第63話 旅行者④
今回も同じだった。
神国に抵抗するこちらの世界の人々。
純粋な戦闘力なら私たちより強い人々。
巨大な龍神も。
獰猛な獣神も。
屈強な鬼神も。
最強の魔王も。
称号の力と卑怯な罠の前に、敗れていった。
今、目の前にいる紅眼の魔族もそうだ。
こちらの『占い師』の未来予知の前では、どんな作戦も丸裸も同然だった。
もちろん彼女の能力も万能ではない。
見える未来は断片的なもので、画像情報としてしか見えないという。
ただ、命に関わる危機については精度が高くなり、今回紅眼の魔族が奇襲をかけてくることも、紅眼の魔族が強力な炎の魔法を使い、肉弾戦でも強いことは事前に分かっていた。
彼女の能力はあくまで、何もしなければ未来に起こるであろう事象を見せるだけで、未来を捻じ曲げる力があるわけではない。
でも、元クラスメイトたちもまるっきりの馬鹿ではなかった。
起こる事象さえ分かっていれば、それに対する対抗策を考える。
これまでも、そうやって何度も危機を逃れてきた。
味方に『占い師』がいる限り、奇襲も暗殺も通用しない。
そして、奇襲や暗殺さえ防げれば他の称号の力でどうとでもなる。
たとえ劣勢でも『医師』の力でどんな怪我でも治し、それでも負けそうなら私の力で退避できた。
その後は、敵の弱点となる仲間を連れて行ったり、こちらから奇襲や暗殺を仕掛けたり、大事な人を人質にとって脅したり。
実力で劣っていても勝つ手段はいくらでもあった。
洗脳も誘惑も簡単にできる称号の力もあるので、やりたい放題だった。
目の前の紅眼の魔族は強い。
でも、炎は龍神より勢いがないし、身体能力も獣神よりは低い。
何より、魔王に比べたらだいぶ弱い。
このままでは負けるのは明らかだった。
私は、鬼畜の所業を繰り返す元クラスメイトたちに力を貸すのは嫌だ。
もし、この世界にこの元クラスメイトたちを倒せるだけの力を持つ人がいれば、そちらの味方になりたかった。
元の世界で私の人生を壊した奴らを皆殺しにしたかった。
でも、最強の魔王が倒れた今、こちらの世界にそんな人はいない。
いつも、わずかながらの期待を持って訪れるが、その期待は毎回裏切られた。
最近では鬼神と呼ばれる鬼が強かったが、その鬼も家族を人質に取られたら呆気なく死んだ。
どれだけ強くても、この世界の人たちは優しい。
それでは畜生以下の私のクラスメイトたちは倒せない。
だから今回も、私は確信していた。
目の前の紅眼の魔族が敗れることを。
そして、元クラスメイトたちの玩具となって無惨に殺されることを。
そうこうしているうちに、紅眼の魔族は両手を潰された。
手が使えなければ魔法も使えない。
結局この魔族も同じだ。
これまで敗れていったこの世界の人たちと。
どれだけ強くても、神のような存在から力を与えられた元クラスメイトたちには敵わない。
私をこの地獄から救い出してくれる人なんて現れない。
もちろん、元クラスメイトたちを倒せるだけの人が現れたとして、私を仲間にしてくれるかは分からなかった。
これまで散々、元クラスメイトたちがこの世界を街するのを手伝ってきた私にも、当然怨みはあるだろうから。
でも、もしそれでも私にチャンスがあるのなら、罪を償う機会が欲しかった。
我が身可愛さにこの世界に不幸を振り撒いた罪を。
ただ、今回もその願いは叶いそうになかった。
両手が使い物にならなくなった今、紅眼の魔族はもう満足に戦えない。
後ろに立つ『医師』にも、戦闘力はない。
そんな状況の中、最後の足掻きとばかりに、『医師』が右手を紅眼の魔族へ向ける。
彼女の称号の力は、その名の通り、強力な治癒能力だ。
でも、潰れた手を瞬時に治すほどの力はない。
紅眼の魔族の手が治る前に、この場にいる四人に蹂躙されるだろう。
