第82話 聖女⑦
「貴女が次の聖女よ」
私は訳が分からなかった。
理由が分からない。
私なんかが選ばれるはずがなかった。
私よりエリスの方が、間違いなく聖女に相応しい。
二年前の私なら、何も考えずに喜んでいた。
一年前の私なら、エリスを気に掛けつつも安心していた。
でも。
今の私は全く喜べない。
生きるべきはエリス。
聖女になるのはエリス。
いつからか。
エリスが聖女になるのなら、自分が死ぬことを受け入れていた。
誰よりも近くでエリスの凄さを見て。
誰よりも近くでエリスの優しさに触れて。
エリスが生きて聖女になった方が、世界のためにいい選択だと思っていた。
私は聖女様に尋ねる。
「……なぜですか? なぜエリスではなく私なんですか?」
私の質問に聖女様はニヤリと笑う。
……聖女らしからぬ下品さを感じる笑顔で。
「だって淫乱な女を聖女にするわけにはいかないから」
その言葉を聞いたエリスが大きな声を出す。
「や、やめて!」
その様子を見た聖女様の顔がますます下卑たものになっていく。
「貴女たち、たまに二人で同じベッドで寝てたでしょう?」
私は聖女様の言葉に答える。
「確かに一緒に寝ることはありましたが、エリスに何かされたことはありません。手を繋ぐことはありましたがそれだけです。手を繋ぎ、肌が触れることが淫乱だというのなら、私も同じです」
私の言葉を聞いた聖女様がゲラゲラと笑う。
「な、何がおかしいんですか?」
私の問いかけには答えず、聖女様はエリスの方を向く。
エリスはなぜか震えながら目を逸らしていた。
「その女は、貴女と一緒に寝た翌日は、貴女の残り香を嗅ぎながら、自慰をしていたの」
私は聖女様の言葉の意味を飲み込めない。
「それだけじゃない。貴女が疲れて深い眠りについた夜は、直接貴女の匂いを嗅ぎながら自慰をしていた」
エリスの方を向くと、泣きそうな顔でフルフルと震えていた。
「ど、どうしてそんなことが分かるんですか?」
私の質問に聖女様は答える。
「貴女たち全員の部屋を、特別な力で監視していたから」
さも当然のように答える聖女様。
「聖女を選ぶのに、普段の生活を知るのは当たり前でしょう? おかげでその子のような清純の皮を被った淫乱な女を聖女に選ばずに済んだわ」
聖女様の言葉に、私は反論する。
「エリスは淫乱なんかじゃありません。私に何かしようと思えば、いつでもできました。それでもエリスは私には何もしなかった。そんなエリスが淫乱なわけありません」
私の言葉に冷たい目をする聖女様。
「貴女がどう思おうが、こんな気持ち悪い女を聖女に選ぶわけにはいきません」
私は、聖女様の言葉には何も返さず、エリスの方へ近づく。
泣きそうな顔で私を見るエリス。
「ごめんなさい。気持ち悪い女でごめんなさい。私、貴女のことを好きになってしまったの。何も持ってなかったのに、誰よりも頑張る貴女に惹かれてしまった。女同士でこんな気持ちを抱くなんて、女神様の教えに反しているのは分かってたのに。女神様の教えが私の全てだったのに。私はこれまでの人生を台無しにしてしまった。自分の欲に逆らえなかった。貴女を好きな気持ちを、どうしても抑えきれなかった……」
涙をこぼすエリスを、私は抱きしめる。
「気持ち悪くなんてないよ。誰よりも尊敬するエリスにそんなふうに思ってもらえて嬉しい。私はまだ、誰かに恋する気持ちが分からないから、今すぐエリスの気持ちには答えられないけど、エリスにそんなふうに思ってもらえて、嬉しいよ」
私の言葉を聞いたエリスが、大粒の涙を溢れさせながら私を見る。
私はそんなエリスに微笑みかけた後、聖女様の方を向く。
「エリスを殺すなら、私も死にます。大事な友達を犠牲にして、自分だけ生きるなんてできません」
私の言葉に、怒りの色を隠さない聖女様。
