第47話 村一番の剣士①
俺の夢は村一番の剣士になることだ。
村には一人だけ騎士が常駐する。
俺が村一番の剣士になって騎士と認められれば、騎士としてこの村を守れる。
俺は生まれ育ったこの村が好きだ。
裕福ではないが、住んでる人はみんなあったかくて親切だし、すごく仲がいい。
そんなみんなを守る騎士。
俺はそんな存在になりたかった。
今の村駐在の騎士はこの村出身だ。
強くてカッコよくて、この村みんなの憧れの存在だ。
村駐在の騎士は、仕事の合間に、村の子どもたちへ剣を教えてくれていた。
「君、筋がいいね。僕より強くなれるよ」
騎士の言葉に、俺は舞い上がるように嬉しくなる。
「俺、将来は騎士さんみたいになる!」
俺の言葉に騎士は頷く。
「君ならなれるよ。その時は僕から国王様に推薦する」
騎士のその言葉で、俺はどれだけでも頑張れた。
俺は勉強も遊びもそっちのけで、毎日のように騎士の元へ通った。
毎日時間の許す限り剣を振り、誰よりも強くなろうと努力した。
気付けば子どもの中では一番強くなった俺は、絶対に村一番の剣士になって、騎士になれると信じていた。
……あの日彼女が村に引っ越してくるまでは。
「……エリサです」
比較的規模が大きいとはいえ、田舎の村に外から人が引っ越してくることは滅多にない。
ましてや、人形のように美しい少女が来ることなど、村の歴史を遡っても初めてかもしれない。
スラリとした体に細い腕。
隣の家に住み始めた、見るからに弱そうな彼女に、俺は悪意なく話しかける。
「お前弱そうだな。一緒に騎士さんに剣を教えてもらおうぜ。そうしたら少しは強くなれるぞ」
父親と一緒に歩いていたエリサに、俺は親切の気持ち半分と、見たこともないほど美しい少女と話したい気持ち半分でそう誘った。
「……興味ないわ」
あっけなく断られた俺は諦めずに誘う。
「いきなりは怖いか? それならまずは俺が教えてやるよ」
そう誘う俺に、エリサはフッと笑う。
「お願いしようかしら」
エリサの言葉に、俺は自分でも舞い上がっているのが分かるくらい嬉しくなる。
「君……」
何か話しかけようとするエリサの父親に、俺は告げる。
「大丈夫! 俺、村でも騎士さんの次に剣が使えるから。初心者に無理させて怪我させたりしないから安心して」
俺はそう言ってエリサを広場へ連れて行く。
広場には騎士と子どもが数人いた。
「この子に剣を教えるから、木剣借りるね」
そう告げる俺に騎士が何か言おうとする。
「剣を教えるって、その子は……」
そんな騎士の言葉は耳に入らず、俺はエリサに剣を渡す。
俺はその時まで気付かなかった。
エリサの手にできた異様なまでの剣だこも。
その身に纏う恐ろしいまでの剣気も。
「持ち方は……」
そうやって教えようとする俺に、エリサは突然手にした木剣を振り下ろしてきた。
ーーブンッーー
俺は咄嗟にその攻撃を躱す。
「へえ。今のを躱すんだ」
突然の攻撃に、俺は声を荒げる。
「お、お前いきなり何するんだ!」
そんな俺の言葉が聞こえているのかいないのか、エリサはノーモーションで突きを繰り出す。
その攻撃も反射神経だけで躱す俺。
「なかなか鍛えられてるようね。人に剣を教えるって言うだけはあるわ」
下手をしたら大怪我をしかねない攻撃。
俺はいきなりそんな攻撃をしてきたエリサに怒りを向ける。
「お前、素人じゃないな」
俺の言葉にエリサが笑う。
「素人だなんて言った覚えはないわ」
俺は木剣を構える。
改めて対峙すると分かった。
エリサの非凡さが。
自然体でいて隙のない構え。
騎士に教わった理想の姿がそこにはあった。
「手加減はしないぞ」
俺の言葉にふふふと笑うエリサ。
「あら、怖い」
俺はそう言いながら、様子を見るべく袈裟懸けに右肩と首の付け根の間へ剣を振り下ろす。
ここなら当たっても致命傷にはならない。
そう判断しての一撃だった。
だが……
ーーカンッーー
乾いた音を立てた俺の木剣は、エリサの剣に巻き取られるように俺の手を離れると、ゆっくりと地面に落ちていく。
「私の勝ち。子どもにしてはそれなりだけど、それじゃ私に剣を教えるには力不足ね」
ーーカランッーー
俺の木剣が地面に落ちるのと同じく、俺の小さなプライドは、地に落ちた。
手も足も出なかった。
騎士と戦ってもここまでの力の差を感じたことはなかった。
それが、今にも折れそうな華奢な少女に完敗した。
「も、もう一回だ!」
彼女に剣を教えるなんてことはもう頭になかった。
見たこともない美少女に少しでもいいところを見せたいという気持ちも霧散した。
ただあったのは、これまで全てを費やしてきた剣で手も足も出なかったという事実を、払拭したいという気持ちだけだった。
そんな俺の必死の声に、エリサは冷たく返事をする。
「私、忙しいの。私より弱い男の子に構ってあげられる時間はないわ」
エリサの言葉に、俺は何も言い返せない。
悔しさが込み上げてくる。
これまでの努力が全く通じなかった事実。
強いと自惚れていた自分。
剣を教えてくれた騎士に対する申し訳なさ。
色々な感情が込み上げてきて、俺は自分の目から涙が溢れてくるのを感じた。
ボロボロと涙を流す情け無い俺に、エリサが告げる。
「一日一回。それが貴方に割ける時間。それでよければ明日からも相手してあげる」
泣き止まない子どもを相手に、仕方なく遊んであげる約束をする大人。
泣かせてしまって申し訳ないなと言う気持ちから与えられる慈悲。
これが俺とエリサの立ち位置だ。
プライドも何もない。
それ以上の力の差が俺とエリサの間にはある。
屈辱的な敗戦。
それでも俺の気持ちは折れなかった。
いつか必ず見返してやる。
涙に濡れた視界の先に見えるエリサは、初めて見た時よりもなぜか美しく見えた。
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