第85話 聖女⑩
「け、結婚って何をおっしゃるんですか?」
メイドの女性が動揺しながら尋ねる。
「王国と神国の平和の証として、国王である私と、次期聖女のこの女性が結婚する。そう大々的に近隣諸国へ喧伝すれば、神国も手を出してはこれないだろう」
そんな王様にメイドの女性が食ってかかるように異論を唱える。
「陛下はこの国を背負う方です。その婚姻相手はこの国の将来を考えて決めるべきです。昨日今日会ったばかりの、人となりも分からない敵国の女と結婚するなんてあり得ません。この女の言葉が本当ならですが、同情の余地はあるかもしれません。ただ、この女のために陛下とこの国が犠牲になる必要はありません。もっと陛下に相応しい女性と結婚するべきです」
メイドの女性の言葉に、王様は答える。
「確かにそうかもしれないな。例えば君のような……かな?」
王様の言葉に、メイドの女性は赤く頬を染めた。
「わ、私なんかでは畏れ多いです。でも、得体の知れない敵国の女よりはマシかもしれません……」
その言葉を聞いた王様は真面目な顔になる。
「君のことは素晴らしい女性だと思っているし、君なら素晴らしい王妃になってくれると思う。ただ、申し訳ないが、君と結婚することはできない」
明確な否定の言葉に下を向くメイドの女性。
「先ほども言った通り、邪神の復活に備えるなら、神国の最新情報を知るこの女性には、ぜひともこの国に残って欲しい。残ってもらう以上は、神国からの侵攻を防止しつつ、この女性の安全を保障しなければならない。謎の力を使う神国は、この女性がこの国に来ていることは把握しているだろう。私が考える以上の妙案があるなら聞かせて欲しい」
王様の言葉に黙るメイドの女性。
「でも、それでは陛下の幸せが……」
ようやく絞り出したメイドの女性の言葉は、国を憂う言葉ではなく、王様の幸せについてだった。
「私の幸せなど、国の未来と比べればどうでもいい。いや。国の安寧こそ、私の幸せだ」
王様はそう言うと、私の方を向く。
「結婚といっても形だけのものだ。人前に出る時のみ王妃として振る舞ってくれれば、それ以外は他人のままで構わない。恋人や愛人が欲しければ、世間に秘密にしてもらうと言う前提で、自由にしてくれていい」
私は突然の話に、どう判断していいのか分からない。
でも、王様が国のことだけでなく、私のことも考えてくれているのはよく分かった。
「私としては願ってもないお話ですが、少しだけ考えさせていただいてもよろしいですか?」
私の言葉を聞いた王様が頷く。
「もちろん。貴女の人生にとって重大な選択だ。しっかり考えてくれたまえ」
あまりの急展開に正直ついていけていない。
好きでもない人と結婚してもいいのかも分からない。
でも、それが恩人の国のためにもなり、自分も助かると言うのなら、間違いなくいい話だろう。
その後、一旦時間を置こうということで、その場は解散になり、メイドの女性に案内された来客用の寝室に入ったところで、メイドの女性が尋ねてくる。
「なぜ即断しなかったのですか? 貴女にとって悪い話は一つもないですよね?」
私はメイドの女性の目を見て、答えに迷いながらも正直な気持ちを答える。
「私はまだ恋をしたことがありません。でも、本気で誰かを好きになるというのがどういうものかは、親友から学びました。貴女が王様のことを本気で想っているのは恋愛に疎い私でも分かります。そんな貴女を差し置いて、私なんかが王妃になっていいのか分からなくなりまして……」
私がそう答えた瞬間、メイドの女性はロングスタートの下から短剣を取り出し、私の首元にその短剣を突きつける。
「馬鹿にしないで! それは私に対する憐れみ? 私が何よりも欲しかったものを手に入れたのに、それを同情で譲ろうって言うの?」
そんなことはない、と答えようとして、それは嘘になるかもしれないことに気付き、私は口をつぐむ。
「陛下が、私のことを異性として見ていないのは知っている。それどころか、これまで女性に全く興味を示してこなかった。そんな陛下が、政略のためというのもあるとはいえ、婚姻を決定なさった。それに反対なんてするわけがない」
メイドの女性は、短剣を下ろすと、私の胸ぐらを掴む。
