第68話 グレン

 敵が罠を仕掛けてくることは分かっていた。


 敵には未来を予知する能力者がいるからだ。


 だが、その能力は万能ではない。


 見通せる未来の時間は限定的で、結果を最後まで見ることはできない。


 だから、一度罠にかかったふりをすればいい。


 怪我をしてもこちらには『医師』がいる。


 あえて絶望的な怪我を負い、その上で俺の力を使えば、『医師』の能力で怪我は治る。


 そして、俺が本来の力を使えば、今回の拠点にいる奴らなら、一人で倒せる。


 問題は、本来の力を使わなければならない点だ。


 だがそれも、『医師』一人だけならどうとでもなる。






「グレンさん、貴女は……」


 俺は『医師』の言葉を無視して、『旅行者』の方を向く。


「この通り、俺にはお前の敵を倒す力がある。俺たちの仲間に加われ。仲間になれば、お前に危害は加えないし、お前の敵を一緒に滅ぼしてやる。その代わり仲間にならないのなら、地の果てまで追いかけてでもお前を殺す」


 俺の言葉に、『旅行者』が口を開く。


「……私のことを信用できるんですか?」


 そう尋ねる『旅行者』に俺は答える。


「俺はともかく、仲間の中には信用できない奴もいるだろう。だから、お前とは奴隷契約の魔法で契約を結ぶ。それが嫌なら、残念ながらお前は俺の敵だ」


 俺の言葉に、『旅行者』が微笑む。


「優しいんですね、貴女は」


 『旅行者』の言葉に、俺はムッとする。


「……何がだ?」


 睨みつける俺に恐れることなく『旅行者』が答える。


「脅されて仕方なく仲間になることで、これまでの仲間を裏切る私の気持ちに配慮してくれている」


 俺は否定する。


「違う!」


 そんな俺の言葉には答えず、『旅行者』は言葉を続ける。


「私が貴女たちでも、私のことは信用できません。奴隷契約を受けましょう」


 俺は気持ちを落ち着け、牙で指を切り、『旅行者』の額へ血で奴隷紋を描く。


「これでお前は俺の奴隷だ」


 俺の言葉に、『旅行者』が頷く。


 その一連の儀式を黙って見守っていた『医師』が俺の前に立ち塞がる。


 普段弱気な『医師』の動作。


 でも俺は、なぜ『医師』がこのような行動をとるのかよく分かっていた。


「俺は亡き王太子の婚約者グレンだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 それでも食い下がる『医師』。


「でもグレンさんは……」


 そんな『医師』と『旅行者』に対して、俺はそっと呟く。


「命令する。さっき見たことは忘れろ。俺の本当の力もだ」


 この場に『医師』だけを連れてきたのには訳がある。


 罠にかかった演出に使うだけではない。


 奴隷契約の魔法で記憶を消せるからだ。


 仲間たちにも隠さなければならない。

 俺の本当の力は。


 そうでなければ俺は……。

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