気配を放つ剣士。


 その他にも、数多くの人たちが、王様の隣に立つ私に、視線を寄せてくる。


「集まってくれて感謝する。今日がたまたま年に一度の四神が城に集まる日でよかった」


 王様はそう言うと、王座の間に集まった人たちを見渡しながら私の方へ手を広げる。


「集まってもらったのは他でもない。私の婚姻を告げるためだ。私はこの女性と結婚する」


 王様の言葉にどよめく人たち。


「陛下」


 そう声を上げたのは夥しい魔力を持つ女性。


「何だ、魔神」


 魔神と呼ばれた女性は、その恐ろしい名前とは裏腹に病的なまでに青白い顔で私を見ながら、尋ねる。


「陛下がついにご結婚されるのは大変めでたいことです。ただ、私はこの女性のことを存じ上げません。せめてどのような方か教えていただけないでしょうか?」


 魔神の言葉に王様は頷く。


「君の言う通りだ。この女性は神国の次期聖女だった方だ。ただ、教会に命を狙われこの国まで逃れてきた」


 その言葉に、鋭い気配を持つ剣士が口を開く。


「陛下。私はご結婚に反対です。神国の、しかも次期聖女なんて、信用できません。それに、もしこの女性に邪なところはなかったとしても、次期聖女だった女性を神国が放っておくとは思えません。戦争の火種となりうる女性を抱え込むなんて受け入れ難く思います」


 この人の反応がまともなんだと私も思う。


 わざわざ厄介ごとを抱える必要はない。

 私を追い出せば済む話だ。


「近いうちに邪神が復活する」


 突然話を変える王様に、再び王座の間がざわめく。


「この女性は、その贄となりそうになった。その運命から逃れるためにこの国に来た。神国の最新事情を知る彼女はぜひ手元に置いておきたい。ただ、何もせず匿えば、神国に戦争の口実を与えることになる。神国はよく分からない力で人の居所を突き止めるからな。たが、私がこの女性と結婚したと公にすれば、神国も表立っては攻めてこないだろう。帝国や商国の目もあるからな」


 その言葉に、初老の鬼が尋ねる。


「それでは陛下は、この女性を守るために偽装結婚するということですな?」


 その質問に王様は首を横に振る。


「いいや。神国の教えは結婚に厳しい。もし偽装だとバレたらそれこそ攻撃される格好の材料になる。結婚はあくまで正式に行う」


 王様の言葉に獅子の獣人がやれやれと言った様子で肩をすくめる。


「仮にもこの大国の王が、そのような理由で伴侶を選ぶなんてありえないぜ。強い子孫を産むのは王の責務だ。魔力も感じない華奢な嬢ちゃんじゃ、強い子は産めねえ」


 そんな獅子の獣人を蔑むような目で見ながら黒い肌の男性が口を開く。


「この時代錯誤甚だしい脳筋の話は置いておいて、我の主人であるからには、その身に相応しい伴侶を選んで欲しいというのは同じである。そもそも伴侶にする必要を感じぬ。情報だけ聞き出して、殺すのが一番良い手であろう? 殺すのが忍びないなら逃亡に必要なものを与えて追放してやるでもよい」


 確かに王国のことだけを考えるならば、それが一番いいのかもしれない。

 私としてはこの国で匿ってもらった方がありがたいが、それは私の都合だ。


「確かに陛下にしては珍しく、ご判断が理にかなっていないように思います。何か他の理由もあるのではないですか?」


 鋭い気配をした剣士が尋ねた。

 剣士の言葉を聞いた王様が、私の方を見て、なぜか顔を赤らめる。


「……笑わずに聞いてくれ。色々理由をつけたが、私はこの女性に一目惚れした。恋愛対象として誰かを好きになるのはこの五十年の人生で初めてだ。魔族である私と、人間であるこの女性とでは歩む時が異なるし、国のことだけ考えれば、龍神の言う通りかもしれない。それでも私は、初めて好きになったこの女性と結婚したい」


 その言葉を聞いた龍神と呼ばれた黒い肌の男性が笑う。


「我の母も、生きる時間の異なる方と結婚された。我は良きと思う」


「確かに陛下は魔族だから若く見えるが、いい歳だからな。惚れた女と結婚するっていうのは、俺もいいと思うぜ」


 獅子の獣人も鋭い牙を見せて笑う。


「国を危険に晒すリスクまで背負って、好きな人と結婚するなんて王として間違っているのは分かる。だから、一人でも反対する者がいるなら、私は王を辞めようと思う」


 まさかの発言に、私は慌てる。


 ただ、反対の声は上がらなかった。


「我々は陛下より王に相応しい方を知りません。それに、邪神が蘇れば、陛下がその女性と結婚しようがしまいが、神国は攻めてきます。それであれば、好きな方と結婚すれば良いのではないでしょうか。その自由さが王国の良さだと思いますから」


 鋭い気配の剣士がそう言うと、他の人たちもうんうんと頷く。


 そんな皆んなの反応を見てから、王様が私の方へ視線を向ける。


 威厳に満ち溢れた王様が、もじもじと耳を赤くしながら私の目を見つめた。


 私は、そんな王様に、ドキドキしながら、見つめ返す。


「改めてお願いだ。私は君に惚れた。私と結婚して欲しい」


 私はそんな王様に右手を差し出して告げる。


「不束者ですが、よろしくお願いします」


 私の返事を聞いた王様は子どものように嬉しそうな笑みを浮かべ、私の手に口付けをした。


 そんな王様を見て、くすぐったいような、撫でてあげたくなるような、変な感情が生まれてくる。


「そうと決まれば、すぐに周辺国へ告知して、式をあげましょう。神国に攻められてからでは手遅れですから」


 それから話はトントン拍子に進んだ。


 式の日取りの決定。

 招待客のリストアップ。

 国民と周辺国への告知。

 式場の手配。

 王都民への披露方法。


 決めなければならないことは山ほどあったけど、シャーロットを中心としたたくさんの人たちが、どんどん決めてくれる。


 私は特にやることもなく、テキパキと動く皆んなの様子を見ていた。


「少し話さないか?」


 そんな私に、王様が声をかけてくれた。


「もちろんです」


 王都を見渡せるバルコニーで、私と王様は並んで立つ。


「幻滅したか?」


 王様の問いかけに、私は首を傾げる。


「もっともらしいことを言いながら、ただ君と結婚したかっただけの私に」


 その言葉に、私は首を横に振る。


「人を好きになる気持ちが、私にはまだ分かりません。それでも、誰かに好きになってもらうことは嬉しいことです」


 私はエリスのことを思い出しながら、そう答えた。


「私は卑怯な男だ。シャーロットの気持ちを知りながら、それには答えない。神国から逃げる場がなく困っている君の弱みに漬け込んで結婚する。恋愛が絡むと、今まで知らなかった自分が出てきて嫌になる」


 その言葉を聞いた私は、王様が羨ましくなる。


「私、王国の物語に出てくるような恋愛をするのが夢でした。でも、この歳になっても、恋愛というのがよく分かりません。どうしたら私も、誰かを好きになれるのでしょうか?」


 これから結婚する相手にそんなことを聞くなんて、私の方が失礼なのを承知の上でそう尋ねた。


 王様は真剣な目で答える。


「私が、私の全てを賭けて、君に好かれる男になれるよう頑張る」


 王様の言葉に、私は首を横に振る。


「王様にとっての一番は国であるべきです。ただ、王様がそう言ってくださったことはとても嬉しいです」


 私は、王様へ笑顔を返す。


 王様のことはまだよく分からない。

 でも、私のことを真剣に考えてくれているのは分かった。


 恋愛って何だろう。

 エリスや王様は、何で私のことを好きになったんだろう。


 ずっと一緒にいたエリスはともかく、王様とは出会ったばかりなのに。


「王様は私のどこが好きなんですか?」


 私の質問に、王様は頭を掻く。


「どこが、と言うのは難しい。私も誰かを好きになるのは初めてだ。ただ、君と出会った瞬間、君がすごく気になった。そして、わずかな時間だが、時を一緒に過ごしている間に、君のことが気になって仕方がない自分に気が付いた。理屈も理由も分からない。ただ、本能が君と一緒になりたいと告げているのを感じたんだ」


 素直な気持ちを話してくれた王様に頭を下げて、改めて王様の顔を見る。


 神国で北の村にいた時には見たこともないような整った顔立ち。

 臣下の皆んなから慕われる人間性。

 シャーロットのような優しい女性から好かれる魅力。


 きっと王様は素晴らしい男性なんだろう。


 それに、魔物から助けてもらった時から感じる今まで感じたことのない感情。

 ふとした瞬間に感じるドキドキした気持ち。


 もしかしたらこれが恋なのかとも思う。


 でも、エリスや王様のように、自分の命や国王という立場を捨ててまで誰かのために生きると言う気持ちにまではなれていない。


 だから私は、自分の気持ちが恋なのか自信が持てない。


「王様、一つお願いがあるのですが、よろしいですか?」


 私の言葉に王様が頷く。


「もちろん。何でも言ってくれ」


 私は口にするのを少し戸惑いながら、王様にお願いする。


「私にキスしてくれませんか? そうしたら私、王様への気持ちが何なのか分かる気がするんです」


 王様は驚きの表情を見せた後、覚悟を決めた顔をして、私をそっと抱き寄せる。


「悪いが、やっぱりやめてくれと言われても我慢は難しいからな」


 私は頷き、王様の目を見る。

 真っ直ぐで澄んだ目が私を見つめていた。


「はい」


 王様の唇が近づいてきて、私は目を閉じた。






 その時だった。


 上空で急速に高まる膨大な魔力。


 慌てて目を開き、魔力の発生した方を向くと、そこにはよく知った顔があった。


「仲間を見殺しにして。偉大なる役目を放棄して。穢らわしい魔族の男に体を使って取り入るなんて。地獄に落ちなさい」


 私の大事な友達を殺した悪魔が、私に向かって巨大な光の矢を放った。

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