第77話 聖女②

 家の中に入ると、先に農作業から帰っていた両親が、私の持つ少ない衣服を袋へ詰めているところだった。


 両親にはすでに話がされているようだったので、私は女性の方を向く。


 身長は平均的な女性くらいの高さで、体格はどちらかといえば華奢だった。


 ただ、大柄な聖職者の男を震え上がらせるような威圧感が、その小さな体から放たれている。


 黒髪黒眼のその女性は、私を急かす。


「何をじろじろ見ている。さっさと準備しろ」


 女性の言葉に、私は疑問をそのまま口にする。


「えーと、貴女は誰で、何で私は神都に連れて行かれるんですか?」


 私の言葉に、黒髪黒眼の女性は端的に答える。


「貴様に質問する権利はない。だが、その問いにだけは答えてやろう。私は聖教会 聖女庁 特務一課の者だ。貴様は次期聖女の候補に選ばれた」


 私は突然のことに、思考が追いつかない。


 ただの田舎娘に過ぎない私が聖女?


 聖女様は美しさと慈しみを兼ね揃えた女性であるとともに、奇跡を起こす不思議な力と、他国の信仰から国を守る力も持った完全無欠な女性のことだ。


 確かに村の中では将来が期待できる器量だとは言われていたが、国中が見惚れる美貌は持っていないし、慈しみの心なんてもっと持ってない。


 何より、奇跡を起こす力どころか、簡単な魔法すら使えなかった。


「えーと、何で私なんかが選ばれたんですか?」


 その問いに、教会から来た女性は答えてくれなかった。


「残り二十五分。それ以上の問いには答える義務はない。話すべきことがあれば、道中こちらから話してやる」


 私は教会から来た女性へのそれ以上の質問は諦め、両親の近くへと行く。


「お父さん、お母さん。何か話聞いてる?」


 私の問いかけに二人は気まずそうに目を逸らした後、顔に作り笑顔を貼り付けて私の方を向く。


「私たちは……」


 そう話しかけた両親の言葉を教会から来た女性が遮る。


「その二人に聞いても無駄だ。そいつらには十分な報酬を渡して口止めしてある。貴様本人であろうと、他人に話せば報酬はなくなるからな」


 私のことをお金で売ったということだろうか?


 人並みには愛してもらえているだろうと思っていた私は悲しくなる。


「安心しろ。貴様は売られたわけではない。反抗して殺された上で貴様を奪われるか、金をもらって円満に渡すかで、後者を選んだだけだ。貴様が知っているかは知らんが、聖女庁は聖女様直属の護衛も、強力な敵の暗殺も行う部隊で、一人で一軍に匹敵する力を持っている。逆らうだけ無駄だからな」


 それでも抵抗してもらいたかったと思うのは、欲張りすぎなのはわかっている。


 命を賭けてでも子どもを手元に置きたいという親は物語の中にしかいないだろう。


 それに、私が聖女になるというのなら、それが娘のためだと思ったのかもしれない。


 両親のぎこちない表情を頭から消しさり、私はそう思うことにした。


 とりあえず私は引っ越しをする準備を始める。


 と言っても、私の私物は少ない。


 服は両親がまとめてくれていたので、あとはカバン一つに収まる程度だ。


 十分とかからず荷物をまとめた私は、両親に頭を下げる。


「今までありがとうございました」


 今まで生きてこられたのは両親のおかげだ。

 その事実だけは間違いない。


「最後まで育ててあげられなくてごめんなさい」


 謝る両親に私は笑顔を見せる。


「神都なら寒くないだろうし、聖女になればいい暮らしできるだろうし、気にしないで」


 そんな私にお母さんが何が言おうとして、お父さんに止められる。


 その様子が気にはなったが、私は教会から来た女性の方を向く。


「準備ができました」


 私の言葉に女性は頷く。


「よろしい。では行こう」


 私は最後にもう一度両親に頭を下げ、教会から来た女性と一緒に家を出た。






 村の聖職者が呼びに行っていたらしい馬車に、教会から来た女性と二人で乗り込む。


 生まれて初めて乗る馬車は想像していたほど乗り心地は良くなかった。


 ガタガタと揺れる車内で、私たち二人は気まずい沈黙の時間を過ごす。


 沈黙に耐えられなくなった私は口を開く。


「あの、お話してもいですか?」


 私の質問に教会から来た女性は頷く。


「内容によるが、滞りなく準備できた褒美として、話しかけることを許可する」


 私は緊張しながら質問する。


「やっぱり私が候補に選ばれる理由が分からないので教えて欲しいです。美しくもないし、魔法も使えないし、教養があるわけでもないので……」


 教会の人に信仰がないとは流石に言えなかったので、それ以外のことを話した私に、教会から来た女性は、少しだけ考えるそぶりを見せて答える。


「候補は貴様だけではない。美貌に恵まれたものもいれば、魔法が得意な者もいるし、教養が高い者もいる。様々な観点で候補は選ばれている」


 それでも私は理解できない。


「だとしても、私が選ばれる理由はないと思うのですが……」


 私の言葉に、教会から来た女性は表情を変えずに答える。


「貴様が選ばれたのは血だ」


 女性の言葉に、私は首を傾げる。


「……血?」


 私はますます分からなくなった。


「貴様に流れる、二千年前、女神様を宿した聖女様の血。二千年の時を経て、その血が熟したと今代の聖女様からのお言葉があった」


 ちょうど今日聞いたばかりの話。


 それがまさか本当で、しかも私にその血が流れていたなんて。


「ただ、それでも貴様が本当に聖女に相応しいかは分からない。所詮、百人いる候補の一人に過ぎないからな」


 私は、女性の言葉に驚く。


 先程の話から候補が複数人いるのは分かっていたが、まさか百人もいるなんて。


 ただ、その次に聞いた言葉に比べれば、大したことはなかった。


「ちなみに、聖女になれなかった候補は、その命を魔力に変えて、次の聖女にその力を捧げることになる。精々頑張ることだな」


 私は衝撃のあまり立ち上がる。


「帰ります!」


 大きな声でそう話した私に、女性は表情を変えずに答える。


「帰れるものなら帰るがいい。この辺りは強力な魔物の巣窟だ。聖女様の力で守られているこの馬車から離れて一人で帰るのは、百人の中から聖女になるより生き残る確率は低いと思うがな」


 女性の言葉に、私は絶望した。


 死の恐怖に怯える私に、女性が続けて口を開く。


「死にたくなければ聖女になれ。聖女様によって候補に選ばれたからには、可能性があるということだ。その可能性が百分の一なのか、もっと高いのか、それとも絶望的に低いのかは分からないがな」


 私は死に怯える気持ちを押し殺し、女性をまっすぐに見つめる。


 死にたくない。


 その気持ちで、膝の震えを抑える。


 こんな理不尽な理由で死にたくなんてない。


 私は強くそう思い、本気で聖女になろうと誓った。

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