第49話 村一番の剣士③
「お前、またエリサのところに行くのか?」
騎士の元で一緒に剣を学んでいた友達の一人がそう尋ねてきた。
「ああ。エリサに勝つまで毎日通う」
俺の返事を聞いた友達は呆れる。
「もう五年以上毎日通ってるのに一回も勝ててないんだろ? そろそろ諦めたらどうだ?」
友達の言葉はもっともだ。
エリサが来てから、俺は強くなった。
今や、村で俺とまともに戦える者はなく、村の騎士ですら勝負にならなくなっていた。
それでもエリサには一度も勝てていない。
強くなったのは俺だけでなく、エリサも同じだったからだ。
強くなっても。
強くなっても。
それに負けじとエリサも強くなる。
「確かにエリサはビックリするくらい美人だけどさ、村の他の女も悪くはないぜ。いつまでも剣とエリサだけって歳でもないだろ?」
友達の言葉を、俺は聞き流す。
「エリサに勝つ以外のことに興味はない。他の女と遊ぶ時間があれば、その間に剣を振る。少しでもサボれば、エリサに離されるだけだからな」
そう言って俺は剣を振り続けた。
確かに一度も勝ててはいない。
それでも、差は縮まってきている気がする。
「……実はお前のことに興味があるっていう女がいる。隣町で良番の子だ。お前も女に興味はあるだろ? いい歳して女性経験がないのも……」
俺は俺のことを気遣ってくれる友達に感謝しつつ、丁寧に断る。
「ありがとう。でも、俺はエリサに勝つまでは他のことには興味がない。仮にエリサ以外の女性と関係を持てにしても、それはエリサを倒してからだ」
俺の言葉を聞いた友達はため息をつく。
「頑固だな、お前は。もうこれ以上は言わない。頑張ってエリサを倒すんだな」
俺は頷く。
「ああ。近いうち……一、二年中には倒す」
俺の言葉を聞いた友達は苦笑する。
「おいおい。全然近くねえじゃないか」
つられて俺も笑う。
「まあ、これまで五年以上頑張ってきたからな。あと一、二年くらい大したことない」
俺の言葉を聞いた友達は遠い目をする。
「まあ、この世のものとも思えないほど美人だからな、エリサは。最近は表情も豊かでさらに魅力的だし」
友達の言葉に、俺は釘を刺す。
「エリサは誰にも渡さないぞ」
それを聞いた友達は声をあげて笑う。
「エリサどころか、お前にさえ手も足も出ない俺がエリサを狙うのは無理だろ」
それを聞いた俺も再度笑う。
「確かにそれは安心だ」
そう言った俺を友達が軽く蹴る。
「まあ俺は隣町にいる彼女のとこに会いに行くとするか。さすがにエリサほどじゃないが、俺には勿体無いくらい可愛くていい子なんだ」
少し照れくさそうにそういう友達を見て、俺は羨ましくなる。
「フラれるなよ」
再度俺を軽く蹴った後、ひらひらと後ろ手に手を振ってじゃあな、と告げる友達を見送った俺。
早く俺もエリサとそういう関係になりたい。
そう新に決意し、俺はエリサの元へ向かった。
「何だか今日はやる気じゃない?」
そう尋ねるエリサ。
「エリサと戦いはじめて、もう五年以上経つし、そろそろ倒してやろうと気を引き締めてきたところだ」
俺の言葉を聞いたエリサが笑う。
「戦いに気持ちは大事よ。でも、その気持ちに力と技はついてきているのかしら?」
エリサが木剣を構える。
「それを今から見せてやる」
俺もエリサに合わせて木剣を構えた。
お互い手の内は知り尽くしている。
いや。
エリサは俺のために手の内を見せてくれている。
まるで指導者のように。
俺に自分と同じくらい強くなって欲しいと言っているかのように。
初めのうちは気付かなかった。
でも、自分の実力が付いてきた今なら分かる。
エリサは俺を、エリサに勝てるよう育ててくれている。
ただ、エリサはわざと負けるように手を抜いたりはしない。
もしそんなことをされたら、俺はエリサに失望するだろう。
剣に対して、誰より真摯で誇り高いエリサ。
そんなエリサを剣で負かしてこそ、俺はエリサに自分の気持ちを伝えることができる。
実力で勝ってこそ、その想いに価値を乗せることができる。
自然体でいて、一切隙のない構え。