美しい姿をしたこの魔族もまた、元クラスメイトたちの餌食にかかるのかと思うと、暗い気持ちになった。
欲望のままに凌辱され、飽きたら捨てられる。
いや。
深刻の転覆を図り、元クラスメイトの一人を殺したということだから、簡単には死なせてもらえないだろう。
もしかしたら、という期待がないわけではなかった。
一人とは言わず、このよく深い元クラスメイトたちを皆殺しにしてくれたら。
私をこの地獄から救い出してくれるかもしれない、と思ったのに。
殺された一人は油断したか、とびっきりの偶然が重なったのだろう。
紅眼の魔族は無理でも、同じ世界から来た『医師』だけでも救えないか。
私の思考はそんな考え方にシフトしていった。
彼女は、元の世界で積極的に私を害していたわけではない。
助けてもくれはしなかったが、私が逆の立場でも、私を助けたりはしない。
何もしてこなかったというだけでも、殺しても殺したりないほど憎い他のクラスメイトたちとは違う。
ここで恩を売っておけば、私が元クラスメイトたちとトラブルを起こしてしまった際に味方してくれるかもしれない。
そんなことを考えていた時だった。
「犯す。殺す。お前たちはそればっかりだ。ケダモノ以下の発想に吐き気がする。ただ、それも今日この時までだ。お前たちこそ、これから死を懇願する目にあうから覚悟をしておけ」
絶体絶命の状況なのになぜか強気な紅眼の魔族。
「この強気なメスを服従させながら犯すのが最高なんだよな。お前ら悪い。最初は俺がいただくわ」
下卑た笑いを浮かべながらそう告げる元クラスメイト。
「死ぬ前に最高の快楽を教えてやる。感謝しろ」
紅眼の魔族は、そんな元クラスメイトの言葉を無視する。
「……そこの女」
紅眼の魔族は、突然こちらを向いて言葉を発した。
一瞬、誰のことか分からなかったが、この場に紅眼の魔族以外の女性は『医師』と私しかいない。
そして紅眼の魔族の目は真っ直ぐに私を見ていた。
私は返事をする。
「……何? 命乞いなら私にしても無駄よ」
できることなら救ってあげたかった。
でも、私には戦闘特化の四人のクラスメイトを相手に戦う力はない。
紅眼の魔族と『医師』の二人を連れて逃げるという選択肢もあるにはある。
ただ、未来予知の力がある以上、逃げ続けるのは難しいだろう。
待ち伏せされる恐怖を抱えながら逃げるようなリスクは負えなかった。
私は何も変わらない。
大事なのは自分だけ。
自分が傷つかないためなら他人の犠牲は見過ごす。
それが私だ。
「俺がこいつらを皆殺しにしたら、俺の仲間になれ」
ほぼ戦闘不能状態の彼女の言葉。
確かにこの四人を一人で倒せるくらいの力があれば、命を預けるには値するかもしれない。
私だってこの地獄から抜け出したい。
でも、縋るなら蜘蛛の糸ではなくて、お釈迦様の手のひらくらいの安心感が欲しい。
もし彼女にそれだけの力があればいいが、目の前で傷付いている彼女に、そんな力があるとは思えなかった。
私はふと横を見る。
そこには、懸命に紅眼の魔族の両手を治そうとする『医師』の姿があった。
元の世界では私のことを助けてくれなかった彼女が、元クラスメイトたちを裏切ってまで全力を尽くしていた。
もし負けたら、死ぬより酷い目に遭うのは分かっているはずなのに。
心が弱かったはずの彼女が、全てを賭けるほどに、この紅眼の魔族には尽くす価値があるのだろうか。
私は、半分期待を込めて、半分彼女たちへの花向けのつもりで返事をする。
「もしそんなことができるなら仲間になるわ」
私の言葉を聞いた紅眼の魔族の目が、紅く輝く。
「その言葉が聞きたかった」
その時、絶対に勝てるはずのない彼女が、なぜか力強く見えた。
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