第46話 疑問
「『医師』の称号を持つ神国の人間を狙う。できれば仲間に、できなければ殺す」
グレンの提案に、当初私は反対した。
「お父様を殺し、フローラの国をめちゃくちゃにした人間なんて絶対に仲間にしない。仮に心情を抜きにして仲間にしたとして、いつ裏切るか分からないやつを信用なんてできない」
私の言葉に、フローラも頷く。
「お前がいうことはもっともだ。だが、『医師』は直接手を下したり、欲に任せた行動を取ってはいない。間接的には敵を助けたり、被害を広げるのに力を使ってはいるから、無条件で許すつもりもないが。その罪滅ぼしに俺たちの力になってもらうのはありだと考えている」
私と同じく神国の人間に恨みのあるはずのグレンの言葉を、私は一方的に却下することはできなかった。
「それに、裏切りについては心配ない。エルフの国で使った力もあるし、王国では使用禁止になっている奴隷契約の魔法も俺は使える」
確かに、神国の兵たちを操った力を使えばどうにかなるかもしれない。
相手を絶対服従させるという奴隷契約の魔法でもそうだろう。
でも、私には分からなかった。
なぜグレンは敵を操るような力を使えたのか。
まるであれは、敵が使う『称号』の力のようではないか。
思えば私はグレンのことを何も知らない。
なぜ一つの魔法属性に特化しているはずの魔族であるグレンが他の属性の魔法を使えるのか。
敵の『称号』と同じような不思議な力を使えるのか。
私と同じ疑問を持ったと思われるフローラが質問する。
「『医師』の件は分かったが、妾はそなたのことをよく知らぬ。まずはそなたを信用できるようにしたい。例の妙な力を妾たちに使われても困る」
フローラの言葉に、グレンは少しだけ考えて答える。
「全てを語るには、俺とお前たちの関係はまだ浅過ぎる。少なくとも洗脳の力はお前たちには通用しない。魔力量の差がないと使えないし、精神力が高いやつにも使えないからだ」
フローラの言葉に重ねて、私も口を開く。
「洗脳の力については分かったが、これから戦っていくにあたってグレンの力は知っておきたい。いざという時にどこまで頼っていいのか分からない」
私の言葉に、グレンはため息をつく。
「戦略は俺が考える。俺の力が分からないから戦えないという事態にはならない。その上で、戦術的に俺の力を使わなければならない時には、ちゃんと話す。それで全滅しては意味ないからな」
グレンはそう言ったが、どれだけグレンの戦略が優れていても、不測の事態が起きないとは限らない。
合理的に考えれば、今私たちに話しておいた方がいいのは、グレンも分かっているはずだ。
それこそ、グレンが神でもない限り。
それでもグレンが隠すのはなぜか。
そこまで私には信用がないのだろうか。
確かにグレンの戦略は優れている。
フローラの件も、どこまでがグレンの仕込みなのか分からない。
私が怒って一人離脱したところまでか。
フローラが幻覚で絶望するところまでか。
今回のこともそうだ。
きっと『医師』を翻意させる何かしらの仕込みがあるのだろう。
力も。
その『読み』も。
彼女については謎だらけ。
それでも私がグレンから離れないのは、彼女が神国の人間を恨んでいるのが間違いないからだ。
その真紅の目が、時に紅く、時に仄暗く、神国の人間への感情を映しているのが分かる。
お父様を殺され、心の底から彼らを憎んでいる私と同じか、下手をするとそれ以上に憎しみに満ちた色をしているのが分かる。
だから私は例えグレンに利用されているのだとしても、神国の人間を倒すという共通の目的のために、彼女と共にいることを選んでいた。
「そなたが力を隠したいのは分かった。これ以上強くはいうまい。それではそちらの剣士はどうか? その剣士が尋常でない腕前なのは分かっておる。だが、少なくとも妾が同盟に加わってから、一言も発しておらぬ。これでは信用できるかどうか判断できぬ」
フローラがサーシャさんを見ながらそう言った。
サーシャさんが強いのは間違いない。