五年前よりさらに理想に近づいたその構えが目の前にあった。
ただ、俺も昔のままの俺ではない。
エリサの戦い方を学び、それを自分の戦い方へ落とし込んできた。
エリサの剣は、自分より強い者や、剣以外の戦いも想定した剣だ。
だからこそ、格上であるエリサと戦うのに、かなり適していた。
向かい合っているだけで冷や汗が流れそうになる。
これが真剣勝負なら、一瞬気を抜いただけで俺は、肉片になっているだろう。
ひりつく空気。
ただ、この空気を感じられるようになっただけ、俺も成長できたということだと思う。
エリサも手を抜き過ぎれば、俺に負ける可能性があると思ってくれているということだからだ。
俺は魔力による身体操作で、予備動作を抑えながら突きを繰り出す。
人が動くには、どうしても予備動作が必要だ。
そのわずかな筋肉の動きを達人は見逃さず、攻撃を防ぐ。
いかに予備動作を小さくするか。
もしくは他の動作の中に隠すか。
それが剣の腕に直結するのだが、エリサの場合は、それがほぼ感じ取れなかった。
魔力の操作により、体を無理やり動かす。
それを呼吸のようにやっているからだ。
それに気付いた俺も、ずっとその動作を観察し、試行錯誤を繰り返してきた。
エリサにそれを試すのは初めて。
実力の劣る俺がエリサと戦うために伏せてきた必殺の一撃。
ーーカンッーー
だが、それはエリサの木剣に防がれる。
ただ、難なく防がれたわけではない。
普段は防御をしても全く崩れないエリサが、わずかに姿勢を崩している。
今度は魔力を爆発させ、本来なら攻撃できない姿勢から追撃する。
ーーカンッーー
その攻撃さえ防ぐエリサ。
ただ、エリサからも瞬間的に魔力が弾けるのを感じた。
この世界において、剣の腕と魔力操作は切っても切り離せない。
それはエリサと戦って痛感した。
ただ剣を振るだけだった俺は、魔力の扱いも徹底的に鍛えた。
そのおかげで、今は何とかエリサと戦えている。
「……強くなったね」
とっておきの攻撃を防がれた俺に対して、エリサが感慨深そうにそう話しかける。
「言ってろ」
もう隠していた切り札はなかった。
純粋な剣の腕で挑むしかない。
エリサは強い。
惚れ惚れするほどに。
女性としても。
剣士としても。
エリサほど魅力的な人はいない。
そんなエリサを実力で倒し、そして告白する。
「もう切り札はなさそうだけど、諦めないの?」
エリサの言葉に俺は答える。
「エリサと初めて出会った日から、諦めるっていう選択肢は俺にはない」
俺の言葉を聞いたエリサが微笑む。
「貴方のそういうところ、私は好きよ」
思わずときめいてしまいそうになるエリサの言葉に、俺は強がりを返す。
「そういうところだけじゃなく、全部を好きにさせてやる」
その言葉に、エリサは一瞬驚いた後、今度は大人びた笑みを見せる。
「それじゃあ、私に勝たなきゃね」
俺は頷く。
「ああ、もちろんだ」
もう小細工はない。
魔力爆発で一気に詰め寄り、渾身の一撃を袈裟懸けに繰り出す。
ーーブンッーー
その一撃は無様に空を切り、エリサの木剣が俺の首筋に添えられた。
「くそっ、手加減ないな」
そう言って木剣を下ろす俺に、エリサが悪戯っぽく尋ねる。
「手加減して欲しいの?」
俺の首筋から木剣を外しながらのエリサの問いに、俺は力強く首を横に振る。
「絶対するな」
エリサは頷く。
「でも、本当に強くなった」
俺はエリサの言葉に頷く。
「でもまだまだだ。絶対エリサより強くなってやるからもう少し待ってろ」
俺の言葉にエリサが頷く。
「待ってる。ずっと待ってるから」
エリサの言葉に俺は苦笑する。
「ずっとなんて待たせない。でも、手加減も、訓練に手を抜くのも許さない。本気で強くなった全力のエリサを倒すのが俺の夢なんだ」
エリサは笑う。
「ふふふ。そう簡単には負けないよ」
他愛のない、でも、大切な時間。
……それがずっと続くと思っていた。
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