第75話 運命の人
「ねえグレンちゃん。貴女、ルークのこと好き?」
ある日突然、王妃様が私に尋ねてきた。
王妃様は、ルークと同じくらい、私にとって大事な恩人だ。
王妃様がいなければ、たとえルークが私を城に連れて帰りたいと言ったところで、その願いは叶わなかっただろう。
だから、王妃様の問いにはできるだけ答えたかったけと、この質問には素直に答えることができなかった。
「恐れながら王妃様。私にはその問いに答える権利はございません」
そう答える私に対し、王妃様はほっぺたを膨らませながら、怒った表情を見せる。
何か失礼なことがあっただろうかと内心焦る私に、王妃様は言葉をかける。
「グレンちゃん。私のことはお母さんって呼びなさいって言ってるでしょ。それに、そんな改まった話し方も嫌」
王妃様の言葉に私は困る。
「しかし王妃様。私みたいな元浮浪児が、王族の方に失礼な話し方をするわけには……」
そう答える私に、王妃様は相変わらずほっぺたを膨らませたままだ。
「言葉も礼儀もこの短期間で身につけたのはすごく偉いけど、肝心なことを学んでないわね。私たちは家族なの。最低限の礼儀と気遣いは必要だけど、家族で話すのに構えすぎる必要はないの」
王妃様の言葉に私は首を横に振る。
「わ、私はまだ家族というわけではありません。ルークだって他の人を好きになって、私以外の人と結婚するかもしれないですし……」
私の言葉を聞いた王妃様は急に嬉しそうな顔をする。
「そんな心配をするってことは、やっぱりルークのことが好きなの?」
私は自分の顔が真っ赤になっているのを自覚しながら答える。
「わ、私にはルークを好きになる資格がありません。ルークとは立場が違うし、ルークは最高の人だから私なんかよりいい女の子がいるだろうし。私なんかルークには相応しくありません」
そう答える私の頭に、王妃様は優しく手を乗せる。
「立場とか、相応しくないとか、そんなこと考えちゃダメ。人を好きになる気持ちって、そんなこと関係なくなるくらい、貴重で大事なものよ」
王妃様の優しい言葉に流されそうになったけど、私は首を横に振る。
「王妃様とルークのおかげで、今の私は最高に幸せです。その上、ルークと結ばれることを望むなんて、そんなに欲深いことを願ったら、きっとバチが当たります」
私の言葉に、王妃様は微笑む。
「そんなのでバチを当てるような神様なんて願い下げよ。グレンちゃんはこれまで苦しんできた。その分これからは幸せになる番。それに……」
そう言った王妃様は、少しだけ悲しそうな顔をして、いつもとは違う表情で呟く。
「バチが当たるなら私のほうが先だから」
一瞬だけ見せたその表情はすぐに消え、いつもの明るく優しい王妃様の顔に戻ると、私の両肩をポンと叩く王妃様。
「とにかく。姑になる私はグレンちゃんの味方だから。ルークの気持ち以外、私がどうにかする。だから、グレンちゃんはルークとの関係だけに集中して」
王妃様の力強い励ましに、私は安心すると共に、前から不思議に思っていたことを質問する。
「王妃様は、どうしてそこまで私を助けてくれるんですか?」
私に運命を感じてくれたというルークはともかく、王妃様が私に味方する理由が分からない。
自分の子どもが可愛いのなら、私みたいな身元不明の浮浪児ではなく、ちゃんとした家の子どもを選びたいはずだ。
私の質問に王妃様は真剣に答えてくれる。
「グレンちゃんが可愛くていい子だっていうのももちろんあるけど、なんとなく自分と重ねちゃってるからかしら」
王妃様の言葉に私は首を傾げる。
「王妃様が?」
王妃様は元々隣の国の聖女だったと聞いている。
浮浪児の私とは違って恵まれた生活を送ってきたのかと思っていたけど……。
「誰も味方がいない環境で、暗い将来しか見えない未来。でも、夫との出会いでそれが変わったわ。グレンちゃんにとってのルークみたいにね。私は夫と出会って最高に幸せになれた。グレンちゃんにもそうなってほしいと思ってるの」
私は少し考えてから答える。
「私はルークのことが好きです。でも、私にはルークと結ばれる資格がないのは本当なんです。私は数年前より昔の記憶がありません。そして、記憶がある数年間、王妃様とルークに出会うまで、盗みをしてお腹を満たしていました。人間を襲って怪我をさせ、その血を飲んだことも一度や二度じゃありません」
王妃様に幻滅され、城を追い出されることも覚悟で、私は事実を告げた。
それが、私のことをちゃんと考えてくれている王妃様への最低限の礼儀だ。
「そんな汚れた私が、ルークみたいな人と結ばれていいわけがありません」
今の生活を失い、ルークと離れ離れになってしまうことを思うと涙が溢れてくる。
そんな私を王妃様はそっと抱きしめてくれた。
「子どもが一人で生きていこうとするには仕方ないことだわ。悪いのは貴女ではなくて、貴女にそんな生き方をさせてしまった大人であり、世界よ。貴女は自分が幸せになることだけを考えてくれていいわ」
王妃様の胸の中で、私は泣くのを我慢できなかった。
王妃様がどんな経験をしてきたのかは分からないけど、王妃様が心の底から私のことを思ってくれているのだけは分かった。
私は王妃様からそっと離れる。
「ありがとうございます、王妃様。私、ルークに好きになってもらえるよう頑張ります」
私の言葉に満足そうな笑顔を見せる王妃様。
「グレンちゃんなら大丈夫。我が子ながら、ルークは見る目はあるわ。あの日、貴女を助けたのは間違いなく運命よ。その運命を大事にして」
王妃様の言葉に、私は力強く頷いた。
王妃様と別れて歩いていると、訓練帰りのルークと会った。
「どうしたの、グレン? 目が赤いけど……」
心配そうに私のことを見るルーク。
私を過酷な生活から救い出してくれた人。
私に初めて人を好きになる気持ちを教えてくれた人。
そしてきっと。
私の運命の人。
「ルークにしばらく会えてなくて、寂しくて泣いちゃった」
私の言葉を聞いたルークが顔を真っ赤に赤らめる。
「そ、そうなんだ。言ってくれればいつでも会いに行くのに」
私の自惚れじゃなければ、きっとルークも、私のことをよく想ってくれていると思う。
でも、それだけじゃダメだ。
たとえルークが今、私のことを好きだったとしても、ずっとそうだとは限らない。
本当に運命だと思ってもらえるくらい、私は頑張らなくちゃいけない。
だから、今は心の中だけで気持ちを伝える。
大好きだよ、ルーク。
口にはせずに、心の中でそう呟いたあと、私はルークに微笑みかける。
「ありがとう、ルーク。でも、今ルークの顔を見れたから、しばらく会えなくても頑張れる。でも、どうしても我慢できなくなったら、お言葉に甘えさせてもらうね」
私はそう言うと、ルークの手を握った。
鍛えられたマメだらけの手を愛おしく思いながら、私はルークの手を引く。
「お城のメイドさんから、街の美味しいお菓子のお店を教えてもらったの。ルークも今日は訓練終わりだよね? 久しぶりにお話ししよう!」
ルークは手を繋いだことに顔を赤くしながら頷く。
「もちろんいいよ」
今は仮の運命かもしれない。
でも、いつか本物の運命と呼べるまで、私は頑張りたい。
そして、どちらかが死ぬまでずっと一緒にいたい。
そう欲張りなことを思いながら、私は久しぶりにゆっくりと話をするルークに、何の話からしようか考えながら歩き始めた。
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