第59話 強襲②

「死ねにゃ!」


 お互い殺すなと言われているにもかかわらず、いきなり約束を破る言葉を吐きながら、跳躍し、爪を振り下ろしてくる白耳の少女。


 フローラと入れ替わって前に立った私は、金棒でそれを受け止める。


ーーガキッーー


 金属同士がぶつかり合ったかのような音を残す爪と金棒。


 猫のような軽い身のこなしで、並の鬼より重い一撃を振り下ろす白耳の少女。

 難敵なのは間違いないが、手の届かない領域にいるわけではない。


 私は白耳の少女の攻撃を受けた金棒を、力で押し返す。


 フローラのおかげで増した魔力で、私の力は大幅に増していた。

 フローラは、グレンやサーシャさんの魔力は増やしていない。

 心の底から信頼できる相手の魔力しか高められないからだそうだ。


 他人のおかげで高まった魔力に最初は抵抗はあったが、フローラの信頼を勝ち取ったのも私の力で、しかもこの力は潜在能力を解放しただけだというフローラの言葉で、今は受け入れられていた。


 力任せに押し返されたことで、一瞬驚いた顔をした白耳の少女は、片手だけで金棒をポンと押して、ふわりと後ろへ宙返りして距離を取る。


 力だけじゃない柔軟な対応。


 でも、着地の際にできる一瞬の隙を見逃してやるほど私は甘くない。


 隙を逃さず金棒を真っ直ぐに構え、白耳の少女の顔面目掛けて突きを繰り出そうとした時だった。


「我を忘れるとはな」


 褐色肌の少女がそう言ってフウッと息を吸うと、次の瞬間、豪炎が私を襲う。


ーーゴオッーー


 空気が焦げてしまいそうな熱が、私に迫る。


「そちらこそ、妾を忘れては困る」


 私の頼れる友だちが、右手を前に出す。


『エンキ』


 豪炎から私を守るように、巨大な水の渦が私の周りを覆う。


 ジュワッと水が水蒸気に変わる音がして、周りが湯気で見えなくなった。


 高温の水蒸気は、それだけで肌を焼く脅威だが、鬼の丈夫な皮膚は、魔力を纏えば多少の高熱はものともしない。


 視界は悪いが、炎が放たれた方向は分かる。


 私は金棒を片手に跳躍し、褐色肌の少女へ向かって横凪に振り抜く。


ーーガキンッーー


 私の一撃は、いつの間にか硬い金属のような漆黒の鱗に覆われた、褐色肌の少女の腕に止められる。


 殺さないように手加減はしたが、細腕の少女に片腕で止められるほど、やわな攻撃をしたつもりはなかった。

 だが、まるで山でも叩いたかのような重みが、金棒越しに帰ってくる。


「猫娘とのじゃれ合いをやめて我を狙うとは、なかなか良い視点である」


 遥か高みから見下すような褐色肌の少女の言葉に、私は何とか笑顔を作りながら答える。


「複数相手の戦闘で、後衛に隙があれば狙うのが基本だとお父様が仰られていたからな」


 私の言葉を聞いた褐色肌の少女が笑みを浮かべる。


「なるほど。だが、それは我々も同じである」


 褐色少女を警戒しつつ、後ろを見ると、白耳の少女が跳躍し、フローラへ爪を振り下ろすところだった。


ーードゴッーー


 そんな白耳の少女の腹部を、フローラの長い脚が撃ち抜く。


「にゃっ……」


 思わぬ反撃に白耳の少女は防御できない。

 魔力で守ってはいたようだが、左手でお腹を押さえている。


 それを見て驚いた様子の褐色肌の少女。

 私はその隙を見逃さない。


 硬い皮膚のせいで、打撃や斬撃が通じないのは鬼の世界ではよくあること。

 私は金棒を止めるのに重心が傾いた褐色肌の少女の足を払い、腕を掴んで相手の体を地面へ叩きつける。


「グハッ」


 思わず声を漏らす褐色肌の少女。


 脳を揺らされるか、臓器に衝撃を与えられれば、どれだけ皮膚が硬くても影響なしにはいられない。


「そこまで」


 追撃しようと拳を振り上げた私に、グレンの声が聞こえた。


「お前たち、この二人の力は分かっただろう?」


 グレンの言葉に、悔しそうな顔をする褐色肌の少女と、白耳の少女。


「こやつらが雑魚でないのは分かったが、このままでは我の沽券に関わる故、もっと力を出しても良いか?」

