第41話 医者の娘①
私の家は医者の家系だった。
お父さんも医者。
お爺ちゃんも医者。
お母さんは専業主婦だけど、お母さん方のお爺ちゃんも医者。
お兄ちゃんはまだ学生たけど、東京の誰もが知る国立大学の医学部に通ってる。
当然私も医者になるよう、小さな頃から英才教育を受けていた。
勉強は辛いし、友達と遊びたい気持ちがなかったわけではない。
でも、医者になれなくて、家族から失望されるのが、何より怖かった。
勉強のし過ぎで目は悪くなった。
付き合いが悪くて、オシャレに気も使わないから、異性には全くモテない。
でも、勉強ができなくて医者になれないよりはよっぽどいい。
学校でも、目立たず隠れるように勉強ばかりをしていた。
進学校の割に治安がいいとは言えないクラス。
カネや地位に物を言わせて入学した輩が一定数いたからだ。
それも私には関係ない。
そんな奴らと関わって成績が落ちたら大変だ。
正直、底辺私立医大なら受かるくらいの学力は今でもある。
でも、家族を失望させないためにもそんな大学は受けられない。
それに、立派な医者になろうと思えば出身大学も重要だ。
その後のつながりを考えると、底辺大学になんて入るわけにはいかない。
奴らのイジメのターゲットになっている子もいたが、私は関わらない。
万が一にも自分に飛び火したら、勉強どころではなく成績が落ちる。
私は医者になって多くの人を救わなければならない。
いじめられている子には悪いが、私が医者になれないことで救われなくなる命を思うと、無理はできなかった。
最大多数の幸福を考えるのは恵まれた者の使命だ。
一人のいじめられっ子のために、これから救われるはずの多くの人を犠牲にはできない。
虚な目で私を見るいじめられっ子と目が合ったこともある。
その時、私はすぐに目を逸らした。
あなたの分まで多くの人を救ってみせるから。
私は心の中でそう呟いて、勉強を続けた。
成績は順調に伸びていた。
兄と同じ大学の医学部の合格圏内に迫るだけの成績を残せていた。
交友関係も青春も全てを犠牲にして得た学力。
この調子で頑張り続け、受験本番で体調を崩さないようにする。
それで私は自分の目的を達成できると思っていた。
それなのに……
私は、異世界転生に巻き込まれた。
クラスのメンバーと先生、それ以外にも学校関係者や一部の周辺の人たちと、見知らぬ世界に飛ばされ、別の人間として生まれ変わった。
生まれ変わる前に白い空間へ集められた私たちは、女神のような格好をした女性から説明を受けた。
「この世界は、邪悪な魔王の血を継ぐ者たちと、その者たちを信奉する穢れた亜人たちに支配されています。皆さんにはこの世界を救っていただきたいのです」
そんな暇はない。
私は勉強して医者になり、多くの人を救わなければならない。
「そのために皆さんには、皆さんに相応しい、称号という名の特別な力をお渡ししました。例えばそちらの方」
女神のような格好をした女性は、私に手を向ける。
「貴女の称号は『医師』です。魔力を消費することで、あらゆる病や怪我を治すことができます」
女神の格好をした女の言葉に、私は思わずピクリと反応してしまう。
なんて素晴らしい力なんだろう。
その後の女神様の説明では、この力は元の世界での本人によるものだという。
そして、魔王を倒し、亜人を滅ぼせば、元の世界にも戻れるし、願いをなんでも一つ叶えてくれるという。
この称号の力を元の世界へも持って帰れれば。
私は世界一の名医になれる。
私の能力的に、積極的に敵を倒すことはできない。
でも、どんな怪我でも治せるというのは、戦闘ではこれ以上ないサポーターになれるはずだ。
さっさと魔王を倒して亜人を滅ぼし、元の世界へ帰ろう。
異世界に来た始めの頃はそう思っていた。
裕福な家庭の子供として転生し、この世界の魔法と医学の知識を学んだ私は、称号の力なしでも、十分な医療知識を身につけた。
でも……
「これ、遊んでたら壊れたから直しといて」
「こっちも頼む。ついでに処女膜も復活させといてね」
ーードサッ、ドサッーー
そう言って私の前に投げ捨てられるように置かれたのは、四肢を失った猫の獣人の女性と、肛門と膣から血を流すエルフの女性。
私はあまりに悲惨な光景に吐き気を催す。
「おいおい。さっさとしないと死んじまうだろ。こいつは俺のお気に入りの玩具なんだ。まあ……」
元クラスメイトの一人はそう言うと私の肩に手を回す。
「お前が代わりをしてくれるならいいけどな。お前だったら壊れても自分で直せるし」
私には戦う力がない。
言うことを聞かなければ酷い目に遭うのは私だ。
私は元クラスメイトの手を振り払うと、右手で四肢を無くした猫の獣人に触れる。
私の称号の力は強力だが万能ではない。
四肢欠損という大怪我を治すためには、かなりの量の魔力を持っていかれるし、死んだ人を蘇らせるようなこともできない。
ただ、猫の獣人の女性はまだ息があったので、どうにか治すことができるだろう。
私の右手が光り、猫の獣人の失われた手足がゆっくりと形成されていく。
奇跡としか呼べない力。
元の世界へこの力を持ち帰りたい。
私は、その一心で、鬼畜の所業を繰り返すクラスメイトに痛めつけられた女性たちを治していた。
痛みなのか、出血なのか、それ以外の理由なのかで気を失っていた猫の獣人の女性は、生えてきた手足を見て絶望する。
「い、嫌だ! 死なせてよ! もう耐えられない!」
そう叫ぶ猫の獣人の尻尾を掴み、元クラスメイトが告げる。
「耐久力だけが取り柄の獣が何言ってるんだ? ご主人様が誰かまだまだ体に教え込まなきゃならないな」
恨みがましい目で私を見つめる猫の獣人から、私は目を背けた。
私の仕事は人の命を助けること。
助けた後、酷い目に遭うのから助けるのは、医者の領分じゃない。
そう自分に言い聞かせながら、次の患者へ右手を向ける。
そう。
私は医者であって神でもなければ救世主でもない。
目の前の病人や怪我人を助けるだけ。
それだけの人間なんだ。
しばらく経って、魔王が倒されたとの話が入ってきた。
あとは数年かけて、亜人たちを根絶やしにするだけだという。
私は歓喜し、すぐにクラスメイトたちから距離を置いた。
これまでは魔王を倒すための過剰なストレスを発散するための息抜きだから仕方ないと自分に言い聞かせていたが、もうこれ以上彼らの性犯罪のサポートなどやりたくなかった。
地方の街へ引っ越し、その街で怪我や病気で人を助けることにした。
これまで本当の意味で救うことのできなかったこの世界の人たちへの贖罪の意味でも、私は無償で人々を救うことにした。
……それが正義であると心の底から信じて。
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