第78話 聖女③

 神都にある中央教会に集められた私たち。


 百人が集まる大聖堂は荘厳だった。


 自分の命がかかっていなければ見惚れるところだが、絶対に聖女になると誓った私には、その荘厳さなどどうでもよかった。


「皆さん、よくお集まりいただきました」


 色鮮やかなガラスから降り注ぐ光を浴びながら、恐ろしく美しい女性がそう口を開いた。


 言われなくても分かる。


 この女性が聖女だろう。


 北の村では見たことのない絶世の美しさ。

 神話の中から出てきたような神秘的なオーラ。

 戦いの素人でも分かる強者の雰囲気。


 それらを全て兼ね揃えた完璧な存在。


 そんな存在が目の前に現れた。


「無理やり拉致しといてよく言うぜ。こいつら全員殺せば俺が聖女か?」


 突然そう口を開いたのは、粗野な格好をした大柄な女性だった。


「貴様、口を慎め!」


 聖女様の後ろに控えていた教会の女性が、右手を大柄な女性へ向ける。


 後ろに控えていた女性を片手で制し、聖女様が微笑みを崩さずに大柄な女性に声をかける。


「誤解があるようですが、私はそのような野蛮な真似をさせるつもりはございません。皆様にはあくまで、聖女に相応しいかどうかと言う点で競い合っていただきます。その中で、私が、最も聖女に相応しい女性を選びます」


 それを聞いた大柄な女性が鼻で笑う。


「あんたがどんな観点で聖女を選ぶか知らないが、俺みたいな女が聖女? 笑わせるな」


 大柄な女性の言葉を聞いた聖女様は困った顔をする。


「そうですね……。隣国の魔王を倒し、穢れた亜人たちをこの世界から一掃するという目的を達成するには、貴女の力は役に立つかと思ったのですが、あなたのゴミのような品性では、確かに聖女は難しそうですね」


 聖女様はそう言うと、右手を大柄な女性へ向ける。


「残念です」


 聖女様がそう言って何かを口にしようとすると、それより速く、圧倒的な速さで跳躍した大柄な女性は、右手を手刀にして聖女様の右手を切り落とす。


 聖女様の手から鮮血が飛び散る。


 ただ、聖女様は表情を変えずにもう一度呟いた。


「残念です」


 いつの間にか、聖女様の左手が大柄な女性の頬に触れていた。


『ディストラクション』


 聞いたことのない言葉を聖女様が口にすると、大柄な女性の頭が、花火のように弾け飛んだ。


 ビチャ。


 私の頬に、先ほどまで大柄な女性だった血とも肉ともわからないものが、飛んできた。


「キャ、キャーッ!」


 阿鼻叫喚の場と化す大聖堂の中。


「寝りなさい。うるさい者は聖女に相応しくありませんよ」


 右手から血を流し、左手も大柄な女性の頭と共に弾け飛んだ聖女様が、表情を変えずにそう言った。


 その言葉を聞き、しんと静まり返る大聖堂の中。


 聖女に相応しくない=死だということをこの場の全員が理解していた。


 大半の候補者たちが、恐怖と過度なストレスで顔を真っ青にしている中、聖女様がにこりと微笑む。


 純白のドレスを真っ赤に染めた聖女様が呟く。


『ヒーリング』


 またもや知らない言葉を呟くと、失われた聖女様の両手がみるみるうちに元に戻った。


「予定外のことが起きましたが、改めまして。皆様方百人……もう九十九人ですね。九十九人の中から私の後継者を選ばせていただきます。どれだけ女神様の気持ちを理解し、献身的でいられるか。それを確認させてください」


 そう言ってにこりと笑う聖女様の笑顔は、この世のものとは思えないほど美しく、恐ろしかった。


「これから貴様らを四人ずつ振り分ける。当面の間、その四人が運命共同体だ。明日からは次の聖女様になるため、厳しい生活が始まる。長旅をしてきたものもいるだろう。今日ゆっくりと休め」


 聖女様の後ろに立つ教会の女性がそう告げた。


「私からのお願いです。四人で仲良くしてくださいね」


 聖女様もそう声をかける。


 目の前で人が死に、その遺体の一部を身に浴びたショックから立ち直れないまま、私たちは四人ずつ振り分けられた。


 私以外の三人は、皆個性的だった。


 聖女様のように美しく、教養と慈悲を感じる美しい女性。

 黒いローブに身を包み、暗い表情をした女性。

 銀色の鎧を見に纏った、凛々しい女性。


 それぞれが顔を合わせて挨拶をする。


 先程の恐ろしい事態がなかったかのように微笑む聖女様のような女性。


「私はエリス。これからしばらくの間よろしくお願いしますわ」


 それに対して、険しい表情で口を開く凛々しい女性。


「先程のような出来事があったのによく笑えるな。それにだ。直接の殺し合いはないにしろ、この先我々は文字通り命を賭けて競い合うことになるのだぞ」


 凛々しい女性の言葉に微笑みを崩さないエリスさん。


「それが? 聖女になるために全力を尽くす。それは変わらないのではないかしら?」


 そんなエリスさんに背中を向ける凛々しい女性。


「我々は敵同士だ。馴れ合うつもりはない」


 それを聞いた黒いローブの女性が頷く。


「ボクもそこの銀色と同意見だよ。キミたちが死んだ後、後味が悪く無くなるから、仲良くするつもりはない」


 黒いローブに身を包んだ女性も同じく背を向けた。


「貴女も同じ考えかしら?」


 エリスさんが私の方を向く。


「私には何もないから、助け合えるとありがたいです」


 私の言葉を聞いたエリスさんが微笑む。


「それなら私たちはどちらかが聖女になるまで、仲良くしましょう」


 私はエリスさんの言葉に頷いた。


 明日からの生活を思うと不安しかなかったが、私は少しでも不安から逃れたかった。

 そんな中で、一人でも当面の協力者が見つけられたのはありがたかった。


 その後、割り当てられた部屋に四人で向かうと、そこは信じられないくらい立派な部屋だった。


 大きな部屋の中に、さらに一人一人に割り当てられた小部屋。

 そこにはふかふかのベッドと鏡台があった。


 教養の部屋にある家具や飾りは簡素ながらも、質の良いものだということは、貧乏人の私でもわかった。


 部屋の中には広いお風呂もあり、すでにお湯が張られていた。


 先程の話もあって四人でいるのは気まずかったのと、肉片を浴びた気まずさから、私は先にお風呂に入らせてもらう。


 お風呂などというものは、これまでの人生で数回しか入ったことがない。


 北の村では水は貴重で、お湯を沸かす燃料も貴重だ。


 私はこの世の極楽としか思えない時間を過ごした後、自分のベッドのある部屋に移動した。


 先程の恐怖と明日からの不安はあったが、疲れには勝てず、私はそのまま、泥のように眠った。

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