第61話 罠①

 『旅行者』を仲間にする、もしくは倒すべく訪れた神国の拠点。

 花さんたちを陽動にしたグレンさんと私の二人での潜入作戦。


 その作戦は潜入としては失敗に終わっていた。


「猿並みの知能しか持たない亜人の考えなんて、お見通しなんだよ」


 『破壊者』の称号を持つ元クラスメイトが、そう言ってニヤリと笑う。


「大人しく降伏するなら、殺さず俺のペットにしてやる」


 隣に立ってそう言ったのは『猛獣使い』の元クラスメイト。

 傍には元の世界の熊より三倍ほど大きな熊に似た魔物を従えている。


 拠点にいた一般兵や戦闘員以外は避難させられていた。


 誰もいない静まりかえった拠点。


 そこに突如現れたのは私たちの目的である『旅行者』と、彼女に連れられた、戦闘特化の称号持ち四人。


 明確な罠だった。


 




ーー時間を遡る。


 私も何度か来たことのある神国の拠点。


 王国を攻める際の重要な拠点で、常に数千人の兵士と、十人を超える転生者が滞在している。


 そんな拠点に『旅行者』がいるというのがグレンさんの情報だ。


 もともと神国側にいた私ですら、転生者の誰がどこにいるかの情報は知らなかった。

 全体を知っているのは一部の中心メンバーだけだったはずだ。


 それなのに、グレンさんは何故かその情報を持っている。


 私はグレンさんのことを何も知らない。


 知っているのは、滅びた王国の王太子の婚約者で、炎の魔法を使う強力な魔族だということだけだ。


 そんなグレンさんをじっと見ながら拠点に向かって歩いていると、急にグレンさんが私の方を向く。


「どうした、梅子?」


 グレンさんの言葉に私は頬をかきながら答える。


「い、いえ……。それより、名前で呼ぶのはやめていただけると……」


 私の言葉に、グレンさんは首を傾げる。


「俺にはなぜお前がその名を嫌がるのか分からない。梅というのは綺麗な花が咲くと花から聞いた。その実は酒にも保存食にもなり優れたものだとも。良い名前ではないか」


 グレンさんの言葉に、私は言葉を濁しながら答える。


「確かにそうなんですが、古臭いというか何というか……」


 そう答える私に、グレンさんはふっと笑う。


「古いと言ったら俺の名は二千年前のもの。偉大な王の片腕と言われる方の名前をいただいたものだ。さらに言えば男の名だしな。だが、大事なのはその名に込められた想いだ。次の王の立派な片腕となって欲しいという思いで付けられたこの名前を、俺は気に入っている」


 グレンさんの言葉を聞いた私は自分の名前の由来を思い出す。


「私の名前は、歴史上の偉人の名前から名付けられました。私はとてもそんな偉大な女性にはなれそうもありませんが……」


 俯く私の両肩をグレンさんが両手でポンと掴む。


「歴史上の偉人にはこれからなればいい。邪神の使いである神国の人間たちの手から、この世界を救う救世主になれば十分じゃないか?」

 

 グレンさんの言葉について私は考える。


 確かに、それを成し遂げたならば、この世界にとっての偉人になれるのは間違い無いだろう。

 それに、この世界では私の名前も古臭くはないのかもしれない。


 花さんも。

 花さんの亡くなったお母さんである桜さんも。

 会ったことはないが花さんの親友だという紅葉さんも。


 どれも素敵な名前だ。


 この世界でならば、私の名前も恥ずかしくはないのではないだろうか。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、拠点のかなり近くまでたどり着いたことにグレンさんが気付いたようだ。


「おしゃべりはここまでだ。そろそろ敵に備えるぞ」


 まだまだ話したいことはあったが、私はグレンさんの言葉に頷き、口を閉じた。


 この作戦に成功すれば、グレンさんと話す機会はいくらでもある。


 何度か訪れたことのあるこの拠点の警備は厳重だ。


 花さんたちが陽動で敵を引きつけてくれているとはいえ、ノーマークというわけにはいかないだろう。


 かなりの戦力が間違いなく残っているだろう。


 称号持ちが何人もいるかもしれない。


 それでも一人で十分だというグレンさんを信じるしかなかった。





 それなりに警戒されていると考えていた拠点は驚くほど静かだった。


 兵士どころか、人の気配すら感じない。


「罠だな」


 グレンさんが呟く。


「俺たちが来ることを予想されていたんだろう」


 冷静にそう語るグレンさんとは対照的に、私は慌てる。


「わ、罠なら大変じゃないですか! 私は全く戦えないので、こちらの戦力はグレンさんだけですよ」


 私の言葉に、グレンさんはため息をつく。


「お前たちには称号という力がある以上、こちらの作戦が漏れることは想定していた」


 グレンさんの言葉に、私は訳がか分からなくなる。


「それならどうしてですか? グレンさんがもし討たれでもしたら、こちらはもう勝てなくなるんじゃないですか?」


 私の問いにグレンさんはフッと笑う。


「俺が討たれたらそうだな」


 グレンさんがそう答えると、戦闘の素人の私でも分かる悪寒が私を襲った。


「お前が『紅眼の悪魔』だな?」


 突如目の前に現れる五人の人間。

 

ーーそして話は冒頭に戻る。






 五人の元クラスメイトを前に、グレンさんは口を開く。


「悪魔はお前たちだろ? 俺はお前たちが王国にしたことを絶対に許さない。降伏? 死んでもするわけがない」


 グレンさんの体から魔力が溢れる。


 近くにいる私が熱さを感じるほどの赤い熱を帯びた魔力。


「いいねぇ。俺は抵抗する女を犯す方が好きだから、お前みたいなのは大好物だ」


 『破壊者』の称号を持つ元クラスメイトがそう言って下卑た笑みを浮かべる。


 そんな元クラスメイトたちに対し、グレンさんは右手を向けた。


 『旅行者』を仲間にするのも忘れたかのように、グレンさんはさらに魔力を膨らませ、攻撃した。


『紅蓮(ぐれん)!』


 その言葉通りの紅蓮の炎が熱を振り撒き、元クラスメイト五人を襲った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る