第44話 医者の娘④

 金髪紅眼の少女の言葉を全く理解できない私に、少女は説明してくれる。


「お前は、邪神教の教会の役目を知っているか?」


 私は頷く。


「女神様の信仰を広めること。困っている人の相談に乗ること。懺悔を聞くこと。孤児のお世話をすること。簡単な病気や怪我を治すこと。私が知ってるのはそのくらいです」


 その言葉に、金髪紅眼の少女は頷く。


「お前はそのうちの病気や怪我を治す仕事を奪った」


 その言葉に私は反論する。


「た、確かにそうかもしれないけど、教会ではお金を取る。私は街の人のためにそれを無償でやってあげただけ」


 そう答える私を、金髪紅眼の少女は睨む。


「それが原因だ。そのせいでこの人たちは苦しんでいる」


 金髪紅眼の少女の言葉を聞いた私は、それでもまだ分からない。


「どうして? お金を払わずに病院や怪我が治るのはいいことなはず」


 金髪紅眼の少女は言葉を続ける。


「この教会の収入は怪我や病気を治すことで得られるものだけだ。寄付は神国の奴らが戦争のために全て巻き上げるからな。その少ない収入で、この教会では孤児を養っていた。戦争のせいで増え続ける孤児をな」


 金髪紅眼の少女の言葉に、私はハッとする。


「戦う力のない、祈ることと病気や怪我を治すことしか知らない女にできる仕事は限られる。その結果、やむなく身体を売ったのがこの人たちだ。自分たちだけなら我慢できるが、子どもたちを養うためにな」


 金髪紅眼の少女は、私の目をまっすぐに見る。


「それでもお前は何も責任がないと言うのか? 寄付金を巻き上げる神国の一員で、彼女たちの仕事を奪ったお前が」


 私は何とか答える。


「わ、私は知らなかっただけ。私がやってることが迷惑ならやめます!」


 私の言葉に、金髪紅眼の少女は冷たい目を向ける。


「無知なら仕方ないと言うのか、お前は? 無知は悪だ。特に力を持つ者の無知は。その結果が、この人たちだ。それに、知らなかったからやめる? やめても取り戻しはつかない。邪神の回復魔法は、処女じゃなくなった途端に効力が薄れる。この人たちはもう、まともな魔法は使えない。この教会は、俺たちの支援がない限り、シスターたちが欲に塗れた豚たちに抱かれることでしか成り立たない」


 金髪紅眼の少女の言葉に、私は絶望する。


「もう一度選択肢を与える。お前にできる贖罪は、死ぬことか、俺の奴隷となってもう今回のような被害者を出さないようにすることだ。お前の力は、俺が正しく使ってやる」


 考える私に、私が病気を治した女性が口を開く。


「女神様の教えは間違っていた。亜人は悪だと言われていたが、この人たちは女神様を信じる私たちにも良くしてくれた。神国のようにお金を巻き上げたりもしない。この人たちのことを悪く言う神が、正しい神であるわけがない。敵だったはずの私たちに、これほどの慈悲を与えてくださるこの人たちなら、貴女の力もきっと正しく使ってくれるはず」


 彼女の言葉に、私は答えが出せない。


 死ぬのは嫌だ。


 でも、だからといって会ったばかりのよく分からない人たちに力を渡すのも違うと思う。


「少しだけ……。少しだけ考える時間をいただけませんか?」


 私の言葉に、金髪紅眼の少女は頷く。


「明日まで待つ。それまでに答えを出せ」


 私が頷くと、金髪紅眼の少女は、シスター風の女性へ小さな袋を渡す。


 袋の中を見た女性が驚く。


「こ、こんなにいただけません!」


 その言葉を無視し、差し戻された小さな袋を手で拒絶すると、金髪紅眼の少女はシスター風の女性へ微笑みかける。


「神国を敵に回せば苦労も増えるだろう。困ったことがあれば俺たちを頼ってくれ」


 深々と頭を下げるシスター風の女性たちへ袋を無理やり渡し、ひらひらと後ろ手に手を振ると、金髪紅眼の少女は、子どもたちと遊ぶ長耳の絶世の美女とツノの生えた亜人の女性へ告げる。


「帰るぞ! 子守に転職したいなら止めないが」


 金髪紅眼の少女の言葉に、子どもちに服の裾を引っ張られながら戻って来る二人。


「殺すことにしたのか?」


 虫でも見るような目で私を見ながらそう尋ねるツノの生えた亜人の女性。


「明日までに決める。それまでは勝手に殺すなよ」


 ツノの生えた亜人の女性は言い返す。


「人を誰でも簡単に殺す、神国の人間のような野蛮人と一緒にするな」


 それに対し、金髪紅眼の少女は答える。


「そういうセリフは、一度も命令違反を犯したたことがない奴が吐くものだ」


 少女の言葉を聞いた女性はそっぽを向く。


「貴女たちはどのような関係なのですか?」


 私の問いかけに金髪紅眼の少女が答える。


「俺はお前たちが滅ぼした王国の王太子の婚約者。この鬼はお前たちに殺された鬼神の娘。このエルフはお前たちに侵略されたエルフの国の王女。サーシャもお前たちに大事な人を殺された被害者だ。簡単に言うと、お前たちに虐げられている民を解放し、お前たちに復讐するための同盟だ」


