第74話 王の息子⑤

 無言のグレンに、僕は話しかける。


「少し話そうか」


 グレンは口を閉じたまま頷く。


 僕たちは、王城の上の方の、王都がよく見えるバルコニーへ向かい、二人で並んで外を眺める。


「街がよく見えるでしょ?」


 グレンは無言のまま頷く。


「前はこの景色が嫌いだったんだ。ここに来ると、これから僕が背負わなければならない責任の重さが見える気がしたから」


 グレンは顔を上げる。


「今は?」


 僕はグレンへ微笑みかける。


「嫌いじゃないよ。この街を。この街よりはるかに広い王国全体を。そんな全部を背負えるくらい立派な王になろうと思えるから」


 グレンは再び俯く。


「やっぱりルークはすごいね」


 僕はグレンの言葉に首を横に振る。


「ううん。そんなことない。僕がそう思えるようになったのは、最近のことだから」


 僕はそう言ってグレンの両肩を持つ。

 驚いたグレンが顔を上げて僕の目を見る。


 綺麗な紅い瞳。

 その瞳を見ながら答える。


「グレンのおかげでそう思えるようになった。グレンのおかげで僕は立派な王になろうと決意できた。グレンが僕を変えてくれたんだ」


 僕は言葉を続ける。


「だから僕もグレンにとってのそんな人になりたい。僕のせいで、グレンの未来を閉ざしたくない」


 グレンが僕の目をじっと見つめる。


「グレンには魔力がたくさんある。その才能を伸ばした方が、将来いろんな選択肢を持てる。僕と一緒に僕と同じ勉強と鍛錬をしても、その才能は伸ばせない」


 グレンは首を横に振る。


「他の選択肢なんていらない。私はルークと一緒にいられたらそれでいい」


 僕はグレンに笑いかける。


「ありがとう。すごく嬉しいよ。でもグレンは他のことを知らない。僕のせいでグレンの可能性を潰すのは嫌だ」


 僕は顔を引き締めてグレンにお願いする。


「魔力の使い方も鍛えてみて。その上で、それでも僕と一緒にいたいと言ってくれるなら、その時はお願いするよ」


 僕の言葉に、少しだけ考えた後、グレンは頷く。


「魔力の使い方は鍛える。その方がルークの役に立てそうなのは間違い無いだろうから。でも、私の未来は決まってる。ルークが王になって、私がそれを支える。それ以外にないから」


 僕も本音を言えば、その未来を望んでる。


 でも、グレンにはちゃんと自分で未来を選んで欲しい。

 それしかなかったからではなく、他の選択肢も考えた上で、僕を選んで欲しい。


 グレンが他の選択肢を選ぶ可能性はもちろんある。

 僕なんかよりカッコいい男の子をグレンが選ぶこともあるかもしれない。


 それでも、僕にとってグレンは大事な人だから。


 自分の選んだ未来を進んで欲しい。


 そう願って、常にグレンと一緒にいる生活を手放した。






「参りました」


 それから半年後、僕の剣の腕は確実に上達していた。


 もともと剣技は苦手だった。

 でも、先生の指導のおかげで、魔力なしの戦いでは、同年代の相手にはほとんど負けなくなった。


「お見事です」


 剣の先生が僕にそう言った。


 グレンと出会う前の僕なら、その言葉で喜び、満足していただろう。


 でも、今の僕は違う。


「何も見事ではありません。魔力ありの戦いなら僕は勝てないから。魔力なしで、魔力ありの相手と戦えなきゃダメなんだ」


 僕の言葉に、少しだけ驚いた顔をした後、先生は微笑む。


「この半年の間での上達ぶりは相当なものです。国王様や四神のような方相手では厳しいですが、一般の兵相手なら魔力なしでも戦う術はあります。この調子で鍛えていきましょう」


