第60話 強襲③

「……すごい数だな」


 岩の影から敵の拠点を見た私は呟く。


「全部を倒さないといけないわけじゃないのが救いね」


 フローラも頷く。


「何をビビってるにゃ。殺せるだけ殺せばいいにゃ」

「その通り。我の炎で焼き尽くしてくれよう」


 脳筋のリコとカンナの言葉は無視して、私はフローラと会話を続ける。


「闇雲に動いても数で囲まれて終わりだ。陽動の役目を果たしつつ、無事に帰らなければならない。まずはフローラとカンナの魔法で遠距離攻撃。混乱する敵の中から主力を見定め、私とサーシャさんとリコで攻める。フローラとカンナはそれを外から援護、といった感じでどうだろうか?」


 グレンから、戦い方は私たちに一任されていた。


 派手に暴れ、敵の主力を引きつけること。

 全員が無事に戻れるよう、無理しないこと。


 その二つだけが私たちへの指示だった。


「それで問題ないと思う。ただ、敵がどんな能力持っているのか分からない点は気を付けないと。グレンから今分かってる敵の能力は教えてもらってるけど、他にも色んな能力を使える奴がいると思うから」


 フローラの言葉に私は頷く。


「ビビりすぎたにゃ。どんな相手だろうとにゃーの爪と牙でズタボロだにゃ」

「万物の頂点たる我に敵うものなどおらぬ。恐れることなど何もない」


 脳筋二人の言葉は改めて無視し、私は敵を見渡す。


 ざっと見たところでは驚異となるような魔力の持ち主はいない。


 ただ、漏れ出る魔力は抑えられるし、敵の能力は魔力が低くても驚異だから、当てにはならない。


「とりあえずフローラとカンナはとびっきり強力な魔法を頼む。それでまずは敵の数を削れるだけ削る」


 私の言葉に、二人が頷く。


「任せて」

「任せるが良い」


 力強く答える二人。


 大丈夫。


 作戦に抜かりはない。


 仮に二人の攻撃が通じなかったとしても、すぐに撤退すればいい。


 これだけ離れていれば逃げ切れるだろうし、追撃があったとしても、フローラにサーシャさんまでいるこちらの戦力は強力だ。


 易々とやられるようなことはないだろう。


 邪神に授けられたという敵の能力は厄介ではあるが、万能ではない。

 無制限に使えるわけではないし、距離や相手の制約もある。


 距離を取り、戦力を揃え、万全を期せば過剰に恐れずともなんとかなる、とグレンからは教えられた。

 もちろん油断は許されず、想定外は存在するという念押しはあったが。


「先陣は我が切ろう」


 カンナはそう言うと、右手を空に向ける。


 その手の上に浮かぶ火の玉。


 その火の玉に魔力を注ぎ込むカンナ。


 それに伴い、火の玉はどんどん巨大なものになっていく。


 それなりに高いところに浮かんでいるが、熱が下まで伝わってくる。


「皆まで出番が回って来なかったら済まぬ」


 カンナはそう言って右手を神国の兵たちの方へ振り下ろす。


 かなりの速さで飛んでいく巨大な火の玉。


 当たればひとたまりもないであろうその火の玉は、兵たちのど真ん中に着弾する。


ーードッ、ガガガガガガッ!ーー


 巨大な爆発を起こした火の玉。


 大音響と土煙を巻き上げたその爆発により、かなり離れた場所にいる私たちにまで熱と衝撃波が伝わる。


 直撃を受ければ、今の私でも無傷ではいられないだろう強力な攻撃。


 龍神の娘というカンナの力は、私の想像を超えていた。


 一人で軍に匹敵する力を持つ彼女。

 味方であるのを頼もしく思えると同時に、鬼神の娘である私には、カンナほどの力がないことを悔しく思う。


 土煙が薄れていくのを眺める私たち。

 焼け焦げ、大きな窪みができた地面が見えてくる。


 そこには、なんの残骸もなかった。


「す、すごいな敵を全て跡形もなく消し去るとは……」


 素直に称賛の声を贈る私に対し、カンナが首を横に振る。


「我の力を持ってしても、一撃で万を超す人間を跡形もなく消すことは無理だ」


 攻撃した本人からの言葉に私は驚く。


「えっ?」


 ただ、実際に敵は消えていた。


 目の前に広がる光景に、人は一人もいないし、人だったものの残骸らしきものもない。


 まるで初めから何もなかったかのように、焼けた地面と大きな窪みがあるだけだ。


 それでは敵はどこに消えたのか?


