第43話 医者の娘③

ーーザバッーー


 頭から水をかけられて意識を取り戻した時、私は診療所の椅子に座らされていた。


 後ろ手に縛られ、体を縄で椅子に固定された状態で。


 特殊な縄なのか、魔力を込めて引きちぎろうとしてもびくともしない。


 私は気を失う前の記憶を呼び起こす。


 私を失神させたのは、鍛えられた体の亜人の少女だった。

 辺りを見渡すと、私は個室に閉じ込められていて、周りには四人の女性がいた。


 目の前にいるのは牙のような八重歯の生えた、金髪紅眼で人形のように美しい少女。

 私を真っ直ぐに見つめるその瞳は燃えるように紅く、思わず目を逸らしてしまう。


 その後ろに立つのは私を気絶させたツノの生えた亜人。

 女性にしてはかなり大柄な体だが、かなり引き締まっていて、元の世界なら美人アスリートといったところだ。


 その隣に立つのは耳の長い絶世の美女。

 スタイルのスーパーモデルのようで、美しさだけなら女神様以上に感じられる。


 一番後ろの出入り口の横で腕組みをしているのは細身の女性。

 四人の中で一番魔力を感じなかったが、その身に纏う気配は鋭く、離れているのに一番恐ろしかった。


 周りを見渡す私をじっと見ていた金髪紅眼の少女が口を開く。


「……お前、神国の邪神の使いだな?」


 邪神?

 女神様のことだろうか?


「えっと……」


 私が頭の中で疑問符を浮かべていると、金髪紅眼の少女が言葉を続ける。


「喋らないならいい。サーシャ」


 金髪紅眼の少女がそう口を開くと、一番後ろにいた細身の女性がゆっくりと歩いてくる。

 私の目の前につくと、サーシャと呼ばれた細身の女性が剣を抜く。


 殺される!


 そう思った私は目を瞑る。


 でも、細身の女性は私の後ろにまわると、私の手を縛っていた縄を斬る。


 両手が解放された私は、目を開き、お礼の言葉を口にしようとして、恐怖のあまり固まる。


 細身の女性は、再び私の正面に来ると、私に向かって剣を振り下ろそうとしていたからだ。


 手だけは解放されたが、体は縄で固定されて相変わらず動かない。


「あっ……」


 悲鳴を上げる暇もなく、剣が振り下ろされ、私の左腕が切り落とされた。


ーーブシャッーー


 さっきまで腕が生えていた場所から噴き出す血。


 失血性ショックで気を失いそうになった私は、すぐに右手を傷口へかざす。


 もちろん一般の魔法では間に合わない。


 朦朧とする意識で称号の力を使う。


 右手が光り、なくなった腕があっという間に復元される。


 魔力の量をセーブする余裕はなかった。

 確実に治せるだけの魔力を一気に注いだ結果、一瞬で復元される腕。


 まるで切断された事実などなかったかのように。


 ただ、地面に飛散した大量の血と、さっきまで私から生えていた私の左腕が、つい今し方私の腕が切り落とされたことを証明する。


 我ながら奇跡としか思えない現象を前に、驚きの表情を隠せないツノの生えた亜人と耳の長い絶世の美女。


 ただ、私の腕を斬った細身の女性は表情を全く崩さず、金髪紅眼の少女はニヤリと笑った。


「予想以上だな、『医師』の力は」


 金髪紅眼の少女の言葉に、私は身構える。


「ど、どうして知ってるんですか?」


 私が怪我を治せることは周りに聞けばすぐに分かるだろう。


 でも、称号のことは街の人は知らない。

 神国の人たちが簡単に漏らすとは思えない。


 私がそう言うと、金髪紅眼の少女は、私の胸ぐらを掴む。


「お前たち邪神の使いたちは、俺が根絶やしにするからだ。流石に全部は分からないが、主だった称号の力は把握している」


 金髪紅眼の少女は、手を離すと、冷たい目で私を見下ろす。


「俺は、仕える主君と、愛する婚約者を無惨に殺したお前たちを許さない」


 金髪紅眼の少女はそう言うと、私の目を見る。


「お前には選択肢が二つある。ここで殺されるか、俺の奴隷としてその力をお前の仲間たちを殺すために役立てるか、だ」


 私は金髪紅眼の少女の言葉に反論する。


「わ、私は何もしてない! 戦う力はないし、虐待も強奪も、無理やりえ、エッチなことだってしてない。それどころか、この街の人たちの怪我を治してあげてる。私は悪くない!」