「そうだにゃ。このままでは獣神の娘の名が泣くにゃ」


 褐色肌の少女の言葉に、グレンが首を横に振る。


「ダメだ。今回はあくまで力量を図るのが目的で、勝敗を競うのが目的ではない。気持ちはこの後の敵との戦いにとっておけ」


 褐色肌の少女も白耳の少女も、納得が行かなそうな顔をしながら、しぶしぶ頷く。


「……了承した」

「仕方ないにゃ」


 二人が頷くのを見たグレンが、私たちの方を向く。


「今回の作戦はこのメンバーで実行する。名前も知らない状態では戦えないだろうから紹介する」


 グレンはそう言うと、褐色肌の少女の方を向く。


「こちらはカンナ。龍神の娘だ。こう見えて一千年は生きている」


 グレンは次に白耳の少女の方を向く。


「こいつはリコ。獣神の娘だ。白虎の獣人で、語尾はこいつの趣味だ」


 グレンの言葉に、リコが激しく反応する。


「し、趣味じゃないにゃ! 代々続く伝統で、獣神を継ぐ者はこの語尾で喋ることになってるにゃ!」


 そんなリコの言葉を無視し、今度は私の方を向くグレン。


「こいつは花。鬼神の娘だ。もともとは大して使えなかったが、最近ようやく戦力になれるようになった」


 癪に障る言い方だが、私はリコとは違って大人だから黙って聞き流す。


「こちらはフローラ。エルフの国の王女で次期国王だ。魔神並の魔力がある」


 フローラの方を見ながらそう説明するグレン。


 そして、最後に梅ちゃんの方を向く。


「……こいつは『医師』の梅子。もともと敵方の人間だが、こちらへ寝返り、今は奴隷契約魔法で俺の配下だ」


 その言葉に、カンナとリコが反応する。


「汝はなぜこやつを殺さない? 四肢を落とし、魔物の餌にでもするべきであろう?」

「そうだにゃ。なぶり殺す以外の選択肢はないにゃ」


 二人の反応に俯く梅ちゃん。


「こいつは直接手を下してはいない。無知故に俺たちに害を与える手助けをしていたのは間違いないが、その過ちを悔い、俺たちに協力することを誓った。奴隷契約魔法で裏切ることもできない。役に立つなら猫の手でも借りたい状況で、こいつの能力は役に立つ」


 その言葉を聞いたカンナとリコは、複雑な表情を浮かべた後頷く。


「一番こいつらに恨みがあるグレンが言うなら仕方ない」

「にゃあも同じだにゃ」


 グレンが許婚を殺されたのは聞いていたが、詳細は知らない。

 梅ちゃんに殺意を抱くほど怒りを覚えていた二人が納得するとは、グレンはどれだけ酷い目にあったのだろうか?


 そんな私の疑問をよそに、グレンは私たち全員を順に見る。


「これで紹介は終わった。これからは作戦の説明だ」


 グレンの言葉に、全員の表情が引き締まる。


「作戦は簡単だ。狙いは『旅行者』。奴のいる神国の東の拠点を強襲。敵がその対応に追われている間に、『旅行者』を勧誘もしくは殺害するのが今回の作戦だ」


 グレンの言葉に、フローラが驚く。


「東の拠点は、万に近い軍が駐留していると聞く。当然、妙な能力を使う主力もそれなりの数いるだろう。神都程ではないだろうが、強固な拠点だ」


 そんなフローラに対し、グレンは答える。


「そのためのお前たちだ。流石に敵を殲滅するのは難しいだろうが、称号の力にさえ気を付ければ、撹乱するだけなら十分対応可能だろう。称号の力次第ではリスクがないわけではないが、どこかで勝負に出る必要がある。そして今、神国兵の半分は、別件の対処で拠点を離れている。この時を逃す手はない」


 グレンの言葉に異論はない。


 全てを明かさないグレン自身に思うところはあるが、これまでの実績から、グレンの作戦自体は信頼に値する。

 どこまでが計算でどこからが運かは分からないが、その結果は今のところ文句のつけようがない。


「あとは『医師』。お前が『旅行者』を説得するだけだ」


 グレンの言葉に、梅ちゃんが自信なさそうに頷く。


「で、できる限り頑張り……結果を出せるようにします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る