『聖域(サンクチュアリ)!』


 突然声が響き渡り、私たち五人の周りを光の壁が覆う。


「何なのにゃ、この壁は?」


 リコが首を傾げる。


 そんなリコには目もくれず、サーシャさんがつかつかと光の壁に歩み寄る。


ーーガキンッーー


 目にも留まらぬ速さの突きで、光の壁を突くサーシャさん。


 ただ、恐ろしい鋭さのサーシャさんの突きでも、ヒビ一つ入らない光の壁。


 それを見たカンナが大きく息を吸い、炎を吐く。


ーーゴオッーー


 轟音と熱が光の壁の中へ轟くが、それでも壁はびくともしない。


『ニンリル!』


 フローラが右手を光の壁に向け、真空の刃を放つが、それも虚しく消える。


「ニャッ!」


 リコも爪に魔力を込めて、光の壁に向けて振り下ろすが、壁には傷一つつかない。


 私は、手に持つ金棒に、最大限の魔力を込める。


 そのまま思い切り振りかぶり、遠心力も活用しながら、渾身の一撃を壁にぶつける。


「ふんっ!」


ーードゴッ!ーー


 激しい音を出してぶつかった私の金棒でも、やはり壁にはヒビすら入らない。


 刺突も。

 斬撃も。

 打撃も。

 魔法も。


 何一つ通じない壁。


 この場にいるのは、紛れもなく強者だ。

 お父様には及ばないだろうが、それに準ずる実力者たちだ。


 その攻撃が全く通用しない。


 その事実に私は戦慄を覚える。


「何をやっても無駄だ。『聖域』は、二千年前、史上最強の魔王ですら破れなかったらしいからな」


 見知らぬ声がする。


 私たちは一斉に声のした方を振り返った。


 目の前にいたのは五人の人間。


 その先頭に立つ、白い衣装を見に纏った女が右手を前に向けていた。


 おそらくこの女の仕業だろう。


「この結界は本来、身を守るためのものですが、外からも内からも、如何なるものも通しません」


 その白い衣装の女の言葉に合わせるように、傍に立つ黒いローブの女が氷の槍を壁に向かって飛ばす。


ーーベキッーー


 壁にぶつかった槍は粉々に砕け散った。


「にゃーたちをここに閉じ込めて飢え死にさせようってことかにゃ?」


 リオの問いかけに白い衣装の女は首を横に振る。


「主はそのような残酷なことは望まれておりません。その結界内にいる限り、飢えも疲れも関係ございませんので、ご安心ください」


 神国の人間にしてはまともなことを言う白い衣装の女。

 一瞬でもそう思ったのは間違いだった。


「皆様には、聖なる神国の男性方と結ばれることでその身を清めていただいた後、自らの意思で天に召されていただきます」


 自らの発言が正しいと信じて疑わない狂気の目をした女。

 満面の笑みを浮かべながら両手を広げた女を、フローラが睨みつける。


「要は妾たちをボロボロになるまで犯し、生きる気力を無くさせて自殺させようということであろう? 神国の人間は男だけでなく、女までも下衆であるとはな」


 フローラの言葉に白い衣装の女は笑みを崩さずに答える。


「知能の低い亜人に私たち人間の想いが伝わるとは思っておりません。穢れた存在である亜人を清めるには、女神様の寵愛を受ける神国の聖なる民と結ばれるしかないのです」


ーーガキンッーー


 話にならない白い衣装の女に向かって、珍しく感情を露わにしたサーシャさんが突きを放つ。


 虚しく光の壁に阻まれたサーシャさんに向かって白い衣装の女は蔑むような目を向ける。


「人間のくせに女神様に歯向かう貴女は別。何度も清めてもらったにもかかわらず亜人に味方する貴女は用が済み次第、断罪して差し上げます」


 清めてもらった、という言葉に、サーシャさんの過去にも辛いことがあったのだと、神国に対する怒りがます。

 それでも私はなんとか怒りを抑え、気になった点を白い衣装の女へ問いかける。


「用というのは?」


 私の問いかけに、白い衣装の女ではなく、その後ろにいた、長髪の男が答える。


「お前たちの作戦は未来予知により筒抜けだ。主戦力のお前たちを分断し、閉じ込めてやることと言えば一つだけだろ? 護衛のいなくなった、お前たちの導き主である紅眼の魔族を殺す。ついでに裏切り者の女もな」

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