第45話 医者の娘⑤
燃え盛る家の中でグレンさんはフローラさんの方を向く。
「俺はお前の実力をよく分かっていない。どうにかできるか? できないなら俺がやるが」
グレンさんの挑発的な言葉に、フローラさんは頷く。
「当たり前であろう。妾を誰と心得る?」
フローラさんはそう言うと、右手を前に出した。
『ニンリル』
確かどこかの国の神様の名前を呟くと、家を覆っていた炎がフッと消える。
「真空か」
真空中では酸素がなく炎は燃えない。
グレンさんの言葉から察するに、風の魔法で真空の空間を作り出して炎を消したのだろう。
口で言うのは簡単だが、家の中の空気は維持しつつ、家全体を覆うほどの真空空間を作り出すのは、並大抵の魔力量と技術ではない。
「サーシャ。先頭で出ろ」
金髪紅眼の少女がそう指示を出すと、サーシャさんが剣で扉を切り裂き、外へ飛び出す。
その後に続くように花さんも飛び出す。
「お前はその女を守れ」
金髪紅眼の少女はフローラさんの方を向いてそう言うと、自分もゆっくりと外へ出ていった。
「ということだからそなたは妾と共にいるように」
私はフローラさんの言葉に頷きつつ、お願いをする。
「私も外に出ていいですか?」
私の言葉にフローラさんは頷く。
「守りやすさと言う点では、中も外も変わらぬ。だが、外に出るとそなたの仲間が死ぬ様を見ることになるやも知れぬぞ」
フローラさんの言葉に、私は力強く頷く。
「構いません」
私のその様子を見たフローラさんが私の前へ出る。
「妾から離れぬように」
そう言って外へ出ると、私たちの周りは神国の兵で完全に包囲されていた。
「『医師』も出てきたぞ」
「エルフの姫と一緒だ」
「なるほど。既に敵に懐柔されたか」
口々にそう言う神国の兵たち。
元クラスメイトはいなかったが、兵の前の方に並んでいるのは、何度も顔を見たことのある神国の精兵たちだった。
「捕まっているだけなら助けよ。懐柔されているなら殺せとの命令だ」
その中でも一番有力な将がそう告げる。
私が大怪我を治したことのある将だ。
「……『医師』ごと殺せ」
顔見知りからのその言葉に、私はブスリと胸を刺される感覚を覚える。
……そして。
私ごとグレンさんたちを焼き尽くすべく放たれる大規模魔法。
二千年前に存在したとされる大賢者が用いたという恐ろしい魔法。
現代では個人で再現するのは不可能とされるその魔法を、神国は軍として魔力を集約することで使う。
『炎帝(えんてい)』
燃え盛る豪炎と、吹き荒れる強風。
その二つが組み合わさることで巻き起こる火災旋風。
元の世界でも防ぎようのない脅威だった自然現象が、人為的に起こされ、私たちを飲み込もうとする。
「よりにもよって王国人の俺たちに、王国の偉大なる先人である大賢者様の魔法を使うとは……」
グレンさんが怒りに満ちた言葉でそう呟く。
でも、呟いたところでこの危機は覆らない。
このままでは私は、仲間だった人たちに焼かれて死ぬ。
さながら魔女裁判で魔女を焼く炎に焼かれるように。
私は殺される。
本当に裏切ったのかどうか確認されることもなく。
疑わしきは罰せよ、とばかりに。
これまで散々尽くしてきたのに。
やりたくもない仕事をこなしてきたのに。
人を助けるための力を。
人を傷つけるために使ってきたのに。
私を絶望が襲う。
そして、絶望が怒りに変わる。
相手が私を切り捨てるなら。
私も裏切ってやる。
傾きかけていた心が一気に傾く。
「グレンさん」
私の呼びかけにグレンさんが答える。
「何だ?」
そう尋ねてくるグレンさんは私は答える。
「あの魔法、火災旋風から逃れる術はありません。どうやって凌ぐつもりですか?」
私の問いにグレンさんが答える。
「凌ぐ方法はいくつかある。だが、何か考えがあるならお前の話を聞かせてみろ」
私は頷く。
「私は、怪我や病気だけでなく、直接触れた人の魔力も回復させられます。このことは、仲間……神国の人間たちにも話してません。魔法障壁を張れば、先にあちらの魔力が尽きるでしょう」
私の言葉に、グレンさんが頷く。
「分かった。サーシャ。それに残りの二人も俺のところへ来い」
グレンさんがそう言うと、三人がグレンさんと私の元へ集まる。
「俺が魔法障壁を張る。お前は俺の魔力を回復し続けろ。残りの三人は待機だ」
グレンさんの言葉に、私自身が驚く。
「私を信じていただけるんですか?」
グレンさんは答える。
「俺はサーシャ以外の人間のことは信じない。だが、お前が自分の行いを反省し、神国の人間どもに怒りを感じているのは分かる。お前を信じてはいないが、お前の行動は信じられる」
私のことを信じられないのは当然だ。
自分の大切な人を殺し、国を滅ぼし、世界を荒らしてきた敵の一員を、すぐに信用すると言われる方がおかしい。
そうであれば、まずは行動で示す。
グレンさんが私たち全員を囲うように魔法障壁を張る。
私は、魔法障壁を張るグレンさんの手を握った。
ーーゴーッッーー
吹き荒れる炎の嵐を前に、グレンさんの魔法障壁はビクともしない。
でも、かなりの勢いで魔力が消費されていくのが分かる。
私は、そんなグレンさんの魔力をリアルタイムで回復していく。
魔法障壁の外は、一面真っ赤に燃える炎の嵐だ。
グレンさんの魔力障壁が消えた瞬間、私たちは、灰すら残さずに燃え尽きるだろう。
ただ、いくら軍で運用しているとはいえ、これだけの魔法をいつまでも維持できるわけはない。
一方で、私の力はまだまだ尽きない。
この調子ならあと数時間は保つ。
しばらくして、弱まっていく炎。
完全に鎮火した後に残るのは、無傷の私たちだった。
「ば、馬鹿な……」
そう呟く神国の将。
そんな神国の将へ追い打ちをかけるように、グレンさんが口を開く。
「よくも我が国の偉大な先人の魔法をいいように使ってくれたな」
そう言ってフローラさんの方を向くグレンさん。
「おい。お前は風の魔法を使うようだが、竜巻や嵐は起こせるか?」
グレンさんの言葉にフローラさんが頷く。
「もちろん。規模は?」
尋ねるフローラさんに答えるグレンさん。
「敵を覆い尽くす程度でいい。あまりに大きいとこの街がなくなるからな」
グレンさんの言葉に頷くフローラさん。
「心得た」
右手を前に出すフローラさん。
『イシュクル』
元の世界の神の名を呟くフローラさんにより、周囲に強風が吹き荒れ、次第に渦となっていく。
「この魔法の、元々の使い方はこうだ」
そう言いながら右手を前に出すグレンさんは、神国の将と全く同じ魔法の名前を呟く。
『炎帝』
グレンさんの放つ炎が、フローラさんの放つ竜巻と一体となり、この場に再度火災旋風が吹き荒れる。
今度は私たちではなく、神国の兵を襲う脅威となって。
「俺たちは防げたが、お前たちはどうかな?」
そう言って炎の嵐越しに神国の兵たちの方を向くグレンさんの横顔には、歪んだ笑みが張り付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます