第40話 旅立ち
エルフの国は滅亡一歩手前で救われた。
友人である花と、彼女の仲間で亡き王国の王太子の婚約者であるという金髪紅眼の魔族グレンのおかげで。
国を乱した罪で父は退位。
操られていたとはいえ、力がないのも罪だということで、死をもって償うと頑なに主張する父に、死は逃げだと説得してくれたのは花。
神国の人間によってお父様を喪ったという花には、思うところがあったのであろう。
王族としては失格かもしれないが、娘としては父が死なずに済んだのは素直にホッとした。
戦場の場以外でも、花には助けられてばかりだ。
母の不貞も、敵の称号の力であるのは間違いないので、しこりは残るかもしれないが、いつか戻ってきてくれると思いたい。
私に想いを抱いていたギルノールは護衛を解雇。
彼の想いに早くから気付き、もっとうまく感情の整理をつけてあげられなかったのは私の責任でもある。
でも、彼の思いには応えられないし、私と天秤にかけて国を売った彼の行為は許されるものではない。
ただし、神国の誘導もあったことではあるので、極刑ではなく、懲役で償うこととなった。
滅亡は免れたとはいえ、国の被害は甚大だ。
まだ正式決定ではないが、次の国王はおそらく私ということになり、国の立て直しを図らなければならない。
ダークエルフたちは、神国の人間の力で貞操を奪われ、肌の色が変わったことに絶望している。
そんな彼ら、彼女らの心をケアし、社会復帰できるようにしなければならない。
この数年、神国に頼っていた経済体制の再構築も必須だ。
都市を放棄し、森での生活に戻るには、たった数年ではあるが、今の暮らしに慣れ過ぎていた。
そして、今後想定される神国からの攻撃に対する備え。
称号の力の強力さは今回身をもって実感した。
今のままの備えでは、次に攻められた時に滅びるのは明白だ。
私にそれらができるかは分からない。
でも、私がやらなければ他にやれる人はいない。
長老は私を支えてくれるだろう。
エルノールも頼りになる。
まともに戻った父も陰ながら助けてくれるだろう。
みんなと一緒に頑張っていくしかない。
そう。
それしかないんだ。
ーーコンコンーー
私の部屋の扉を誰かがノックする。
「どうぞ」
私がそう答えると、扉の向こうから現れたのは花だった。
その姿を見た瞬間、私の胸が変な感触に包まれる。
嬉しいような切ないような、自分でもよく分からない感情が押し寄せる。
「今日この国を立つことになった」
花の言葉に、今度は明確に寂しい気持ちでいっぱいになる。
初めてできた友達。
窮地を救ってくれた恩人。
私はこの強く美しい鬼ともっと一緒にいたかった。
「そうなんだ……」
私にはそれ以上の言葉を返すことができなかった。
花たちは、今回私たちの国を侵略しようとした神国の人間たちを倒そうとしている。
それは非常に大事なことだ。
私たちのような国をこれ以上増やさないためにも。
私たちの国が再び襲われないようにするためにも。
犠牲になった人たちの無念を晴らすためにも。
それでも私は思わずにはいられない。
花にこの国に残ってもらい、一緒に国を支えてもらえないかと。
そんな話、花が絶対に受け入れないのは分かってる。
大局的に考えても、花は神国の人間と戦った方がいいのも分かってる。
単なる私の我儘に過ぎないことは分かってる。
それでも。
それでも一緒にいて欲しいと思うほどに、私の中で花の存在は大きくなり過ぎていた。
陵辱されそうになるのを助けてもらった時から。
……もしくは、初めて出会った時から。
私は花に惹かれていたのかもしれない。
花を引き留められないのなら。
私自身がついて行くのはどうか。
そう考えてしまうほどには私は花に惹かれていた。
ただ、私は王族だ。
私の命は私のものだけではない。
王族である私には、自分で自分のことを決める権利はない。
全ては国民のため。
国民の安寧と幸せのために、この身を捧げなければならない。
それが王族としての責務だ。
私は花に別れを告げようとして、花の目を見た。
美しく力強い瞳に、私は次の言葉を発するのが怖くなる。
別れを告げたらもう会えなくなるかもしれない。
それでも、私は告げなくてはならない。
そうやってなんとか言葉を振り絞ろうとする私に、花が告げる。
「フローラも一緒に来ない?」
あまりにも魅力的な提案。
願ってもない言葉。
でも、だからこそ私は言葉を発することができる。
「……それは無理。私が離れたらこの国は立ち行かなくなる。私……妾は、王族である。この身は、血の一滴にあたるまで、国のために捧げねばならぬ」
私は、訣別の思いで花へそう告げた。
でも、私の言葉を聞いた花は、頷きはせずに、真面目な顔で私の目を見る。
「国に残って、傷付いた国民の気持ちを宥めるのは大事。今後のことを考えるのも大事。……でも、それだけじゃダメ」
そう告げる花の目が憎悪に燃える。
「あいつらがいる限り、何も解決しない。お父様を殺し、村人たちを虐殺したあいつらを根絶やしにしない限り、平穏は訪れない。初めは復讐したい気持ちに、私の心は支配されていた。でも、今はそれだけじゃない」
花は力強い目で私を見る。
「あいつらがいる限り、犠牲者は増える。私の仲間たちのように命を奪われ、この国のエルフたちのように尊厳を奪われる。邪神の加護である称号という反則的な力で、欲望のままにこの世界を蝕むあいつらを根絶やしにしない限り、私たちに平穏は来ない」
花は私に右手を差し出す。
