第64話 金眼の魔族

 両腕が潰れたグレンさんに、私は両手を向け、私の持てる力の全てを注ぐ。


 私の力を持ってすれば、治せない怪我ではない。


 ただ、切断されたわけではなく、綺麗に骨が折れたわけでもないグレンさんの両腕。


 骨は粉々に砕け、皮膚と筋肉はズタズタだ。


 元の世界の医学でも治せないであろうその怪我を治すには、私の力をもってしてもかなりの時間が必要だった。


 けれども今は戦闘中。


 元クラスメイトたちが、そんな時間を与えてくれるはずはなかった。


 それでも私はできることをやるしかない。


 これまで私のせいで酷い目にあった人々への贖罪のため、私は全力を尽くすと決めた。

 たとえ間に合わなくても、私は私の最善を尽くす。


 元クラスメイトたちに決別を告げた時点で、私は死を覚悟した。


 死どころか、こちらの世界の人たちが受けたことを考えると、ただ死ぬより酷い目に遭わされるのは間違いないだろう。


 それでも私はグレンさんと共に戦うことを決めた。


 今更遅いけど。

 死んだ人も精神が壊れた人も元には戻せないけど。


 たとえ自分がどんな酷い目に遭おうとも、命の限りできることをやり続ける。


「俺がこいつらを皆殺しにしたら、俺の仲間になれ」


 そんな中、グレンさんが『旅行者』へ声をかける。


 考える様子の『旅行者』。


 もしグレンさんが負ければ、裏切り者となってしまう彼女が、死ぬより酷い目に遭うのは間違いない。


 そう簡単に寝返ることなどできるはずがない。

 だからこそ私が同行している。


 そのはずなのに、劣勢の今、声をかけるグレンさんの意図が分からない。


 私がそんなことを考えていると、『旅行者』の視線が私の方へ向いた。


 彼女の意図は分からない。


 ただ、彼女の発した言葉は私の想定外のものだった。


「もしそんなことができるなら仲間になるわ」


 彼女の言葉を聞いたグレンさんの目が、紅く輝く。


「その言葉が聞きたかった」


 結局、私が来た意味はなかったかもしれないが、求めていた言葉を得ることはできた。


 結果良ければ全てよし。

 私が役に立てたかどうかなんて、『旅行者』が仲間になってくれるのであればどうでもいい。


 ただ、『旅行者』を仲間にするためにはこの絶体絶命の状況をどうにかする必要がある。


 グレンさんは両手が潰れ戦闘は厳しい。

 仮に両手を治せたとしても、先ほどは万全な状態で歯が立たなかった。


 それでも私はグレンさんに賭ける。


 私が改めて覚悟を決めた時だった。


 突然、私の魔力が爆発的に増えた。

 体の中から魔力が溢れてくる感覚。

 魔力の量が何倍にも膨らんだように思える。


 何が起きたかは分からない。


 でも、私はその理由を考えるより、この魔力を活かし、グレンさんの両手を治すのに全力を注ぐことにした。


 かなりの時間を要すだろうと思ったグレンさんの両手の治療。


 ズタズタだった皮膚が、みるみるうちに綺麗になり、骨が砕けて芯を失った手が、形を取り戻す。


 それを見て慌てる元クラスメイトたち。


「な、何が起きた?」


 動揺する『破壊者』を横目に、何かに気付いた様子で私を睨む『猛獣使い』。


「お前、俺たちの仲間だった時、本当の力を隠していたな?」


 その言葉で一斉に私を向く元クラスメイトたち。


 私はその言葉に首を横に振る。


 私はこれまで、誰かを助けるのに手を抜いたことはない。

 医者は患者を選ばない。

 患者である以上、親の仇であろうと治す。


 私はそれをポリシーに、どんなに酷くて、どんなに嫌いなクラスメイトであろうと、全力で治してきた。


 ただ、もしかしたら私に潜在的な力があって、それが今目覚めたのだとしたら、これまで全力では無かったのは、結果的に事実なのかもしれない。


 そんなことを考えていると、両手が完全に治ったグレンさんが声を上げて笑い出す。


「クククッ。やはりお前たちはバカだな」


 元クラスメイトたちに対して、煽るようにそう言うグレンさん。


 グレンさんは金色の目で元クラスメイトたちを見渡す。


「味方を強化するのが自分たちだけに許された力だとでも思っているのか」


 グレンさんの言葉に、ハッとした様子の元クラスメイトたち。


「……お前がバフをかけたのか? だが、魔族が味方にバフをかけたなんて話聞いかとことないし、魔族は一系統の魔法しか使えないはず。お前は炎の魔法の使い手だから他の魔法が使えるはずは……」


 そう話しかけた『猛獣使い』は気付く。


 グレンさんの真紅の瞳が、その髪の色と同じ金色に輝いていることに。


「お前、目の色が……」


 その様子を見たグレンさんはニヤリと笑う。


「そして、強化はもちろん、自分にも適用できる」


 そう告げたグレンさん。


 いつもの燃えるような熱い魔力ではなく、神々しささえ感じる柔らかな魔力。


『聖女の祝福(セイントブレッシング)』


 グレンさんがそう呟くと、その魔力がさらに輝きを増す。


「なぜ魔族がその力を……」


 狼狽える『猛獣使い』を横目に、『破壊者』が前に出る。


「どれだけ強くても関係ない! 俺が触れればどんな相手だろうと破壊できる!」


 強い口調でそう告げる『破壊者』。


 でも……。


「……触れられたらな」


 気付くと、グレンさんは『破壊者』の耳元でそう囁いていた。


 ずっと見ていたのに、グレンさんが移動していたことに気付かなかった。


 まさに目にも止まらぬ速さ。


 そんなグレンさんに気付き、慌てて腕を振り回す『破壊者』。


 もちろんそんな攻撃はグレンさんには当たらない。


「どけ!」


 それを見た『猛獣使い』が『破壊者』に告げる。

 慌てて逃げる『破壊者』。


「こいつにバフを!」


 その言葉を聞いた『狩人』が叫ぶ。


「ま、魔族狩り!」


 その言葉が発せられた瞬間、『猛獣使い』の後ろにいた魔物の魔力が跳ね上がる。


「バフのかかったこいつは、上位のドラゴンですら敵わない。終わったな、お前」


 勝ち誇った顔でそう言う『猛獣使い』に冷ややかな目を向けるグレンさん。


「上位とは何階位だ?」


 首を傾げるグレンさん。


「一階位や二階位のドラゴンなら、今の俺でも簡単には倒せないぞ?」


 グレンさんがそう言った瞬間だった。


ーーブシャーッーー


 魔物の首が地面に落ち、頸動脈から噴き出した血が辺りを赤く染める。


「こいつはせいぜい四階位だろ」


 そう言って手を振って血を落とすグレンさん。

 目に見えない速さの手刀で魔物の首を落としたのだろう。


「次はどいつだ?」


 そう言って酷薄な笑みを浮かべるグレンさんは、絵画の女神より美しく、仲間であるにもかかわらず恐ろしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る