「結婚しなさい。それとも、陛下に不満でもあるって言うの?」
私は首を横に振る。
「不満はありません。ただ、心の底から愛せるかも分かりません」
私の言葉を聞いたメイドの女性が答える。
「結婚しなさい。貴方がこれまでどれだけの男性を見てきたのかは知らないけど、陛下が最高の男性であることは、誰よりも陛下をお慕い申し上げてきた私が保証する」
メイドの女性の言葉に、私は頷く。
「分かりました。王様と結婚させていただきます」
私の言葉を聞いたメイドの女性は、私の胸ぐらから手を離し、頭を下げる。
「大変失礼をいたしました、王妃様。いかなる罰もお受けします」
メイドの女性の言葉に、私は首を横に振る。
「いいえ。でも、お願いならあります。私は恋愛も王様のこともよく分かりません。両方とも私に教えていただけませんか?」
私の言葉を聞いたメイドの女性が、少しだけ固まった後、笑みを見せた。
「失恋したばかりの女に酷なことを言いますね」
私も笑顔を返す。
「結婚する以上は王様のことを詳しく知りたいですから。上辺だけの女が何も知らずにただそばにいるより、貴女の目で私を見ていただいた方が、王様のためにもなりますよね?」
私の言葉に、メイドの女性がふふふと笑う。
「それは間違いありません。ただ、貴女が陛下に不幸を招くようなら容赦しませんから」
笑みの裏に隠れた怖さに気づかないふりをしながら、私は頷く。
「もちろんです。絶対にそんなことにならないようにします」
このメイドの女性は、いい人だ。
私が逆の立場なら、きっとこんな対応はできない。
本気で恋愛する気持ちは分からないけど、それは分かる。
それに甘える私は酷い女だ。
「そういえば貴女のお名前は?」
私の問いにメイドの女性が答える。
「シャーロットです。ただ、王妃様はいちいちメイドの名前など覚えず、ただ、そこのメイド、とお呼びくだされば結構です」
シャーロットさんの言葉に私は首を横に振る。
「素敵な名前ですね。貴女はただのメイドじゃなくて、私の先生ですから。お名前で呼ばせてください」
私はこの優しい女性から、想い人を奪った。
それならば。
せめて、ちゃんとした王様の妻になりたい。
恋愛のことは分からないけど、シャーロットさんが恋焦がれた人のことを好きになりたい。
「かしこまりました、王妃様」
そう言って頭を下げるシャーロットさんを見ながら、私はそう誓った。
「朝でございます、王妃様」
そう言って私を起こしにきたシャーロットさんの目が腫れている。
失恋で夜泣いたのだろう。
それでも国のため、王様のために私に笑顔を見せるシャーロットさんは本当にすごい。
改めてシャーロットさんへの尊敬の念を抱きながら、私は朝の準備をする。
シャーロットさんに手伝ってもらいながら、体のラインが分かる胸元の大きく開いたドレスを身につける私。
「ちょ、ちょっとこの服恥ずかしいです」
そう呟く私に、シャーロットさんは首を横に振る。
「何も恥ずかしくありません。王妃様の完成されたスタイルを陛下に見せるのに、この服はぴったりです」
自信たっぷりにそう告げるシャーロットさんに、私は何も言えない。
シャーロットさんに連れられて食事の間に行くと、そこにはすでに王様がいた。
部屋に入ってきた私を見ると、少しだけ固まってじっと見つめた後、不意に目を逸らされる。
昨日の今日で好かれてるとは思わないけど、目も合わせてもらえないほの関係だと思うと、少し傷つく。
それでも、私は諦めるわけにはいかない。
めげずに王様の隣に座る。
「おはようございます、王様」
私の言葉に、目を合わせないまま返事をする王様。
「……おはよう」
ぎこちない挨拶。
この状態から恋愛にまで持っていくのは、恋愛素人の私では難しいかもしれない。
それでも私は諦めずに頑張る。
「王様。一晩考えたのですが、私、王様と結婚したいと思います」
私の言葉を聞いた王様がぱっと私を見る。
「本当か!」
急に私の方を向いて、キラキラとした目で笑顔を見せる王様。
その笑顔にどきりとする私。
「シャーロット。主だった者を集めてくれ。皆に結婚することを告げる」
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