第67話 親睦

 突然の私の提案に、サーシャさんだけでなく全員が首を傾げる。


「私の村では、仲を深めるために裸の付き合いで、一緒に風呂に入ることがあった。幸い、私たちは全員女だ。これから共に戦う者同士、腹を割って話したい」


 私の言葉を聞いたグレンが呆れた顔をする。


「敵地のすぐそばで無防備に裸を晒すバカがどこにいる?」


 その言葉に私が返すより先に、『旅行者』が口を開く。


「私が元いた世界でも、その鬼の少女が言うような考え方はあったわ。場所なら私が連れて行けるから大丈夫よ」


 意外な味方の援護で、私の意見が、突飛なものから検討に値するものに変わる。


「この人数が入れる風呂など、神国の奴らに占領された王都の城くらいしかない」


 グレンの否定的な言葉に、フローラが口を開く。


「水なら妾が魔法で用意できる」


 そう言って私に片目をつぶって笑って見せるフローラ。


「我の炎で水を湯に変えてやろう」


 カンナがそう言って胸を張る。


「にゃーの家の近くにちょうどいい岩場があるにゃ。そこに湯を張ればいいにゃ」


 リコまでもが援護してくれた。


 みんなが協力してくれる中、グレンは渋い顔をする。


「勝手にしろ。俺は入らない」


 そんなグレンに梅ちゃんが口を開く。


「リラックスした状態で親睦を深めることは医学的にも効果があります。また、裸で話をすることで、自分を曝け出すという心理学的にも意味を持つことで……ひっ!」


 話の途中で悪魔のような目で自分のことを睨んでいるグレンに気付き、小さな悲鳴を上げる梅ちゃん。


「とにかく俺は入らない」


 頑なに拒むグレンの両腕をカンナとリコがそれぞれ片腕ずつ掴む。


「移動だ!」


 カンナの言葉に、『旅行者』が頷く。


 すると、空間がひび割れ、そこに飲み込まれるような感覚を覚え、一緒視界が真っ暗になった後、私たちは見知らぬ土地に立っていた。


「私は一度訪問したことのあるところにしか飛べないわ。そこの猫の獣人の方の家の近くではないけれど、人里離れた岩場だから、ここでいいかしら?」


 そう尋ねる『旅行者』に、リコが毛を逆立てて怒る。


「にゃーは、猫じゃなくて白虎の獣人にゃ! 二千年前の勇者様に仕えた偉大な種族の末裔にゃ!」


 そんなリコに『旅行者』が軽く頭を下げる。


「ごめんなさい。私、そこの紅眼の魔族さんと、鬼神の娘さん。……それと綺麗な剣士さん。その三人以外の方はほとんど知らないので」


 そう言って俯く『旅行者』の肩をポンと叩く。


「風呂に入りながら自己紹介でもしよう。これから共に戦うのに、お互いのことを知らなくてはどうしようもないからな」


 私の提案に、グレン以外がうんうんと頷く。


「俺のことは分かってるなら、俺はいらないだろう? さっさとこの手を離せ」


 私は首を横に振る。


「親睦は全員ですることが必要だ。グレンにだって、私たちについて知らないこともあるだろう」


 私はフローラの方を向く。


「フローラ、全員が入れるくらいの大きさの湯船を作れるか?」


 フローラは頷く。


「私がカットするから、花が切り出された岩をどかしてくれる?」


 私は頷く。


「もちろんだ」


 フローラは私が頷くのを確認し、右手を岩に向ける。


『ニンリル』


 フローラは真空の刃を巧みに使い、岩に切れ目を入れた。


 自然現象では、風が岩を四角に切り出すなんて、絶対に起こり得ないから魔法というのは本当にすごい。


 私は魔法が使えない分、力で役に立たなければならなかった。


「ふんっ!」


 フローラが切り出してくれた岩の切れ目に、魔力を込めた金棒を突き刺す。


ーードゴッーー


 今度はそれを梃子のように動かし、岩を浮かせた。

 浮いた岩の片腕を突っ込み、もう片方の腕で挟んで、その岩を持ち上げる。


「ふんっ!」


 かなりの重量の岩だったが、私は頑張って投げ飛ばした。


