第50話 村一番の剣士④
「どうしたんだ、暗い顔して?」
ある日いつものように手合わせをしにエリサのところへ行くと、エリサが今まで見たことのないほど落ち込んだ顔をしていた。
「……お父さんが戦争に行くの」
戦争というのは邪神を信仰する神国とのものだろう。
国王様が殺され、その臣下たちが神国に戦いを挑んでいるというのは、この田舎の村にも話として入ってきていた。
村の騎士もその戦いに参加するという話もある。
「エリサのお父さんは、国王様に関係ある人なのか?」
そういえば、エリサのお父さんが何をしている人なのかは知らない。
なぜこの村へ引っ越してきたのかも。
「うん。私の剣はそのための剣だから」
どういう意味なのか分からず、話を聞こうとすると、いつもは姿を見せないエリサのお父さんが、こちらへ向かってきていた。
「ちょうどよかった。君に話がある」
エリサのお父さんが俺に向かってそう言った。
「俺に?」
俺の問いにエリサのお父さんが頷く。
「ああ」
エリサの方を向くとエリサも頷いた。
俺はエリサのお父さんの後について、エリサから少し離れる。
エリサに声が聞こえないくらい離れたところで、エリサのお父さんが口を開く。
「国王様が殺されたことは知っているな。私が国王様の仇である神国と戦いに行くことは聞いたかな?」
俺は頷く。
「はい。さっきエリサから聞きました」
俺の言葉に、エリサのお父さんが頷く。
「国王様は私より強かった。その国王様が殺されたのだ。私も戦いに出たら帰っては来れないだろう」
エリサのお父さんの言葉に、俺は衝撃を受ける。
「そ、それなら戦いに行かなければいいんじゃないですか? 神国の奴らもこんな田舎まで襲ってはこないでしょうし」
俺の言葉にエリサのお父さんは首を横に振る。
「神国の人間は卑劣だ。国の被害を少しでも抑えるため、誰かが戦わなければならない」
そう言った後、エリサのお父さんは俺の両肩を持つ。
「私が死んだ後、エリサのことを頼む。エリサの才能は私以上だ。それに君という存在がいることで、エリサは想像を超える速さで強くなった。エリサはこの国の希望になれる」
エリサのお父さんの言葉に、俺は何も言えない。
「そして、それは君も同じだ。エリサの剣を吸収し、ここまで成長するとは失礼ながら私は思っていなかった。エリサを守り、国も救って欲しい」
エリサのお父さんの真剣な言葉に、俺は何とか言葉を返す。
「エリサのことはもちろん守ります。今はまだエリサの方が強いですが、きっとエリサより強くなって守れるようになります。でも、国のこととかは……」
俺の言葉に、エリサのお父さんは頷く。
「そうだな。私も欲張りすぎた。まずはエリサを守って欲しい。それだけでも十分だが、もし国のことまで気持ちが及ぶなら、そちらも頼む」
エリサのお父さんの言葉に、俺は頷く。
「はい、命に換えても」
俺の言葉にエリサのお父さんは頷き、そして少し残念そうな顔をする。
「唯一の心残りは、エリサの花嫁姿を見れなかったことだな」
その言葉に俺は頭を下げる。
「すみません、俺がもっと早く強くなれれば……」
俺の言葉にお父さんは首を横に振る。
「君の成長速度は異常なほどだ。私がエリサを強く育てすぎたからかな。自業自得か」
そう言って苦笑するエリサのお父さん。
「エリサのお父さんが無事に帰って来てくれれば大丈夫です」
その言葉に、作った笑顔を見せるエリサのお父さん。
「そうだな。頑張るよ」
後日、エリサのお父さんと村の騎士の二人を、村人総出で送り出した。
「僕がいなくなった後は君が頼りだ。まあ、もはや僕なんて君の足元にも及ばないんだけど。村のことは頼むよ」
騎士にそう言われ、俺は力強く返事した。
「俺の最初の先生は騎士さんです。騎士さんがこれまで守ってくれたように、俺がこの村を守ります」
そう言った後、横を向くとエリサが泣き腫らした目で、エリサのお父さんに詰め寄っていた。
「私も行く! お父さん一人でなんて行かせない!」
いつものエリサからは信じられないくらい感情を剥き出しにそう泣き叫ぶエリサ。
それを宥めるエリサのお父さん。
エリサの泣く姿は見たくなかった。
でも、家族の最後の別れになるかもしれないその間に俺が入るのは良くないと思い、黙ってその姿を眺めていた。
エリサのお父さんと騎士が村を離れてしばらく経った後、騎士のところで一緒に鍛えてもらっていた友達が、この世の終わりのような顔をして下を向いていた。
「……彼女にフラれた」
隣町にいるという彼女のことだろう。
「なんか別に好きなやつができたらしい。もうすぐ結婚しようって言ってたのに。こんな急にフラれるなんて……」
俺はそんな友達を慰める。
「まあ、他にも女の人はいるんだし、また次に切り替えればいいって」
俺のその言葉に、友達は怒る。
「女なら誰でもいいわけじゃない。あの子が良かったんだ! お前はエリサが他の男に行っても同じことが言えるのか?」
確かにエリサが他の男に盗られたら、俺は生きていけないかもしれない。
「悪かった。とりあえず付き合うから、隣町にでも遊びに行くか?」
そう誘った俺に、友達は激しく首を横に振る。
「嫌だ! あの子と会ってしまうかもしれない。そんなの耐えられない」
俺はそれ以上説得するのを諦め、しばらく愚痴だけ聞いた後、友達と別れた。
俺は人を宥めるのが下手なのかもしれない。
お父さんと別れた後、塞ぎ込んだエリサもうまく宥められていない。
お父さんがいなくなった後、手合わせもできていなかった。
俺は悲しそうなエリサを見るのが嫌だった。
強くて自信に満ちたエリサに戻ってきて欲しかった。
ただ、うまく話す言葉を俺は持っていない。
友達には断られてしまったが、エリサも隣町に誘ってみよう。
環境を変えることで、何か変わることがあるかもしれない。
俺はそう決めた。
……ただ、この時は思いもしなかった。
この選択が、取り返しのつかない、人生で最悪のものとなることなど。
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