 私の主張を聞いた金髪紅眼の少女の瞳に怒りの色が浮かぶ。


「……何も?」


 金髪紅眼の少女は私を睨みつける。


「お前たちの仲間に壊された女性たちを無理やり回復させて、完全に壊れるまで玩具にする手伝いをしたことも、何でもないと?」


 私は慌てる。


「た、確かにそれは間接的に悪かったと思ってます。だからこの街では罪滅ぼしに……」


ーーバキッーー


 そう言葉を続けようとした私の頬に、金髪紅眼の少女の拳がめり込む。


 元の世界ではもちろん、こちらの世界でも暴力など振るわれたことはない。

 顔をグーで殴られるなんてもちろん初めての経験だ。


 あまりの痛みに、私は自由になった右手で、殴られた頬の痛みを癒す。


「な、何をするんですか!」


 講義の声を上げる私に、それ以上の不快感を持って金髪紅眼の少女が私を怒鳴りつける。


「何が罪滅ぼしだ! この街の医療と保護体制を崩壊させておいてよくそんなことを言えるな?」


 私は金髪紅眼の少女の言葉の意味が分からない。


「何を言ってるんですか? 私は、この街の人々の怪我も病気も無償で治してます。医療に関しては、この街のためになっているはずです」


 私の言葉に、金髪紅眼の少女は、呆れた顔を見せる。


「誤魔化しではなく、本気で言っているなら、あまりの無知に吐き気がする」


 金髪紅眼の少女は吐き捨てるようにそう言うと、細身の女性の方を向く。


「サーシャ。こいつの縄を切ってくれ」


 金髪紅眼の少女にそう指示された細身の女性は、手にした剣で私の縄を切る。


「逃げたら殺す。反抗するそぶりを見せても殺す」


 金髪紅眼の少女は、殺気のこもった目でそう言うと、私に背中を見せる。


「……ついてこい」


 そう言われた私には、反論する権利はないので、仕方なく頷く。







 四人の女性に囲まれながら歩いて着いた先は、小さな教会のようなところだった。


「お姉ちゃんたちだ!」


 着くなり群がってくる小さな子どもたち。

 食事が足りていないのか、みんなが痩せ細っていた。


 そんな子どもたちの頭を優しく撫でる金髪紅眼の少女。


 細身の女性は無表情のままだが、長耳の絶世の美女も、ツノの生えた亜人も、笑顔で子どもたちと接している。


 私はなぜここに連れてこられたのか分からない。


 しばらくすると、シスターのような格好をした女性が三人歩いてきた。


 皆ひどくやつれていたが、私はそのうちの一人と目が合う。


「あっ……」


 その顔には見覚えがあった。


 梅毒に感染し、私が治した女性だった。


 その女性は私の方へ近づいて来ると、嫌悪感を隠せない目で私を見る。


「病気を治してもらったことには礼を言います。でも、ここは貴女が来ていい場所じゃない。帰ってください」


 治してあげた時もそうだったが、今日もあまりの言い様に、私は立場も忘れカチンと来る。


「な、何でそんなことを言うんですか? 私はただ、貴女のために病気を治してあげただけなのに。それに、貴女たちは女神様の信徒ですよね? それが、体を売り、味んと仲良くするなんて、どう言うことなんですか?」


 その言葉に、明らかに怒りの表情を見せる女性。

 あまりの剣幕に怯む私。

 そんな私を見かねたのか、金髪紅眼の少女が間へ入ってくれる。


「その問いには俺が答えてやる。ここの子どもたちが、飢えて痩せ細っているのも、ここの女性たちが体を売らなくてはならなくなったのも、全てお前のせいだからだ」


 私は、全く理解できない言葉に、言葉を失ってしまった。

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