「我も力には自信があるが、人の身でこれほどの岩を動かせるとは、鬼というのは龍にも匹敵する力を持っておるのだな」


 うんうんと頷くカンナを横目に、フローラが右手を前に出す。


「さすがは花ね。私ももう一仕事やらなきゃ」


 フローラはそう言うと、大きな窪みのできた岩に、もう一度右手を向けた。


『エンキ』


 水気など感じられなかった岩場の中にあっという間に水がたまる。


「フローラの方こそすごいよ!」


 私の言葉に、嬉しそうな様子のフローラ。


「それでは我も力を示さなければならぬな」


 カンナがそう言うと、息を大きく吸い込む。


ーーゴオォッッ!!ーー


 恐ろしい勢いで炎が出て……水が爆発した。


「危ない!」


 梅ちゃんの叫び声に合わせ、魔法が使える仲間たちが、魔法障壁を張る。


ーーボンッ!!ーー


 爆音がしてしばらく爆風が吹き荒れた後、水蒸気の消えた後には一滴の水も残っていなかった。


「水をそんな急激に高温で加熱したら水蒸気爆発を起こすに決まってるじゃないですか! 水は蒸発したら体積が千七百倍になるんですよ!」


 梅ちゃんが言ってることはよく分からなかったが、カンナに任せてはいけないことだけは分かった。


 水がなくなり巨大な窪地となった穴を見たリコがため息をつく。


「カンナは力の加減がで下手くそだにゃ。多分何度やってもこうなるにゃ」


 それを聞いた一同の目がカンナに集まるが、カンナはそっぽを向く。


 お風呂で親睦作戦が失敗に終わるかと思った時、グレンが口を開いた。


「不本意だが協力してやる。仲間の連携を深めると言う考え方自体は悪くないからな。ただ、俺は絶対に入らない」


 一同が頷く。

 内心で同じことを考えながら。


 先程と同じ段取りで湯船となる穴を作った私たち。


『エンキ』


 フローラの再度の魔法で、岩場に再び水がたまる。


ーーゴオッーー


 その水に、グレンが右手を向け、カンナより数段弱い炎を放つ。


 水が少しずつお湯に変わり、湯気が立っていくのが分かった。


 熱に強い私が右手を湯船に突っ込み、その後金棒で湯を混ぜながら温度を測る。


「そろそろいいぞ」


 いい湯加減になったところで、私はみんなへ声をかけた。


 とりあえず私は身につけた服を脱ぎ、畳んで横に置いた後、掛け湯をして湯船に浸かる。


「はぁ……なんで気持ちいいんだ……」


 それを見たフローラが、同じ女性の私から見ても美しい裸体を晒す。

 白い肌に細くくびれた腹部。

 その上には豊満で整った形の乳房。


 女同士でもなんだか変な気分になってくる。


「ち、ちょっと、花! ジロジロ見ないでよ!」


 私の視線に気付いたフローラが隠れるように、慌てて湯船に浸かる。


 続いて梅ちゃんも、ゆったりとした服で見えなかった大きな胸を手で隠しながら服を脱ぎ、風呂へ入る。


「重そうだな。支えてやろうか?」


 私の言葉に赤面する梅ちゃん。


「は、花さん、セクハラです! そんなこと言うなら私も花さんのその腹筋触っちゃいますよ!」


 梅ちゃんの言葉を聞いたフローラがずっと私の前に出てくる。


「花の腹筋は妾のものじゃ」


 そんな私たちを気にかけることもなく、サーシャさんも無駄な贅肉のない肉体を隠すこともなく晒しながら風呂に入る。


 そんなサーシャさんを気にしながら、『旅行者』も服を脱ぎ、後に続いた。


「グレンも早く入れ」


 そう言ってグレンの方を向くと、なぜか顔を真っ赤にしながら俯いていた。


「もしかして、照れてるのか? 同じ女同士、気にすることもないだろ?」


 それでも目を背けるグレン。


「カンナ。リコ。脱がせてくれ」


 私の言葉に、グレンの脇に立っていたカンナとリコが、グレンの服を無理やり脱がせる。


「待て、やめろ」


 そんなグレンの抵抗虚しく、少し胸の膨らみ始めた、思春期の少女のような体を晒すグレン。