 推測していたことではあるが、紅眼の少女の言葉に、私は暗い気持ちになる。


 私は、私の元クラスメイトたちがやってきたことを全部ではないが知っている。


 そして、直接的ではないが、間接的に私がその支援をしていたことは間違いない。


 この人たちにとって私は敵。

 この人たちにとって私は悪。


 それでも感情的に虐待したり殺したりしてこないこの人たちは、女神様が言う通り本当に悪なのだろうか。

 女神様の信者だった教会の人たちへ優しく手を差し伸べる彼女たちは、本当に滅ぼすべき種族なのだろうか。


 どう考えても悪いのは私たちだ。


 どこかで自分は悪くないと思い込もうとしていた。


 直接手を下してないから。


 でも、私が手を貸さなければ、被害はもっと少なかったのではないか。

 私が声を上げれば、おかしいと思う人も出てきたのではないか。


 我が身可愛さに。

 そして、手に入れた力を元の世界に持ち帰りたいと言う欲のために。


 私は間接的に、この世界の人々を虐げるのに手を貸した。


 そして、その罪滅ぼしをしているつもりで。


 この町の医療と保護体制を崩壊させた。


 清廉だったシスターたちに体を売らせ、尊いはずのその行為を汚いとさえ思ってしまった。


 汚いのはどっちだ?

 体は綺麗でも、中身が腐った私の方が綺麗だなどと言えるのか?






 先程私が縛られていた家に戻ると、鬼の女性が私に話しかけて来る。


「私は花。グレンのやつが言った通り、鬼神の娘だ。お前の名前は?」


 私は大柄で体の引き締まった鬼の女性の言葉に緊張してしまう。


「わ、私は梅子です」


 とっさに元の世界の名前を名乗ってしまう私。


 古臭くて好きになれなかった自分の名前。

 過去の偉人からつけられたものだと分かっていても、もっと今時の名前が良かった。


「いい名前だな。私のお母様の名前は桜だった。桜も梅も綺麗な花だ。正直、お前たち神国の人間は殺しても殺したりないくらいに憎いが、お前が心を入れ替えてこの世界のために尽くすなら、名前に免じて水に流してやってもいい」


 生まれて初めて、いや生まれ変わってからも含めて初めて、私はこの名前で良かったと感じた。


 そんな私と花さんの様子を見ていたエルフの王女が口を開く。


「妾も神国の人間は信用できぬ。だが、先ほどのような治癒の力は魔力量の豊富なエルフですら持っておらぬのも事実。奴隷としてグレンに忠誠を誓うというのなら、妾もお主のことを許そうぞ」


 そう告げたエルフの女王に、花さんがツッコミを入れる。


「フローラさ。私以外に対してだとその偉そうな口調になって見栄はるのやめたら? 精神年齢も行動も私とそんなに変わらないのに」


 花さんの言葉にフローラさんが顔を真っ赤にする。


「私には王族としての、次期王としての威厳があるの! 花が特別なだけなんだから!」


 そう言って顔を真っ赤にするフローラさん。


「おい、お前たち。まだ仲間にもなっていない神国の人間に恥を晒すな。お前たちのせいで、仲間になるより死を選んだら、お前たちにもそれなりの罰を与えるからな」


 そう嗜めるグレンさんの言葉に、花さんが愚痴を言う。


「くそっ。対等だとか言っておきながらいつも偉そうに。梅子も明日とか言わずにさっさと仲間になれ。そうすればこいつにもものを言ってやれるようになるぞ」


 私はそんな彼女たちを見て思う。


 神国への復讐のために集まっていると言いながら、普段の彼女たちは、私たち人間と変わらない。


 そんな彼女たちを勝手に悪だと断じて一方的に攻撃した私たち。


 彼女たちのことを知ろうともせずに、女神様の命じるまま、彼女たちの仲間を謀殺し、虐殺し、陵辱する元クラスメイトたち。

 そして、それを止めようともしない私。


 彼女たちの仲間になるということは、今度は元クラスメイトたちを殺す手助けをすることになる。


 でも、彼らは元の世界なら到底許されないような犯罪を犯した。

 こちらの世界の人たちも、亜人と言われる人たちも、私たちと変わらない人ならば。


 犯罪者には罪を与えるべきだ。


 それは私も同じ。


 今にして思えば、いじめを見過ごした私もいじめた人たちと同罪だ。

 この世界で罪を犯す元クラスメイトたちを見逃したのも同じだ。


 元クラスメイトを。

 よく知る人たちを殺す手伝いをするのは、私への罰なのではないだろうか。


 私は決心し、口を開こうとする。


 その時だった。


ーーゴウッーー


 突然家が燃え上がる。


 驚く私を尻目に、グレンさんが冷静に呟く。


「来たか」

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