私がこれまで見たことのある中で、個人の戦闘においてお父様に一番近い強さを持っているのはサーシャさんだった。
サーシャさんがなぜグレンにだけは忠実なのか。
大した魔力量でもないサーシャさんがなぜここまで強いのか。
確かにサーシャさんについても知らないことだらけだった。
「サーシャについては……隠す理由もないのだが、俺が話すことでもない。サーシャがお前たちに心を開くことがあれば、本人の口から聞けるだろう」
いつもハッキリと言葉を発するグレンが、言葉を濁しながらそう言った。
その様子を見たフローラは、それ以上何も言えなくなる。
「お前たちが、俺のことを心の底から信用しきれないのは分かる。だが、俺の戦略が間違っているかどうかは、今回の『医師』の件も含めて、俺のことを見て判断しろ」
グレンはそう言って話を締めた。
……そして。
グレンはこちらに何の犠牲もなく『医師』を仲間にするべく話を進める。
『医師』梅子が、自ら私たちに力を貸し、神国に戻れなくなるようにした上で。
本人は、グレンに誘導されたなどとは、きっと思わないだろう。
神国の兵たちが灰も残さず燃え尽きた中で、グレンは『医師』梅子へ尋ねる。
「期限はまだだが、答えが出たということでいいか?」
グレンの問いかけに真剣な顔をした『医師』梅子が答える。
「はい。私を貴女たちの仲間にしてください。これまで犯した罪を少しでも償わせていただきたいと思います」
力強くそう答える『医師』梅子は、間違いなく自分で道を選んだと思っているだろう。
「分かった。それではお前に奴隷契約を施す。信頼できると判断できた時には解いてやろう」
グレンの言葉に『医師』梅子が頷く。
「分かりました。ただ、その、卑猥な命令とかはしないでくださいね。私、男性経験もないのに、初めてが女性というのはその……」
『医師』梅子の言葉に、グレンが珍しく狼狽える。
「そ、そんなことはしない。奴隷契約はあくまでお前が裏切らないようにするためだ。お前の元仲間たちのように、私欲のために使ったりはしない」
グレンの言葉に『医師』梅子はほっとした表情を見せる。
「それならよかったです」
そんな『医師』梅子に対し、グレンは自らの牙で右手の人差し指を切り裂くと、『医師』梅子の額へ何やら紋様を描き、聞き取れない言葉で何やら呟く。
「これでお前は俺の奴隷となった」
あまりにも簡単な契約に私は驚いたが、敢えて口にすることでもないので、私は黙っていた。
「これであと一人どうにかすれば、こちらの戦力強化に専念できる。近くに仲間にできそうなやつがいるから、どちらを先にするかはこれから決めるが」
その言葉に、いつも無表情なサーシャさんの目が光った気がしたが、敵か、それともこれから仲間にしようとする人か、どちらかなは何か因縁でもあるのかもしれない。
グレンはサーシャさんをちらりと見た後、街を見渡す。
「だが、このままでは医療崩壊したこの街が立ち行かない。二日で立て直す。『医師』は、この街で回復魔法が使えそうなやつを探せ。見つけたら魔法の使い方を教えてやれ。シスターには俺が、大賢者様の知識に基づく、魔法に頼らない治療方法を教えよう。残りの三人は孤児たちの相手を頼む」
グレンの行動は裏があることが多い。
だから、もしかするとこの街の医療立て直しにも裏があるのかもしれない。
でも、自分がめちゃくちゃにしたこの街の医療を立て直せると聞いた『医師』梅子の顔は嬉しそうだった。
本来の目的を考えると寄り道かもしれないが、助けられる人を見捨てるのは気分が良くない。
私の中のグレンの評価が少しだけ上がった。
次にグレンが狙う人間がどんな奴なのかは分からない。
願わくば、『医師』梅子のように、悪は悪でも救いのある悪であってほしい。
そう思いながら、私は任された仕事をこなすべく、孤児たちの遊び相手に、全力で取り組むことにした。
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