第48話 村一番の剣士②

「グハッ……」


 エリサの木剣が俺の横っ腹を打ち、思わず呻き声が出る。


「これで、私の三百四十勝ゼロ敗ね」


 エリサの言葉に、俺は言い返せない。


「……いちいち数えるんじゃない」


 それだけ言うのがやっとだった。


「貴方が勝てばいいだけよ」


 エリサは簡単にそう言うが、戦えば戦うほどに、自分が強くなればなるほどに、エリサとの差を痛感した。


 初めてエリサに負けたその日から、俺はさらに死に物狂いで自分を鍛えた。


 今や、村の騎士とでも互角に戦える。


 ……それなのに。


 エリサには全く歯が立たない。


 自分のレベルが上がれば、相手の強さも見えてくるようになる。


 俺が強くなって見えてきたエリサは、化け物だった。


 どれだけ自分が強くなったとしても、勝てるビジョンが見えてこない。


 俺もかなり強くなったはずなのに、高みにいすぎて強さの天井が見えてこない。


「エリサは、何で俺なんかの相手をしてくれるんだ?」


 ずっと抱えてきた疑問だった。


 エリサと俺とでは実力差があり過ぎる。


 俺にとっては非常にありがたい成長の機会だが、エリサには何のメリットもない。


「……教えない。貴方が勝ったら教えてあげる」


 エリサはそう言ってはぐらかす。


「それより、今日もこの後時間ある? お買い物行くから荷物持ちになってよ」


 このところ、勝負の後でこのように誘われることが多かった。


 弱い俺の相手をしてもらっている以上、俺は逆らえない。


「分かった」


 俺の返事を聞いたエリサは笑顔を見せる。






 買い物に向かう途中、俺は横を歩くエリサの横顔を見る。


 人形のように整った顔立ち。


 それは出会った頃と変わらない。


 変わったのは、人間らしい表情を見せるようになったことだ。


 初めの頃は無表情で、それこそ人形のようだった。


 でも今は、他の同年代の女子たちと変わらない表情を見せることも多い。


「どうしたの? 私が綺麗すぎて見惚れてるの?」


 悪戯っぽい顔で俺の目を覗き込むエリサ。


 俺は慌てて目を逸らす。


「な、何でもない」


 それでもしつこく追求してくるエリサ。


「あれ? 照れてるの?」


 図星だった。


 出会った時から綺麗だった少女は、日を追うごとにどんどん綺麗になっていった。


 人形のように整った顔は、表情が現れたことでより魅力的になった。

 華奢で子どもの体は、少しだけ女性らしい丸みを帯びた。


 戦いの時の真剣な顔は、厳しくも美しく。

 普段見せる笑顔は、太陽よりも明るかった。


 エリサは綺麗だ。

 今まで会った誰よりも綺麗だ。


 そばにいるだけで、胸が締め付けられるほどに。

 その姿を見るだけで、眩しさに目が眩んでしまいそうになるほどに。


 いくらエリサが少しずつ成長しているとはいえ、日ごとに綺麗になるなんてことはないだろう。


 だからこれは、俺の心の問題だ。

 俺がエリサをどう見ているかで、見え方が変わってしまっているんだ。


 俺は早歩きでエリサと距離を取る。

 でもエリサは、あっという間に俺に追いつく。


 華奢な体のどこに力があるのか分からないが、忌々しくなるほどにエリサは身体能力も高かった。


 話を逸らすため、そんなエリサに、俺は問いかける。


「そういえばエリサ、この間隣町の金持ちの息子から告白されたらしいな」


 俺が話題を逸らすと、エリサは不機嫌そうな顔を見せる。


「モヤシのこと? それとも豚? どっちにしても、私は私より弱い男を、異性として見ることはないわ」


 エリサの言葉に、俺は自分の胸がチクリとした気がした。


「私は、私の剣を次の世代に伝える義務がある。弱い配偶者じゃそれが難しくなる」


 真剣な目をしてそう話すエリサに、俺は思わず強く問いかけてしまう。


「そ、そんなんでいいのかよ? せっかく自由に結婚相手を選べる王国に住んでるんだ。結婚相手くらい、好きなやつを選べよ」


 俺の言葉に、エリサは大人びた表情を見せる。


「これは、別の誰かに強制されたわけじゃなく、私が自分で決めたこと。でも、強さは最低条件であって、強ければ誰でもいいってわけじゃないわ」


 エリサはそう言うと、じっと俺の顔を見る。


 見慣れているはずのその綺麗な顔を間近で見せられ、俺は自分の心臓の鼓動が早くならのを感じた。


「私のことをよく知っていて。諦めが悪くて。努力家で。面倒見が良くて。みんなに慕われていて。そんな人が私より強かったらな、と思ってるわ」


 エリサの言葉に、俺はそれは俺のことか聞きたくなるのを我慢した。


「エリサ。俺はもっともっと強くなる。俺の方がエリサより強いって証明するために」


 俺の言葉に、エリサは眩しい笑顔を見せる。


「待ってるわ」


 エリサが俺のことをどう思っているかは、深く考えないことにした。


 いずれにしろ、エリサは、俺がエリサより強くならなければ、俺を男としては見ない。


 仮に俺に好意を抱いてくれていたとしても、エリサより弱ければ、恋愛の対象にはならない。


 エリサより強いこと。


 それがエリサと結ばれるための最低条件だ。


 俺は強くなる。


 村一番の剣士になるためじゃない。

 騎士になるためでもない。


 ただ一人の少女に。

 俺のことを男として見てもらうために。


 エリサより強くなるのがどれだけ難しいことかは分かっている。

 一生かけても無理なのかもしれない。


 でも、エリサに振り向いてもらうことは、一生を賭ける価値があることだ。


 見ているだけでも眩しい少女を幸せにするため。

 エリサの横で一生過ごすため。


 俺は強くなる。


 改めて決意し、先に歩き始めたエリサに追いつけるよう、力強く足を踏み出した。

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