第51話 村一番の剣士⑤

「エリサ。隣町にでも遊びに行かないか」


 俺の誘いに、エリサは冷たい目を向ける。


「……そんな気分じゃない」


 連れない返事を返すエリサ。


「お父さんのことは気持ちが分かるとは言えないけど、剣の訓練もしてないし、ずっと家の中にいるのも良くないかなって」


 俺の言葉に再度冷たい目を返すエリサ。


「貴方こそ、遊んでる暇があれば、剣の訓練したら? そんなんじゃ一生私には勝てないわよ」


 エリサの厳しい言葉に、それでも俺はめげない。


「頼む。少しだけでいいから」


 必死で頭を下げる俺を見て、エリサがじっと俺の姿を見る。

 少しだけ考えたエリサは答えた。


「買い物しなきゃならないから、それだけよ」


 エリサの言葉に、俺は激しく頷く。


「ありがとう!」






 隣町へは歩いて一時間ほど。


 魔力を込めて走ればもっと短時間で行けるが、普段はそんなことはしなかった。


 道中はごく稀に魔物が出るが、子どもの頃の俺でも勝てるような弱い魔物しか出ないので、エリサと俺が警戒しなければならないような大物はいない。


 普段なら剣の話や村の人々の話で話題には困らないが、今は何を話せばいいか、話題選びに困っていた。


「……気を遣わせちゃってごめんね」


 先に口を開いたのはエリサだった。


「お父さんはきっと帰って来ない。国王様は一度だけ見たことあるけど、お父さんや私より強かった。そんな国王様を殺した相手に戦いを挑んで、お父さんが無事に帰って来れるとは思えない」


 そう話すエリサの言葉や表情には、いつもの強さがなかった。


「お母さんは私が物心ついた頃にはいなくて、ずっとお父さんと暮らしてきた。毎日朝から晩まで二人で剣をの訓練をしてきた。私にはお父さんと剣しかなかった。これで私は家族がいなくなって一人になった。一人じゃ剣を鍛えるのにも限界がある」


