第72話 王の息子③

「で、その子はなんなのだ?」


 城へ着いた僕たちは、戻るなりお父様から王の間へ呼ばれ、そう質問を受けた。


「ルークの運命の相手よ」


 お母様が得意げに答え、お父様が頭を抱える。


「仮想敵国の聖女を妻にした私も、結婚相手に関しては何も言えないが、どこの誰とも知らない少女を次の王妃にするわけにはいかない」


 お父様が言うことはよく分かる。


「確かに運命だとは言ったけど、王妃にすると決めたわけじゃ…」


 そんな僕に対し、お父様とお母様がそれぞれ別のことを言う。


「それならこの子はなんだと言うのだ?」

「運命だとか言いながら、責任は取らないつもりなの?」


 二人に対する答えを僕が話そうとすると、少女が僕の前に立ってお父様たちの方を向き、両手を広げる。


「ルーク、ワタシタスケテクレタ。コンド、ワタシマモル」


 それを見て、僕は愚かな自分にまたしても気付かされた。

 この子は僕を責めるお父様とお母様から、僕を守ってくれようとしたのだろう。

 この子はこんなに態度に示してくれてるのに、僕はこのままじゃ何も変わらない。


 少女の姿を見たお父様は、深く考えるようなそぶりを見せ、お母様は目を輝かせる。


「人一人に対して責任を持つというのは重い。勉強からも鍛錬からも、そして王の座からも逃げようとするルークに、その責任が持てるのか?」


 お父様の問いに僕は答える。


「確かにこれまでの僕は、責任から逃げてきた。でも僕は、今日から勉強も鍛錬もしっかりやって、お父様のような立派な王になる。そのためにも、まずは目の前の女の子を守れるようになる」


 僕の答えを聞いたお父様は頷き、お母様は涙を流して何度も頷きながら拍手する。


「目付きが変わったな。何があった?」


 僕は自信を持って答える。


「この子に出会ったから。お母様が言ったでしょ、この子は運命の子だって。なぜだか分からないけど、この子の前では、僕は変わらなきゃって思っちゃうんだ」


 お父様は少女の方をじっと見る。


「親がいない金髪赤眼の魔族か。そして、未来の王に、立派な王となることを決意させた。まるでこの国を建国した勇者様の、最も信頼する片腕、グレン様みたいだな」


 グレン様の話は僕も聞いたことがあった。


 二千年前この国を建国した勇者様が、魔王を倒し、邪神を封印する決意をさせ、最も信頼したとされる人物。

 名前から伝説のグレン様は男だろうが、あまりにもグレン様のことを想う逸話が多過ぎて、勇者様は男も恋愛の対象じゃないかという話があるくらい、勇者様にとって大事な人物。


 この少女が僕にとってのグレン様なのだろうか。

 勇者様にとってのグレン様のように、僕にとっての運命の人。


 運命なんて、本当は正直よく分からないけど、よく分からない自分の行動と感情を表すのに、それ以上の言葉はなかった。


 どう考えてもあの時の僕の行動はおかしかった。


 お父様との約束を破って、見ず知らずの女の子を助けるなんて、普段の僕ならやらない。

 でも、この子が僕にとっての運命の人で、運命が僕にそう命じたなら分かる。


 お父様が僕の方を見る。


「ルークの覚悟は分かった。この子が城で暮らすことを許そう。そうなるとこの子の名前を決めなければならない」


 キラキラ光る大きな紅眼が特徴の女の子。


 この子に合う名前は何だろうかと考えていた矢先、女の子が口を開く。


「グレン」


 女の子の言葉に思わず聞き返す。


「えっ?」


 女の子はもう一度口を開く。


「グレン、ガイイ」


 はっきりとそう言った女の子に僕は優しく話しかける。


「あのね。その名前は男の名前だから、もっと女らしい名前の方が……」


 女の子は首を横に振る。


「グレン、ガイイ。ルーク、ワタシタスケテクレタ。コワイオトコカラ、マモッテクレタ。ユウシャ、ユウキアルモノ。ルークハ、ユウシャ。ワタシ、ユウシャノカタウデニナル」


 それを聞いたお父様とお母様が優しい笑みを浮かべる。


「可愛い女の子には、少し勇まし過ぎるけど、勇者ルークの片腕になるんだったらいい名前かもね」


 お父様も大きく頷く。


「ああ。隣国の帝国では、戦士になる女性にあえて男性名をつけることもあるらしいからな」


 僕としてはもっと可愛い名前をつけて欲しかったけど、お父様とお母様が認めて、何より本人が望んだ名前なら僕から言うことはない。


 僕はグレンに右手を差し出す。


「これからよろしくね、グレン」


 グレンは差し出された僕の手をとり、握り返し……はせずに、口を付けるとペロリと舐めた。


「な、な、何するんだよ、グレン!」


 驚く僕に、キョトンとした表情のグレン。


 それを見てニヤニヤが増すお母様。


「右手に口付けは婚約の証かしら?」


 慌てて否定する僕。


「グ、グレンはそんな儀式のこと知らないよ!」


 当のグレンは首を傾げる。


「コンヤク?」


 グレンの疑問に、お母様がにこりとして答える。


「ずっと一緒にいましょうって約束のことよ」


 グレンはその言葉に、目をきらりとさせて答える。


「ズットイッショ! コンヤクスル!」


 グレンの言葉に焦る僕。


 それを見てニヤニヤするお母様と、クスッと笑うお父様。


「わ、笑い事じゃないよ!」


 声をあげる僕に、お母様は尋ねる。


「それじゃあ嫌なの?」


 お母様の言葉に答えようとする僕。

 それをじっと見つめるグレン。


「い、嫌ではないよ」


 その言葉を聞いてにやぁっと笑うお母様。


「でも、婚約はちゃんとお互いを知ってからじゃないと」


 僕の答えにつまらなそうな顔をするお母様。


「まあ、ルークをいじるのはその辺にしなさい。婚約するかは置いといて、ルークがその子に対して責任持つのは分かった。とはいえ、ルークもまだ子どもだ。グレンの生活と教育については、私も手配しよう」


 お父様の助け船にほっとしつつ、グレンの方を向く。


「言ってること全部は分からないかもだけど、これから君は、僕たちと一緒に、お城で暮らすことになる。君のことは僕が責任持って守るから、安心してね」


 僕の言葉に、グレンはにっこり笑いながら頷く。


 その眩しい笑顔に何だか胸が締め付けられたような変な感覚になる。


 その変な感覚が何かは分からないけど、僕は改めてグレンを守り抜こうと、心の中で誓った。

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