第81話 聖女⑥

 北の村から神都に連れて来られて一年が経った。


 私は見違えるほどに成長し、勉強も人並みにできて、魔法や戦闘の技術はトップレベルに抜けてなった。


 そしてエリスは、戦慄を覚えるほどになっていた。


 自分が強くなったからこそ分かる、恐ろしいまでの強さ。


 この場にいる全員で挑んでも勝てるかどうか分からない。


 そんな強さを感じていた。


 女神様の教えにも誰よりも忠実で、勉強も一番。


 みんな心の中では諦めているのかもしれない。


 聖女になるのはエリスだろうと。

 そして、エリスが聖女になるなら仕方ないと。


 でも、誰も手は抜かない。


 手を抜いたらすぐに殺されるから。


 たとえ残りわずかな命でも、一日でも長く生きるために、みんな全力で頑張ってるように見えていた。


 ……それに。

 この世界に絶対はない。


 他の人たちは分からないけど、私は絶対に諦めない。


 少しでも聖女に近づくために、できることは何でもする。


 それが、いつも親身になって私を助けてくれるエリスの死につながるのかもしれないとしても。


 そんなある日、エリスが少し恥ずかしそうに私を見ているのに気付く。


「どうしたの、エリス?」


 いつも凛としたエリスらしくない仕草で、もじもじと答えるエリス。


「その……貴女にお願いがありまして……」


 私の方からは毎日のようにお願いしているが、エリスからのお願いは珍しい。

 私は笑顔で答える。


「私にできることなら何でも言って」


 そんな私に、照れたような表現で口を開くエリス。


「それではその……私と一緒に寝てもらえませんか?」


 私は首を傾げる。


「いつも寝てるよね?」


 エリスとは、二人部屋となったこの部屋で、いつも一緒のタイミングで寝ている。

 何がお願いなのだろうか?


「あの、その……同じベッドで寝たいんです。貴女と出会ってから明日の朝でちょうど一年です。私、これまでの人生で同年代の誰かとこんなに接したのは初めてでして。女性同士の友達は、一緒に寝たりすることもあると聞きました。私たちが友達なんていうのはおこがましいかもしれませんが、友達と一緒に寝るというのに、実は憧れてまして……」


 いつもより少し早口にそう言ったエリスの手を私は取る。


「とっくの昔に友達……ううん。親友のつもりだよ。一緒に寝よう!」


 エリスとは出会ってから今日まで毎日一緒にいた。


 厳しい訓練と難しい勉強のせいでゆっくり遊んだりはできなかったけど、辛い日々を毎晩一緒に乗り越えてきた。


 北の村でも友達は何人もいたが、エリス以上に心を許せる友達はいなかった。


 ベッドで一緒に布団に入ると、エリスからは女の私でも蕩けてしまいそうないい匂いがした。


 エリスが私の方を向く。


 絵画の中の女神様のように綺麗なエリスの顔を間近で見ると、あまりの美しさに言葉が出なくなる。


「……手を握ってもいいですか?」


 そんな私にエリスが尋ねてきた。


 細くひんやりとしたエリスの手。


 ただ、その手のひらには剣術で鍛える際にできたマメがあった。

 私の手にもあるそのマメは、剣術の修練時間後も、二人で一緒に鍛えてきた証だ。


 私はそんなエリスの手に指を絡める。


「これからも一緒にいたいな」


 無意識に漏らした私の言葉に、エリスが答える。


「ずっと一緒にいましょう」


 それが難しいことは分かっていたけど、私は否定はせずに笑顔を返す。


 こんな日々がいつまでも続けばいいのに。


 叶わない願いを想いながら、私は眠りについた。





 それからさらに一年間。


 何ごともなく過ぎていった。

 私はどんどん強くなり、それ以上にエリスはもっと強くなっていった。


 一年前のあの日以来、たまにエリスと一緒に寝るようになった。


 エリスのいい匂いを嗅ぎながら寝ると、いつもより疲れが取れるような気がしていた。


 そして。


 教会に来てからちょうど二年後のこの日。


 私たちの厳しくも幸せな日々は終わりを告げる。


 いつもの勉強前に大聖堂へ集められた聖女候補者たち。


 三十人余りの聖女候補者を前に、聖女様が現れる。


 聖女候補者たちの間に緊張が走った。


「皆様お集まりいただきありがとうございます。今日皆様に集まっていただいたのは、遂にこの日が来たからです。次の聖女を選ぶこの時が」


 私たちはその言葉に絶望する。


 いつか来ると分かっていたこの日。


 それでもいざこの日が訪れると、固めていたはずの覚悟が揺らぐ。


「この二年間、皆様は大変頑張ってくれました。誰が聖女になってもおかしくないほどに」


 それがお世辞だというのは分かっている。


 この中で誰が一番聖女に相応しいかは、この場の全員が分かっていた。


「ただ。聖女になれるのはたった一人。残りの皆様には、次の聖女の糧となっていただかなければなりません」


 その言葉が比喩ではないのはみんなが分かっていた。


 聖女になれなければ、殺され、次の聖女の魔力に変えられる。


 みんなの視線がエリスに集まる中、等のエリスが口を開く。


「聖女様。発言してもよろしいでしょうか?」


 エリスの言葉に頷き、にこやかに答える聖女様。


「どうぞ」


 聖女様の言葉に、少しだけ考え、決意したような表情を見せるエリス。


「私は次の聖女になることを辞退します」


 エリスの言葉にざわつくみんな。


 私自身、思わず口を開く。


「エリス、どうして……」


 そんな私に笑顔を向けた後、聖女様の方へ向き直るエリス。


「私より聖女に相応しい人がいるので、その人を聖女にしてください」


 エリスの言葉の意味がわからない。

 エリスより聖女に相応しい女性は、この世のどこにもいないのに。


 エリスの言葉を聞いた聖女様が笑う。


「ふふふ」


 高らかに笑う。


「あはははっ」


 お腹を抱えながら笑う聖女様。

 今まで見たことのない聖女らしからぬ聖女様。


「失礼しました。貴女の勘違いがあまりにも面白くて」


 勘違いという言葉に、聖女様以外全員の頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。


「貴女、なぜ自分が聖女になれる前提で話しているの?」


 聖女様の言葉に、思わず漏れるエリスの言葉。


「……えっ?」


 そんなエリスを見て再び笑う聖女様。


「誰が貴女を聖女に選ぶって言ったの? 貴女に言われなくても、貴女を聖女になんて選ばないわ」


 その言葉に、思わず私は口を開く。


「どうしてですか! エリスは、誰よりも努力家で。誰よりも強くて。誰よりも慈しみ深くて。誰よりも美しくて。そして、誰よりも綺麗な心を持ってる。そんなエリスより聖女に相応しい人なんて、この世界にいません。誰がエリスより聖女に相応しいっていうんですか?」


 私の言葉を聞いて、聖女様が真っ直ぐにこちらを見る。


 殺される。


 そう思った私に、聖女様が口を開く。


「貴女よ」


 思いもしなかった言葉。


「……えっ?」


 その言葉で、私の思考は止まった。

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