 俺は立ち止まってエリサの方を向く。


「どうしたの?」


 エリサも立ち止まって俺を見た。


 見晴らしのいい緑の丘の上。

 風がエリサの髪を靡かせる。


「家族には俺がなる。剣の相手も俺がする。まだ一度もエリサには勝ててないし、エリサの訓練相手には力不足かもしれない。それでも俺はエリサを一人にはしない」


 俺の言葉を聞いたエリサが真顔で尋ねる。


「……それはプロポーズかしら?」


 俺は首を横に振る。


「プロポーズは、エリサに勝つまでしない。今のは、エリサは一人じゃないというのを分からせただけだ」


 その言葉を聞いたエリサは笑顔を見せる。


 エリサのお父さんが戦いに出ると聞いて以来、初めての笑顔だ。


「それじゃあそれまで、貴方のことは弟だと思うことにする」


 エリサの言葉に俺は苦笑する。


「俺の方が兄貴だろ、と言いたいけど、エリサの方が強いから仕方ないか」


 呟く俺に対し、エリサは悪戯っぽく笑う。


「それじゃあ弟くんには、これから買うお姉ちゃんの荷物を持たせてあげよう」


 その言葉を聞いた俺は、頭を掻く。


「横暴な姉ちゃんだな」


 エリサは笑う。


「悔しかったら早く強くなって、弟から昇格することね」


 笑顔を取り戻したエリサを見て、今日エリサを連れ出して良かったと思った。


 ……この時までは。





 隣町に着いた俺たちは、エリサの目当ての店に行くべく、二人で道を歩いていた。


 すると、正面から見慣れない三人組の男たちが歩いてきた。


 俺の暮らす小さな村よりは多少大きいこの町には、少ないとはいえ、たまに引っ越してくる者もいる。


 特に、王国では神国との戦いも始まっていた。


 この辺りのような田舎に疎開してくる者がいても不思議ではない。


 そう思いながらすれ違おうとした時、三人のうちの一人が、こちらを、正確にはエリサを指差してきた。


「この子めっちゃ可愛くね?」


 その言葉に隣の男も反応する。


「やばっ! 王都にもなかなかレベルっしょ」


 さらにもう一人の男が頭を抱える。


「うわっ、マジかよ。あの田舎くさいやつで妥協しないで粘ればよかった」


 何の話かは分からないが、三人組がエリサに対して絡もうとしているのが分かった。


 俺は、スッと三人とエリサの間に入る。

 そんな俺にはお構いなしに話を続ける三人組。


「さてと、力を使うかな……ってマジか。この子の方が俺より魔力が多い」


 その言葉を聞いたもう一人の男が仕方なさそうに続ける。


「じゃあ俺の力も使ってやる。その代わり飽きたら俺に譲れよ」


 残りの一人は項垂れる。


「お前たちの後じゃ、俺のところに来る頃には使い物にならないな……。あの田舎くさいやつで色々試すか」


 俺はそんな三人組を睨みつけた。


 そんな俺をのことは無視し、金髪の青年が呟く。


『女狩り』


 それを聞いた残りの二人が笑う。


「何そのネーミングセンス! めっちゃウケるんだけど」

「分かりやっすいな!」


 少し笑った後、真ん中の優男が呟く。


『魅了(チャーム)』


 何かしらの魔法かと思って警戒したが、何の変化も起きない。


 再度三人組に詰め寄ろうとした俺。

 そんな俺を押しのけてエリサが前に出る。


 俺がどうにかするのを待たずに、自分で解決を図ろうとしていのかと思ったが、何か様子がおかしい。


「……エリサ?」


 その目は、怪しい発言を繰り返す三人組に対して、敵意を持っていないようだった。


 それどころか……


 その瞳はまるで、恋に落ちた乙女のようだった。


「魔力も魔法抵抗値も高そうなのに、こんな簡単にかかるなんて、こんだけ可愛くて処女かよ」


 真ん中の優男がニヤニヤと笑う。


「後ろの男何やってるんだよ。俺たちのために取っといてくれたのか?」


 金髪の青年も俺をチラッと見た後、エリサの体を上から下まで舐め回すように見る、


「エリサ、ここを離れるぞ。こいつらなんかおかしい」


 俺の言葉が聞こえているのかいないのか、全くこちらを振り返らないエリサ。


 そんなエリサへ、真ん中の優男が手を伸ばす。


 肩に手を回し、抱き寄せる優男。


 全身の血が沸騰するかと思うくらい沸き立ち、剣に手をかける俺。


 そんな俺を見ながら、ニヤニヤと笑う優男。


「エリサちゃんっていうのか。この子は離れたくなさそうだけど」


 そう言って、エリサの艶のある髪を撫で回す優男。


「切り落とされたくなければ、その汚い手をエリサから離せ」


 今すぐにでも殺してしまいたくなる衝動を抑え、俺はそう言った。


「あんなこと言ってるけど、エリサちゃんは俺から離れたい?」


 優男の言葉に首を横に振るエリサ。


「離れたくないです」


 信じられないエリサの言葉に、俺は戸惑う。


「な、何を言ってるんだエリサ? エリサは自分より強い男じゃないと相手にしないんだろ? それを会ったばかりのよく分からないやつに……」


 エリサはトロリとした目をして優男を見ながら告げる。


「私、これまで本当の恋を知らなかっただけみたい。この人に会ったら強さなんてどうでも良くなったわ」


 二重の意味で信じられない言葉を吐くエリサ。


 エリサがどれだけ強さに誇りを持ち、努力してきたかを俺は知っていた。

 相手に同じ強さを求めていたことを、他の誰より俺が一番知っていた。


 それなのに、今目の前にいるエリサはどうしたんだ?

 俺が五年以上もずっと向けて欲しいと思っていた目を、初めて会った見知らぬ男に向けているエリサはどうしてしまったのだ?


 一つだけ確かなのは、このままではエリサはこのよく分からない男たちの餌食になってしまうということだ。


 俺はエリサのお父さんと約束した。


 エリサのことを守ると。


 例えエリサに嫌われることになろうと、エリサを守る。


 そう考えて剣に手をかけようとした時だった。


 エリサのトロリとした目が、一瞬で切り替わる。


 俺との毎日の戦いでも見せたことない殺気に満ちた目。

 その殺気だけで、俺は身動きが取れなくなる。


「動いたら斬るわ。貴方のことは弟のように思ってるの。できれば殺したくないから動かないで」


 守りたいと誓った本人に邪魔をされた俺は何も動けなくなくなった。


 それでも最後にできることとして、無駄だと思いつつも言葉を発する。


「……エリサはいい奴なんだ。そいつを悲しませるようなことはしないでくれ」


 それを聞いた三人組は声をあげて笑う。


 真ん中の優男はエリサの腰に手を回しながら口を開く。


「もちろんだ。俺なしじゃ生きられなくなるくらい、たっぷり可愛がってやる」


 優男の腕に抱きつきながら去っていくエリサと三人組の男たちを見ながら、俺は壁に拳を打ちつけた。


 なんてざまだ。


 守ると誓った相手を。

 五年越しで想い続けた相手を。


 簡単に奪われてしまった。


 エリサを失った悲しみのせいで、血を流す拳の痛みは全く感じなかった……

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