 先生の言葉に僕は希望を抱き、大きく頷く。


「ルーク!」


 僕の名前を呼ぶ言葉に、後ろを振り返ると、そこには僕に向かって手を振るグレンの姿があった。


「ルーク強い!」


 グレンの言葉に、僕は首を横に振る。


「まだまだだよ。魔力なしの僕は、魔力を持った相手には勝てない。せめて自分の身くらいは守れるようにならなくちゃ」


 僕の言葉に対し、グレンはにっこりと微笑む。


「それでもカッコよかった」


 グレンの言葉に、僕は素直に嬉しくなる。


「それに。ルークのことは私が守る。私が誰よりも強くなって、絶対に守る。だから大丈夫だよ」


 グレンの言葉に、僕は微笑む。


「ありがとう、グレン。でも、僕もグレンの背中を守れるくらいには強くなりたいな」


 僕の言葉にグレンも微笑む。


「ルークならもっと強くなれる。私を救ってくれた運命の人だから」


 そんな僕たちを見ていた先生が、オホンと咳払いをする。


「お二人が仲がよろしいのはよく分かりましたが、他の方々の訓練に差し支えが出ますので……」


 先生の言葉に、ふと我に返り、辺りを見回すと、先生のもとで訓練しているみんなが、訓練の手を止めて僕たち二人を見ていた。


「俺にもグレンちゃんみたいな可愛い婚約者がいたら、もっと頑張れるのに」

「私にもルーク様のようなカッコよくて努力家の王子様現れないかな……」


 口々に呟くみんなの声を聞いて、僕とグレンは揃って顔が赤くなる。


「グレンさんは今日の訓練は終わりですか?」


 先生の言葉にグレンは頷く。


「はい。魔神様から、今日は予定があるから終わりで良いと」


 その言葉を聞いた先生が僕の方を向く。


「ルーク様も今日は終わりで大丈夫です。久しぶりにお二人の時間をゆっくり楽しんでください」


 気を利かせてくれた先生に、僕とグレンは揃って頭を下げた。






 訓練を終わってみんなのところから離れた僕の腕に、グランが抱きつく。


「ちょ、ちょっと、どうしたの?」


 慌ててそう言う僕を、グレンが上目遣いに見る。


「久々にルークとゆっくりできるから、少しでもたくさんルークを感じたくて」


 最近はグレンも僕も訓練と勉強ばかりで、二人でゆっくり過ごす時間が取れてなかった。


 魔力のない僕とは違い、グレンの潜在魔力は豊富だった。

 グレンの才能に気付いたお父様が、魔神に命じて魔神自らグレンを鍛えてくれている。


 魔神の訓練は厳しく、日中は会う時間がほとんどないし、夜はグレンも僕も疲れ果てていて、なかなか二人の時間が過ごせていない。


「それに……」


 グレンはそう言うと、少し下を向く。


「ルーク、頑張り屋さんでカッコいいし、私なんかよりもっといい女の子がいっぱい寄ってきてくるだろうし」


 グレンの言葉に、僕は首を横に振る。


「グレンよりいい女の子なんて世界中探してもいないよ」


 僕の言葉に、グレンが目を見開く。


「ルーク、それって……」


 ほぼ告白に近いことを言ってしまったことに気付き、僕は慌てる。


「そ、そういえば、この間魔神がお父様に、グレンはすごいって報告してたよ。この調子ならグレンが大人になる頃には自分を抜くかもって」


 僕の言葉にグレンは不満そうな顔をした。


「ルーク、すぐに話を逸らす……」


 でも、すぐに笑顔になる。


「でも、魔神様がそう言ってくれるのは嬉しい。早く強くなってルークを守れるようになりたいから」


 僕は両手をグレンの肩に置き、グレンの目を真っ直ぐに見た。


「グレンの気持ちは嬉しいけど、無理はしなくていいからね。強くなくなんかなくても、グレンはそばにいてくれるだけで十分僕の支えになるから」


 グレンも僕の目を見返す。


「ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。でも、私は無理してでも強くなる。何かあった時、ルークを守れない自分が嫌だから」


 グレンの決意を聞いて僕は頷く。


「それじゃあ僕も、そんなグレンに守ってもらうのに値する立派な王にならなくちゃだね」


 本心では無理してほしくないけど、グレンの思いに水を刺すのは違うと思い、僕はそう言った。


「……キスしないの?」


 突然背後からお母様の声がする。


 慌ててグレンの肩から手を離して振り返ると、柱の影からこちらを覗くお母様がいた。


「す、するわけないし!」


 大きな声で否定する僕の声が、お城に響き渡った。

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