第58話 強襲①
「花は旅行ってしたことある?」
フローラの問いに私は首を横に振る。
「ほとんど鬼の村から出たことないから、これが初めて。一度もないよ」
それを聞いたフローラが嬉しそうな顔をする。
「よかった、私だけじゃなくて。私もエルフの国からほとんど出たことないから、旅は今回が初めてなの」
私は気まずそうに一番後ろを歩く、俯き加減の黒髪の少女へも尋ねる。
「梅子……じゃなくて梅ちゃんは?」
神国の邪神の使徒でありながら、私たちの仲間になった彼女。
梅子という名前が気に入らないようだったので、みんなで話した結果、梅ちゃんと呼ぶことになった。
梅という美しい花を冠した名前を、私は素敵だと思うが、本人が気に入らないなら仕方ない。
「わ、私は元の世界にいた時に何度か」
梅ちゃんの言葉に、フローラが反応する。
「どんなところに行ったの?」
フローラの言葉に、梅ちゃんが考える。
「えーと。ネズミやアヒルのキャラクター……人? がいるテーマパー……広い公園?とか」
梅ちゃんの言葉に、フローラと私は顔を見合わせる。
「獣人がいる広い公園ということか?」
私の問いかけに花は首を横に振る。
「そうじゃなくて、なんて言えばいいんだろう……」
説明に悩む梅ちゃんを呆れた目で見ながらグレンが告げる。
「これから作戦だというのに、なぜお前たちはそんなに緊張感がないんだ? 『医師』はともかく、お前たち二人は奴らへの恨みを忘れたのか?」
私とフローラを見ながらそう言ったグレンへ、私は言い返す。
「忘れるわけがない。でも、普段からそんなに張り詰めていても、大事な時に力を出せない。切り替えが大事だとお父様も仰っていた」
私の言葉にフローラも被せる。
「そなたは敵を滅ぼした後は、王国の王となるのであろう? 王たるもの、厳しさだけでは誰もついて来ぬぞ」
さらに、恐る恐るといった形で梅ちゃんも口を開く。
「あの……医学的にも、常に緊張していると力が発揮できないので、適度にリラックスする時間を持つのは重要かと……」
グレンは最後に言葉を発した梅ちゃんを睨みつける。
「ひっ……」
私を壁にするようにグレンから隠れた梅ちゃん。
「ちっ」
グレンは小さく舌打ちすると、何事もなかったかのように再度口を開く。
「次の作戦ではこちらの総力を注ぐことになる。敵にとって『旅行者』は、絶対に奪われたくない存在で、本気で守ろうとするはずだからだ。攻撃時には瞬時に増援を送りこめて、撤退時にも瞬時に味方を退避させられる。戦闘において、移動の概念を覆せる『旅行者』は脅威だ。味方にできればこれ以上なく有利になるし、排除するだけでも敵の力を大きく削げる」
グレンはそう言うと、私たちの顔を見渡す。
「今回はお前たちに紹介していない仲間たちにも協力してもらう。もちろんお前たちそれぞれにも、役割を果たしてもらう。中でも『医師』。お前には奴らの元仲間として、『旅行者』をこちらへ寝返らせるのに、特に重要な役割を担わせることになる」
グレンの言葉に、おどおどとする梅ちゃん。
「えーと。私、あの人に嫌われてるから、そちらの方面では、あんまり役に立てない、かも……」
そう話す梅ちゃんをグレンが再び睨みつける。
「うっ……」
そして再び私の後ろに隠れる梅ちゃん。
「関係がよかろうと悪かろうと、役に立たないならお前に用はない。俺の力で操り人形にしてやってもいいんだぞ」
私は梅ちゃんを庇うようにしながらグレンを睨む。
「仲間を脅すような真似はやめろ。これじゃあ梅ちゃんはグレンのことを信用できない」
私は梅ちゃんの方を向く。
「私は梅ちゃんと『旅行者』の関係は分からない。でも、もし仲間にできないのであれば、私たちは『旅行者』を殺さなければならない。それが嫌なら梅ちゃんに頑張ってもらうしかない」
私の言葉を聞いた梅ちゃんは、少しだけ考えたあと、決意したような目で頷く。
「じ、自信はないけど頑張ってみる!」
梅ちゃんの言葉を聞いたグレンは偉そうに頷く。
「頑張ろうが頑張るまいが結果だけ出せ。作戦の詳細は、明日お前たち以外の戦力も合流してから話す。ゆっくり休めるのは今日が最後になるだろうから、しっかり休んでおけ」
夜、私はいつもフローラと二人で寝ていたが、今夜は部屋の都合で梅ちゃんも同じ部屋だった。
「は、花さん! 何で上の服を着ていないんですか?」
なぜ梅ちゃんが慌てているのか分からなかったが、私は梅ちゃんの質問に答える。
「日中は晒しで胸を締め付けているから。寝る時くらいは休めたい。傷だらけの裸体が見苦しいというのなら隠すが……」
私の言葉に梅ちゃんは首を横に振る。
「いえ、すごく引き締まってて、胸の形も綺麗で、見苦しいということはないのですが……」
顔を赤ながらそう言った後、今度はフローラの方を向いて梅ちゃんが尋ねる。
「ふ、フローラさんも! そんな透け透けの何も隠れてない服着てどういうつもりですか?」
梅ちゃんの言葉にフローラは首を傾げる。
「これは神国の奴らが持ち込んだ服である。肌触りも良くて快適なので使っておる。神国の人間どもがもたらした数少ない良いものだ。もともとエルフは夜寝る時に服は着ぬ。それにこの場にいるのは女性のみ。何も隠す必要など無かろう?」
フローラはそう言いながら梅ちゃんに近寄る。
「梅ちゃんも欲しければ妾の服を譲ってやっても良いぞ。着方が分からなければ妾が手伝ってやろう」
フローラはそう言うと、梅ちゃんの寝巻きのボタンへ手をかける。
「け、結構です! フローラさんみたいに真っ白な肌でスーパーモデルみたいなスタイルしてれば見せられるかもしれませんが、私のような貧相な体では、そんな服着れません」
必死に抵抗する梅ちゃんに、フローラはそれ以上深追いしない。
「それでは、私は床で寝ますので、お二人がベッドを使ってください」
こちらも部屋の都合で、部屋にはベッドが二台しかなかった。
私は梅ちゃんに告げる。
「ベッドをくっつけて三人で寝ればいい。私とフローラはいつも同じベッドで寝ているから、何なら一台は梅ちゃん一人で使うでもいい」
私が梅ちゃんにそう告げると、フローラがベッドに横たわる。
私もそれに倣い、フローラの横に横たわり、フローラを抱きしめる。
「な、な、な、何してるんですか!」
大声を上げる梅ちゃんにフローラが答える。
「花の鍛えられた腕に抱きしめてもらえると健やかに寝れるのだ」
王族の顔を忘れ、素のフローラがそう答える。
「同じく。フローラの柔らかい体を抱きしめると、私もよく寝れる」
顔を真っ赤にしながらあわあわとする梅ちゃんに、私も答える。
「よかったら梅ちゃんも来る? 気持ちよく寝れるよ」
フローラの誘いに、梅ちゃんはなぜか鼻血を垂らしながら、激しく首を横に振る。
「む、無理です! そんなところに挟まれたら、私、興奮し過ぎて寝れません!」
「おい、『医師』。昨日はゆっくり休めと言っただろ。なぜ、目の下にクマができている?」
翌朝、梅ちゃんの顔を見たグレンが不機嫌そうにそう尋ねる。
「あんなのを見ながら寝れるわけがありません! 次から私は個室にしてください!」
グレンに対してはいつも卑屈な梅ちゃんが、珍しく強気で反論する。
「……極力配慮しよう」
梅ちゃんに対していつも厳しいグレンが、こちらも珍しく梅ちゃんの要求を聞きいれた。
「で、グレンちゃん。どいつが鬼神の娘なのかにゃ?」
朝来た時から気になっていた、グレンの後ろに立つサーシャさん以外の二人の少女。
その内の一人、白い耳に牙を生やした少女がグレンへ尋ねる。
「ちゃん付けはよせ。それに、その爪も引っ込めろ」
グレンにそう言われた白耳の少女は、ペロリと舌を出す。
「バレたにゃ」
そう言って鋭い爪をチラリと見せた後、そっと隠す。
「お前もだ。殺気と敵意はなくとも、隙あらば戦おうという戦意が滲み出ている」
グレンにそう言われたのは、もう一人の褐色の肌をした少女だった。
「……さすがだな。だが、いつまで経っても強敵を用意せぬお主が悪い。いつになったら我に満足いく戦いを提供してくれるのだ?」
魔力は抑えているが、間違いなく強者であろう褐色の肌の少女。
お父様やサーシャさんと同じような雰囲気が彼女にはあった。
そして、それは、白い耳の少女も同じだった。
二人は私の方を向き、魔力を解放する。
「角があるからこいつが鬼神の娘かにゃ?」
「金棒も鬼の証であろう」
白耳の少女と、褐色肌の少女が、それぞれ私に視線を向てきた。
「今すぐ敵が用意できないなら、こいつと遊んでもいいかにゃ?」
「我も腕が鈍らぬよう、手合わせを願いたい」
抑えていた殺気を隠さずに私へ向ける二人の少女と私の間に、スッと割って入るフローラ。
「どこのどやつかは知らぬが、妾の友に手を出すというのならただでは済まさぬぞ」
そんなフローラを睨みつける二人の少女。
「神国の奴らと仲良しこよしの、ひ弱な耳長に用はないにゃ。人間どもの愛玩種と戦えば、獣人の誇りが汚れるにゃ」
「我が求るも強者のみ。魔力が高いだけの愛玩種と合わせる爪も牙も持たぬ」
そんな三人を見たグレンがため息をつきながら告げる。
「敵を間違えるな、と言ってもお前たちには分からないだろうな。だから、できるだけ連れてきたくなくて温存していたのだが」
グレンが私たち双方へ告げる。
「総力戦とは言ったが、次の作戦は少数精鋭での奇襲を行う。そのための戦力がお前たちだ。少数ではあるが、今の俺たちの最高戦力だと思っている。だが、初顔合わせの者を信用できないのは分からなくもない。幸い、こちら側へ寝返った『医師』は、多少の怪我なら簡単に治せる」
グレンはそう言うと、二人の少女と私たちそれぞれの目を見た。
「ニ対ニで手合わせしろ。多少の怪我はやむなしだが、殺すつもりで戦うのはダメだ。危ないと思ったらサーシャに止めさせる」
グレンの言葉に、白耳の少女が獰猛な肉食獣の笑みを浮かべ、褐色肌の少女も不敵な笑みを浮かべる。
「お前たちもそれでいいな」
私とフローラの方を向いてそう尋ねるグレンに、私は頷く。
「こいつらが何者かも分からないし、無用な戦いは避けたい。だが、売られたケンカを買わないという選択肢は鬼にはない」
「種族のことを馬鹿にされて黙っているわけがなかろう。問題があるとすれば、この者たちが弱すぎた場合の命の保証だけである」
フローラの言葉に、相手の二人の殺気が殺気に近い戦意を放つ。
「双方の紹介も、作戦の詳細も、手合わせが終わってからだ」
グレンはそう言うと右手を空へ掲げる。
「時間が惜しい。はじめ!」
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