第79話 聖女④

「おはようございます、皆様」


 再び大聖堂に集められた私たち。


 その場には昨日の半分くらいの人しかいない。

 私と同室の銀色の鎧の女性も、黒いローブの女性は、なぜか別の部屋に振り分けられた。


 そのことに疑問を思っているのは私だけではなさそうで、首を傾げたりキョロキョロしたりしている人たちもいる。


「今日も皆様とお会いできてよかったです。私のお願いを聞いてくれず、この場に来られない方々もたくさんいらしゃったので」


 聖女様の言葉に、私はどきりとする。


「三十九人もの方々が、候補から消えました。皆様は今後も私のお願いをちゃんと聞いてくださいね」


 何げない話としか思えなかった、仲良くしてくださいというお願い。


 それを聞かなかっただけで、三十九人の候補者たちは、恐らく殺された。


 どうやってお願いを聞かなかったことを知ったのか。


 考えれば考えるほど恐ろしくなる。


「候補が六十人になりましたので、ぴったり四人組が組めますね。昨日は三人組がいて可哀想でしたので。もう一度振り分けしましょう」


 別室でおそらく殺された二人の代わりに来た二人の女性。


 修道服を着た女性と、商人のような服を着た二人の顔面は蒼白だった。


「今日から皆さんには、女神様の教え、聖女としての礼儀作法、魔法の訓練等に励んでいただきます。ただ、その前に、皆様にはある儀式を受けていただがなければなりません」


 聖女様はそう言うと、一番前にいた女性を手招く。


 女性が恐る恐る近づくと、聖女様はその手を取る。


「これから私の魔力を流します。それにより、皆さんの魔力回路が開き、魔法が使えなかった人も魔法が使えるようにやり、もともと魔力を扱えた人は、その魔力が大幅に増すでしょう」


 聖女様はそう言うと、にっこりと笑う。


「それでは行きますね」


 話だけ聞くと、メリットしかない。


 ただ、そう甘い話なわけがなかった。


「ぎ、ぎゃああ!」


 年頃の若い女性とは思えない悲鳴をあげる女性。


 しばらく苦しんだ後、女性は倒れ、ぴくりとも動かなくなる。


「この方は不適合のようで、女神様の元に召されました。私の見立てでは、この場にいる皆様なら八割の方は生き残れると思います。最初の方はたまたま適合差しませんでしたが、皆様はご安心くださいね」


 二割の人が死ぬ。

 その事実に、全員の表情が変わる。


 目の前に横たわる女性の遺体を見ながら、全員が恐怖していた。


「それでは次の方」


 聖女様にそう言われ、目が合った女性が狼狽える。


「い、嫌……」


 そう呟いた女性に、聖女様は首を傾げる。


「私のお願いを聞けないということは、適合するかどうか試す前に女神様のもとへ召されることになりますが……」


 聖女様の言葉を聞いて、泣きながら聖女様のもとへ歩いていく女性。


「う、うぅ……」


 聖女様に手を取られて呻き声をあげる女性。


 ただ、しばらく経っても女性はその場に立ち続けていた。


「合格ですね。よかったです」


 にこりと笑う聖女様。


 無事立っている女性は、へなへなと座り込むが、無事そうではあった。


「この方を別室へお連れください」


 後ろに立つ教会の人にそうお願いし、座り込んだ女性がその場から連れ出された後、次から次に大聖堂の中の女性たちが呼ばれていった。


 数人おきに死者は出ていたが、どんどん進む儀式。

 無事だった人も、大半が儀式の後で気を失うか座り込んでいた。


 そしていよいよ私の番が来る。


 恐怖で足がすくむが、逃げたところで殺されるだけだ。


 二割の女性がどういった人たちなのかは分からない。

 ただ、ただの村娘にすぎない私が生き残れる保証は全くなかった。


 自分が二割にならないことを、いるかどうかも分からない神様に祈るばかりだ。


「次の方」


 聖女様に呼ばれ、私は聖女様の元へと歩み寄る。


 右手を前に出し、聖女様に手を握られると、体に何かが流れ込み、全身の血管を熱湯が流れるような激痛が走った。


「あぁぁっ!」


 意識が飛んでしまいそうな激痛がしばらく続いた後、女神様が私から手を離す。


 痛みのあまり座り込んでしまいたくなったが、命には影響はなさそうだった。


 ホッとする私は、他の人たち同様、部屋から連れ出される。


 集められた部屋で立ち上がれずにうずくまっていると、エリスも部屋に運ばれてきた。


「貴女も無事でよかったわ」


 その言葉に、私はなんとか言葉を返す。


「エリスさんも」


 エリスさんは首を横に振る。


「さんはいらないわ。仲良くしましょうと言ったでしょう?」


 私は頷く。


 しばらくすると、部屋の中に私をこの場に連れてきた黒髪黒眼の女性が部屋に入ってきた。


 私に気付き、ちらりとこちらを見てきたが、すぐに視線を逸らされた。


「儀式は終わった。無事乗り越えたのはこの場にいる者だけだ」


 私は部屋の中を見渡す。


 ただ、八割生き残ると言われていたにも関わらず、部屋の中にいるのは三十人程度。


 半分はこの場にいなかった。


 そんな私の頭の中の声を聞いたかのように、黒髪黒眼の女性が言葉を続ける。


「聖女様の言葉通り、八割は生き残ったが、生き残った者のうちこの部屋にいない者は、痛みのあまり発狂してしまった。彼女たちには、死んだ者同様、次の聖女のための力となってもらった」


 結局、この場にいない人たちは殺されたということだろう。


 ここに来てほんのわずかな期間。


 その間に百人いた候補者は三十人程度になってしまった。


 今日私が生き残っているのは、たまたまだ。


 少し何かが違っていれば、私は今この場にいない。


 この調子でいけば、明日私は生きていないかもしれない。


 知らず知らずのうちに震えていた私の手を、エリスの柔らかく細い手が優しく包む。


「大丈夫。貴女なら明日もきっと大丈夫よ」


 なんの根拠もないエリスの言葉。

 それでも私は、その言葉に励まされた。


「ありがとう、エリス」


 呼び捨てにされて嬉しそうな笑顔を浮かべるエリス。


「皆さん、よく生き残ってくれました」


 そう言葉を発したのはいつの間にか部屋に入ってきた聖女様。


「これまでの試練で、間引きは終了しました。質の悪い芽は取り除かなければ、いい花は育ちませんからね」


 植物の芽かのように、死んでいった七十人を表現する聖女様。


「この場にいる皆さんは大変優秀です。これから少しだけ厳しい修練を行なっていただきますが、優秀な皆さんにはしっかり育っていただけるよう、大事にしていきます」


 信用できない聖女様の言葉を聞く私たち。


「今日はお疲れでしょうから、ゆっくり休んでください。明日から頑張っていきましょうね」

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