「黙りなさい。貴女たちに選択権はないわ。この教会に来た時点で貴女は全員、女神様降臨の糧となることは決まっているの」
その言葉に、全員の頭に疑問符が浮かぶ。
「全員って、一人は次の聖女になるんじゃないんですか?」
私の質問に、聖女様はチッと舌打ちする。
「もちろん、一人は聖女になってもらうわ。ただ、聖女は、女神様がこの世界に降臨される際の依代。女神様が降臨されるのはまだ先だから、それまでは生きていられます」
……突然明かされる驚愕の事実。
生き残っても女神様に体を乗っ取られるということだろうか。
これでは完全な詐欺だ。
確率は低くても、生き残れる可能性が少しでもあるから頑張ってきた。
それなのにこれではあんまりだ。
動揺するみんな。
この二年間叩き込まれてきた女神様の教えに反する卑怯な行為。
それを教会と聖女様が行なっていた。
私は涙の跡が残るエリスを抱きしめる手に力を込める。
こんな卑劣な人たちに、エリスを殺させるわけにはいかない。
「みんな!」
私は二年間ともに切磋琢磨してきたみんなに呼びかける。
「このまま黙って殺されてもいいの? 私たちはこの人たちに騙されていた。女神様も、無駄な殺生は悪だけど、悪を滅ぼすための戦いは正しいことだと説いていた。どうせ殺されるなら戦って死にましょう!」
私の呼びかけを聞いたみんなの瞳に、少しだけ光が灯る。
「二年も女神様の教えを伝えて差し上げたのに、無駄だったようですね」
聖女様の言葉に、私はふっと笑う。
「教えた本人たちが教えに従ってないのに、伝わるわけないでしょ」
エリスを守ると決めた時から。
戦うと決めた時から。
体の中から何かが湧き上がる。
私は願う。
共に戦うみんなの力になりたいと。
そう願った瞬間、すぐ近くにいるエリスの体が輝き出す。
エリスだけじゃない。
次期聖女候補として集められた全員の体が、淡い光で輝いていた。
「聖女の加護……。まさか二千年前と同じ加護の力が、この子にあったなんて」
エリスたちと同じ淡い光は私の身にも纏われていた。
力が増す。
魔力の量も増えている。
日々の訓練の疲れも抜けていた。
なぜかは分からないけど、この力があれば、きっと私たちは戦える。
そう思った矢先だった。
「保険をかけておいた甲斐がありました」
聖女様がほっとしたようにそう言った。
「私に従いなさい」
聖女様が右手を天に向け、すぐにゆっくりと下に下ろすと、私たち一人一人に向けてゆっくりと手を向けながら次々と右手を動かしていく。
そして、私にもその手は向けられ、体に何かしらかの魔力を浴びせられたのを感じた。
特殊な攻撃をされたのかと思ったが、何の変化もなかった。
……私だけは。
聖女様に手を向けられた途端、みんなの目から正気が失われていく。
そしてそれは、エリスも例外ではなかった。
不思議に思った私が、口を開くより早く、聖女様が口を開く。
「自死しなさい」
私がその言葉の意味を理解するより早く、みんながそれぞれの方法で自分の命に終止符を打つ。
首を折る人。
炎で自分を焼く人。
手刀をお腹に刺す人。
それはエリスも例外ではなかった。
懐から取り出したナイフで首を切ったエリスから吹き出した血が、私の全身に勢いよく降り注ぐ。
突然の。
あまりにも呆気ない終わりに、私は一歩も動けなかった。
「この魔法と薬の組み合わせはいつ見ても強力ね。貴女、聞こえてないとは思うけど、この後、貴女の体に私の魔力と意識を移しますから。まさか聖女の称号の力を引き継いでいるなんて嬉しい誤算です。ただ……」
聖女様は私の全身を見ながら告げる。
「その汚い血を洗ってきなさい。そんな体に移るのはごめんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます