第52話 村一番の剣士⑥
エリサがいなくなってから一月が経った。
毎日エリサの家を覗きに行ったが、エリサが帰ってきた様子はなかった。
あの男たちの元にいるのだろう。
俺は何もやる気が出なかった。
毎日欠かさず行ってきた剣の訓練もあの日以来、サボってしまっている。
死なない程度に食事する以外、家でぼーっとしていた。
時々、エリサを連れ去られた日のことを思い出し、全身から血が吹き出るくらいの悔しさが爆発する時以外はほとんど動かなかった。
あの日のことは思い出すだけで、吐き気を催してしまう。
今、エリサがあの男たちとどう過ごしているかを考えるだけで、発狂しそうになってしまう。
ただそばにいるだけで、どれだけ恵まれていたか。
毎日会話することが、どれだけ素晴らしいことだったか。
五年間。
エリサに勝つことだけを考えてきた。
勝って結ばれることだけを考えてきた。
エリサは俺の全てだった。
目標であり。
憧れであり。
最愛の人だった。
エリサと話をするだけで、嬉しい気持ちになれる。
エリサの笑顔を見るだけで、俺は幸せになれる。
そんなエリサはもういない。
きっと二度と俺の元には戻ってこない。
エリサのいない人生など考えたこともなかった俺は、これからどう過ごせばいいか分からなかった。
ふと部屋の片隅に目をやると、うっすらと誇りを被った剣があった。
物心ついてから毎日一日中剣を握ってきた。
剣を握らない日はなかった。
今は剣を握る気力もない。
剣を握る理由が見つからない。
どうせこれ以上強くなっても、エリサは戻ってこないから。
ーーコンコンーー
そんな時、家の扉を叩く音がした。
「エリサ!」
扉を開けると、そこには俺と同じく隣町の男に彼女を奪われた友達がいた。
「悪いな、エリサじゃなくて」
俺は何も答えずに扉を閉めようとする。
「待て待て!」
慌てて扉を掴む友達。
「お前、いつまで引きこもってるつもりだよ」
友達の問いに俺は答える。
「……死ぬまで。エリサのいない人生に意味はない」
俺の言葉を聞いた友達は呆れた顔をする。
「お前さ、エリサがいい女なのは間違いないが、世界の半分は女なんだぜ。他にもいい女はいっぱいいるさ」
俺はそんな友達を睨みつける。
「エリサよりいい女なんてこの世界にはいない」
俺の言葉に、友達はため息をつく。
「これだから童貞拗らせたやつは……」
友達はそう言うと、俺の腕を掴む。
「俺だって彼女を盗られた時はムカついたし、落ち込んだ。でも、いつまでも落ち込んでても仕方ないだろ」
友達は話しながら、俺の腕を引っ張って家の外に出す。
「とりあえずお前は女を知れ。俺が金は出してやるから、隣町の娼館に行くぞ」
友達の言葉に俺は抵抗する。
「嫌だ。金で体を売るような女とはやらない。俺はエリサとしか……」
話しかけた俺を、友達は無理やり引っ張る。
「女を知れば世界は変わるって。いいから来い」
俺はそのまま友達に連れられて、隣町の娼館へきた。
「こいつ初めてだからいい女をつけてくれ」
友達はそう言うと、恰幅のいい娼館の女主人へお金を渡す。
「それじゃあ俺は帰る。結果は村へ帰ったら教えてくれ」
そう言って去っていく友達を俺は無言で見送った。
「あんたモテそうな顔してるのにその歳で経験がないなんてね」
女主人は俺の体を上から下まで見る。
「ちょうど最近、とびきりの美人が入ったんだ。頭はちょっとあれだが、技もしっかり仕込まれてるしいい子だよ。本当はこの値段じゃ相手はさせられないが、特別にまけといてやるよ」
女主人の言葉に俺は断りを入れようとする。
「いや、俺は……」
だが、俺が言葉を返すより先に、女主人は俺を個室へ押しやる。
「じゃあゆっくりしていきな」
個室に押し込まれた俺は、ベッドの方へ顔を向ける。
どうせ美人と言ったって、エリサには敵わない。
そう思いながら目を向けた先にいた女性を見て、俺は固まる。
卑猥で下着のような服から覗くスラリとした長い手足。
薄くて透けている服の上からでも分かる引き締まった腹筋。
陶磁器のような白い肌。
そして、人形のように整った美しい顔。
今まで出会った中で最も美しかった女性。
この一カ月、ずっと俺の心を苦しめ続けていた女性。
やつれていても。
かつての強さを感じなくても、一目見るだけで分かる。
俺の最愛の人。
「エリ、サ……?」
俺の言葉には反応せず、何も言わずに近づいてくると、俺のズボンを脱がせ始める。
「な、何を……」
俺の言葉には何も答えず、俺の下着まで下ろすと、いきなり口に咥えようとする。
「や、やめろ!」
俺はエリサを突き放すと、下着とズボンを上げ、部屋を飛び出す。
ーードンッ!ーー
激し異音を鳴らしてドアを開けた俺は、真っ直ぐに女主人の元へ向かう。
「どうしたんだい、あんた?」
そう問いかける女主人の胸ぐらを俺は掴む。
「お前! 何でエリサがここにいる? なぜ娼婦なんかやらされている?」
俺の言葉を聞いた女主人は、胸ぐらを掴む俺の手を払い、目を背けながら答える。
「ちっ。あんたあの子の知り合いかい?」
俺は女主人の言葉に頷く。
「そうだ。エリサは俺の……幼馴染だ」
俺の言葉に女主人は頭を掻く。
「売られてきたんだよ、あの子は。神国のお偉いさんだっていう三人組にね。外見はいいけど、薬漬けにしたら壊れたからもういらないってさ」
俺は怒りのあまり血が沸騰し、自分でも感じたことのない黒い感情が湧き上がってくるのを感じる。
「……そいつらはどこにいる?」
俺の視線にびくりとしながら女主人が答える。
「も、元町長の住んでた御屋敷だよ」
俺はそれだけ聞くと、飛び出してきた部屋に戻る。
そこでは何が起きたか分かっていないようなエリサが首を傾げていた。
俺が戻ってきたのを見ると、再びズボンを脱がせようとしてくる。
そんなエリサの悲しい姿を見て、俺は涙が流れそうになるのを堪え、エリサの手を優しく掴む。
初めて握るエリサの手はとても弱々しかった。
「もうこんなことしなくていいんだ」
俺の言っていることが分からないのか首を傾げるエリサ。
俺はそんなエリサを抱きしめた後、その手を引いて女主人の元へ向かう。
「この子は返してもらう」
俺の言葉を聞いた女主人は、俺の剣幕にビクビクしながらも言い返してくる。
「た、例えあんたの幼馴染だとしても、高い金払って買ったんだ。返して欲しければ金を払いな」
女主人の顔を殴り飛ばしたくなるが、彼女も一応被害者だと自分に言い聞かせて何とか我慢する。
「金なら後で持ってくる。エリサをこんな目に合わせた奴らを皆殺しにして取り返してからな」
俺は戸惑った様子のエリサの手を引き、娼館を出ると、元町長の家へ向かう。
エリサを村に送り届けてからという選択肢もあったが、今の状態のエリサを一人にするのは危ないという判断をした。
三人組の男がどんな奴らだろうが、エリサを守りながらでも皆殺しにできるという自負もあった。
絶対に全員殺してやる。
改めてそう誓い、俺は元町長の屋敷へと歩みを進めた。
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