第66話 提案
壁の中に閉じ込められた私たち五人。
フローラの魔法も。
カンナの炎も。
リコの斬撃も。
サーシャさんの刺突も。
私の打撃も。
あらゆる攻撃手段が通じない魔法の壁。
陽動のはずの私たちがここに閉じ込められているということは、少数で潜入したグレンたちが窮地に立たされているということだ。
グレンのことはよく知らない。
それなりに戦えるだろうということと、どこまで読めているのか分からない先を見通す力。
そして、サーシャさんはともかく、人の言うことを全く聞かなそうなカンナとリコを従えている統率者としての力。
グレン自身に思い入れがあるわけじゃない。
でも、グレンがいなければこの集団は成り立たない。
フローラのおかげで、私の力は飛躍的に強くなった。
まともに戦って負けることはそうないだろう。
でも、それだけではお父様の仇を討てないことは、グレンと過ごしたこの短い間だけでも十分に分かった。
私一人ではフローラの国もフローラも助けられなかっただろうし、梅ちゃんやカンナにリコといった仲間もいなかった。
私にはグレンが必要だった。
目の前にある強力な壁。
二千年前の伝説の魔王でも壊せなかったという壁。
魔王どころか、未だお父様より弱いであろう私では遠く及ばないのかもしれない。
それでも、私は諦めない。
お父様が最後、私を助けに来た時の力。
私にもあの力を出せれば、どうにかなるかもしれない。
大事なものを守るため、死力を尽くしたあの力を。
私は目を閉じ、精神統一を図る。
紅葉を。
フローラを。
大事なものを守るために、自分の力を全て出そうと試みる。
体の中から力が湧き出てくるのを感じた。
その反面、この力を使えば何かを失ってしまいそうな気配も感じる。
何をを得るのに何かを失うのはこの世の常。
失うものが自分の中の何かなら、その犠牲は許容範囲内だ。
そう思いながら、さらに力を振り絞ろうとしたその時だった。
「おい。その力は今後のために取っておけ」
壁の向こうから聞き慣れた声がする。
私は力を振り絞るのをやめ、目を開けた。
そこにいたのは、最近仲間になった医師の少女と、お父様が殺された時に敵方で敵を逃した少女。
そして、紅い眼をした金髪の少女だった。
「グレンの作戦が敵に読まれていたせいで、閉じ込められてしまったからな。私に無理させたくなければもっとまともな作戦を立てろ」
私の言葉を聞いたグレンがふっと笑う。
「こうなることも作戦のうちだ。大賢者様の書にも書かれている。敵を欺くにはまず味方から、とな。こいつがここにいるのを見れば、作戦がうまく行ったかどうかは分かるだろ?」
グレンはそう言って、移動の特殊能力を持った少女の方を見る。
それを見て慌てたのは敵方の挑発の男だ。
「お前、なぜそいつと一緒にいる? 他の仲間は? 裏切ったのか?」
挑発の男の言葉を聞いた移動の特殊能力を持つ少女はふっと笑う。
「仲間? 私はお前たちを仲間などと思ったことは一度もない。お前たちが元の世界で私にした仕打ちを忘れたの? 私には力がないから仕方なく従っていただけ。お前たちを倒しうる力を持った人が現れた今、お前たちに従う理由はないわ」
少女の言葉に、挑発の男はわらわらと震える。
「ふざけるな、お前。またシャブ漬けにして犯されたいのか?」
その言葉を聞いた少女はため息をつく。
「やっぱり何も変わらないのね、お前たちは」
少女はグレンの方を向く。
「白い衣装の女がこの壁を作っているわ。女を攻撃すれば、自分を守るためにこの壁を一度消し、自分を守るための壁を作るはず。長髪の男は幻覚の能力者。警戒してれば幻覚は通じないから、この状況じゃ敵じゃない」
少女の言葉に、逆上する長髪の男。
「お前ぇ! 俺たちを本当に裏切ってただで済むと思うなよ!」
長髪の男の言葉に、笑う少女。