 グレンはそんな体を両手で隠しながら、恥ずかしそうに風呂へ入った。


 それに続き、カンナとリコも服を脱ぎ捨てると湯船に飛び込む。


 風呂は静かに入るものだと言いたくなったが、せっかくの親睦の場なので、我慢した。


 私は一人俯くグレンの横へ行き、腕を肩に回す。


 赤かったグレンの顔が更に赤くなる。


「や、やめろ」


 いつもの偉そうな姿はなく、見た目の年齢相応に恥じらう少女の姿がそこにはあった。


「お城でお姫様のような生活を送っていたら、他人と風呂に入ることもないのか?」


 私の言葉に、グレンは私を直視せずに答える。


「そ、そうだ」


 私はグレンの体を抱き寄せて耳打ちする。


「よかったな、いい経験ができて」


 そんな私の声を聞いたグレンが、バシャりと私の顔へお湯をかける。


 グレンの普段見れない一面を見れて満足しそうになったが、私は一番の目的であるサーシャさんと『旅行者』の方を向く。


「おい」


 私の言葉に、『旅行者』がこちらを向く。


「お前、名前はなんて言うんだ?」


 私の質問に『旅行者』が答える。


「のぞみ。元の世界にあったすごく速い乗り物と同じ名前よ。旅がしたかった私にとっては、好きな名前」


 のぞみの言葉に私は頷く。


「いい名だ」


 私は心の底からそう思う。


「そんなのぞみに確認だ。のぞみは、私のお父様を覚えているか?」


 私は、自分の感情を抑えつつ質問した。


 私の言葉に俯くのぞみ。


「……覚えてるわ。とても立派な方だった。サーシャさんの恋人も、龍神と獣神の最期も覚えてる。みんな、私の力で連れてきた人間によって殺された。そして、私は私の力で、仇を討とうする人たちから、その人間たちを逃した。私は、自分が許されないことをしたのは分かってるつもり」


 私はそう言って涙を流すのぞみを見る。


「私はのぞみを恨んではいない。私たちを罠に嵌めた金髪の男と、他の男たちは皆殺しにするが、のぞみをどうこうしようとは思っていない」


 私の言葉にのぞみが泣きながら尋ねてくる。


「どうして? 私がいなければ。私があいつらの言うことを聞かなければ。貴女のお父さんは死ななかったかもしれないのよ。仇を打てたかもしれないのよ」


 私はのぞみに微笑みかける。


「私を馬鹿にするな。お前の目を見れば分かる。お前は虐げられた者だ。あいつらに逆らえない立場なんだろ? 自分の身を守るために従わなければならなかった。そうだろ? そんなやつが、勇気を振り絞って私たちの仲間になってくれた。私はのぞみに敬意を表するし、一緒に戦いたいと思う」


 私はカンナとリコの方を向く。


「私は二人のことをよく知らないし、龍神と獣神のことは余計知らない。ただ、きっと。鬼神であるお父様に負けないくらい立派な方々だったんだろうとは思う。誰よりも尊敬するお父様の娘である私は、この勇敢な人間と共に戦おうと思う。きっとお父様もそれを認めてくださる。二人はどうだ?」


 私の問いにカンナが答える。


「偉大な父、龍神の娘である我も同じだ」


 リコも続く。


「にゃーも同じだにゃ。父もそうしろと言うに決まってるにゃ」


 私は頷き、最後にサーシャさんの方を向く。


 サーシャさんの過去を私は知らない。


 のぞみの言葉と、先ほどの激昂した姿から察するに、大事な恋人を神国の人間たちに殺されたのだろう。


 しばらく黙った後、サーシャさんは口を動かす。


 ゆ、る、す。


 サーシャさんの口は確かにそう動いた。


 それだけ言うとサーシャさんはくるりと背中を向けて、肩までお湯に浸かった。


 その背中に頭を下げるのぞみ。


 新たな仲間も加わり、蟠りも解けた。

 これならこの仲間たちと、欲深き人間たちを倒せる。


 そう思っていた。






 ……この時までは。

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