「その話ならさっき聞いた。しつこい男はもてないわ。元の世界でも、あいつらのおこぼれに預からなきゃ何もできなかったものね。どうせこっちでもあいつらのおこぼれに預かるか、女神もどきの女の力がなければ何もできないんでしょ? カッコつけて髪なんか伸ばしても、何も変わらないわ」
少女の言葉に、何も言えなくなる長髪の男。
「売女がぁっ!」
そう言って殴りかかろうとする長髪の男に右手を向けるグレン。
『紅蓮』
そんな男ごと、敵の五人を飲み込む勢いの炎に、白衣を纏った女が忌々しそうに呟く。
『聖域(サンクチュアリ)』
その瞬間、五人を覆うように光の壁が現れ、同時に私たちを閉じ込めていた光の壁が消える。
ーーゴオッーー
豪炎が光の壁を覆い隠し、しばらくして炎が消えるが、壁は無傷だった。
監禁から解放されたリコがグレンに声をかける。
「コイツらどうするにゃ?」
リコの問いにグレンが答える。
「この壁はどんな攻撃でも傷つけられない。能力者の魔力が尽きたら消えるが、壁の中にいる限り腹も空かず、魔力も尽きない。つまり、あいつが自分で壁を消さない限り永久に攻撃できないから放置だ」
その回答にカンナがグレンを睨みつける。
「我の目的は此奴らの殲滅である。それを果たせぬということか?」
その問いにグレンは首を横に振る。
「ここから出られないということは悪さもできないから、中に閉じこもっている間は放置だが、出てくれば殺す。監視をつけておき、出てきた瞬間、『旅行者』の力でここへ来て殺せばいい」
その言葉にカンナは頷く。
「殲滅できるのであれば我は言うことはない」
カンナがそう言った瞬間だった。
ーードンッーー
何かが爆発したような大きな音がした。
音がした方を見たがそこには地面に凹みがあるだけで何もない。
代わりに見えたのは、グレンの手を貫く、サーシャさんの剣だった。
「なっ……」
サーシャさんが裏切ったのかと思ったが、グレンの手の後ろにいる『旅行者』の姿を見て、そうではないことを悟る。
「サーシャ。お前の怒りは分かる。確かに間接的にコイツは、お前の仇を助けたかもしれないが、敵の殲滅にこれほど役に立つ能力はない。殺すより、生かして利用した方がいいと俺が判断した」
その言葉に対して、サーシャさんはグレンを睨みつけながら首を横に振る。
普段無表情なサーシャさんの、怒りと憎しみに満ちた姿に、私たちは何も声をかけれない。
「コイツらを全員殺したら、私はどうなっても構いません。信じてほしいとも許してほしいとも言いませんが、私にもコイツらに復讐させてもらえませんか?」
そう懇願する『旅行者』に対し、無言のサーシャさん。
ポタポタと落ちるグレンの手から滴る血の音だけがこだまする。
しばらくそんな時間が続いた後、サーシャさんはゆっくりと剣を引き、『旅行者』へ背中を向けた。
サーシャさんの過去を知らない私。
それでも彼女の背中から、彼女が過去を飲み込み、『旅行者』を受け入れる覚悟を示したのが分かった。
サーシャさんの本心は知れないが、一度受け入れた『旅行者』を、後ろから刺すような真似はしないだろう。
短い付き合いだが、サーシャさんがそんな人ではないのは分かっていた。
背を向けたサーシャさんに、『旅行者』が頭を下げる。
サーシャさん以上に、『旅行者』のことは知らない。
この『旅行者』は、お父様の仇を逃した。
私にとっても本来憎むべき相手だ。
でも、頭を下げる彼女のことを、私は憎めなかった。
「サーシャさん!」
私はサーシャさんを呼び止める。
私の言葉に、立ち止まって振り返るサーシャさん。
共に戦う以上、サーシャさんと『旅行者』には、仲良くとは言わないまでも、できるだけわだかまりない関係でいて欲しかった。
そう思って呼び止めはしたものの、次の言葉が浮かばない。
私はなんとか知恵を振り絞って考える。
「み、みんなでお風呂に入りましょう!」
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