「一緒に戦おう。この国の立て直しならグレンがどうにかしてくれる。敵は得体の知れない力を使う。命を落とす危険も高い。それでも、フローラが共に戦ってくれるなら、これ以上心強いことはない」
花は真剣な目で私を見る。
「一緒に戦ってくれるなら、この手を取って」
私は考える。
王族としての一番の責務。
それは国を守ることだ。
それをなすために神国の人間たちを倒すのが必要なことなら、私はそれをなさねばならない。
国に残り、国民の気持ちを慰撫することと、国を離れ国の敵を倒すこと。
どちらの方が重要なのかは分からない。
でも、国が滅びてしまえば、国民の気持ちも何もない。
私は花と共に戦うことを選びたかった。
ただ、その気持ちが、国のためを思ってなのか、それとも、ただ自分が花と一緒にいたいからなのか分からなかった。
「少しだけ時間が欲しい」
私の言葉に花が頷く。
「昼には出る。それまでに答えを聞かせて」
私は頷く。
「分かった」
花が部屋を出た後、私も部屋を出て街へ出る。
エルノールは国の軍の立て直しに奔走しており、ギルノールは牢の中。
一応他の警護はついていたが、城を抜け出すのはかつてよりはるかに簡単だった。
窓を飛び降り、街へ駆ける私を止められるものはいなかった。
街はいつもと変わらないように見えた。
人間を一人も見かけなくなった以外は。
街ゆく人の中には一定の割合でダークエルフが混ざっている。
私が守れず、貞操を失った者たち。
私は、彼ら、彼女らに顔向けできない。
目をそらそうとする私に、ダークエルフの一人が声をかけてくる。
「姫様! いや、もう女王様かな……」
そう声をかけるのは、かつて魔物に襲われそうなところを助けたことのある女性だった。
「いや、まだ即位していないから姫で良い。この度は私の力不足のせいですまない」
謝る私にダークエルフの女性は首を傾げる。
しばらく考えた後、女性はあっと言って自分の肌を見る。
「この肌のことですか? まあ、邪神の力で幻覚を見せられて犯されるなんて、死んじゃいたいと思いましたけど、この国に来た邪神の使いは姫様たちがやっつけてくれましたからね。残りの敵もこれから姫様が倒してくださるんですよね? この辺りの魔物をいつも倒してくださったように。じゃないと、私と同じようにダークエルフにされた子たちも、そのせいで病んだり死んだりしたりした子たちも。報われませんから」
目に少しだけ闇を宿した女性の言葉に、私は戸惑う。
「いや、妾はこれから王になる。これまでのように無茶はできぬ」
私の言葉に、女性はさらに首を傾げる。
「みんな! 姫様が王様になるからこれからは大人しくするって言ってるけどどう思う?」
女性の声に、通りにいた人たちが集まってくる。
「無理でしょ。敵がいたら黙ってられない姫様が、国をめちゃくちゃにした相手に黙ってるなんて」
「大人しく王座に座ってる姫様なんて姫様じゃない。難しいことは他の人に任せて暴れまわるに決まってる」
「あいつらのことは絶対に許せない。でも俺たちじゃ足手纏いになるから姫様に戦ってもらうしかない」
「その通り。敵は洗脳とか瞬間移動とか邪神の力を使うんでしょ? そんな相手に戦えるのは、魔物を素手で殴り倒す姫様しかいない」
予想外の言葉に、私は言葉を発することができない。
「……妾がいなくなっても困らぬか?」
私の言葉に、ダークエルフを含むみんなが頷く。
「姫様が敵をやっつけてくれてると思った方が気が晴れるからね」
「俺たちの分まで暴れてくれた方がいい」
私はみんなの言葉に頷く。
「……ありがとう。この国を荒らした敵どもは妾が全てぶちのめす」
私の言葉に、いつのまにか大勢集まっていた人々から歓声があがった。
私は片手を上げて歓声に応えた後、歓声に背を向け、すぐに城へ戻る。
「長老。父上。エルノール。妾は、この国を荒らした神国の人間たちを倒すため、紅眼の魔族グレン率いる亡国の者たちと共に、今日旅立つ」
私に呼ばれて王座の間に集まっていた長老と父とエルノールは、特に驚くこともなく頷く。
「敵は強力じゃ。儂も国が落ち着いたら助力に向かう。それまで気をつけるのじゃぞ」
「せめて戴冠式は済ませてからと思ったが、仕方ないな。不在の間は、任せておけ。だが、私は国に迷惑をかけて引退した身。あくまで不在の間だけだからな」
「俺もついていきたいところだが、国がこの有様だ。悪いが一人で頼むぜ」
引き止められるだろうと思っていた私は驚く。
「……良いのか?」
尋ねる私に三人は再度頷く。
「いつ襲われるやも知れぬ不安を払拭するには、元凶を取り除く他無かろう」
「長老を除けばこの国で最も強いのはフローラだ。私ももう少し若ければ考えるが、ぜひもない」
「いや、姫が言い出したことを俺が止めて、止まったことなんて一度もないだろ?」
私は三人に頭を下げる。
「ありがとう。二度とこの国が襲われなよう、必ず敵を倒してくる」
三人に別れを告げた私は、出立の準備をちょうど終えた様子の、紅眼の魔族グレンとその配下の女性、そして花の元を訪れる。
「妾も同行させて欲しい」
私の言葉に、紅眼の魔族グレンが頷き、花が笑顔になる。
「これから頼む。ただ、同盟という体裁は取らせてもらうが、指揮命令系統は守れ。どこかの鬼のように、俺のいうことを聞かずに勝手をする奴が増えても困るからな」
そんなグレンの言葉を無視し、花がニコニコしたまま私の手を両手で握る。
「フローラ、国のことも心配なはずなのに、来てくれてありがとう。グレンのやつはこんな感じだし、サーシャさんは全然話してくれないし、居心地悪かったから凄く嬉しい。
あまり仲が良くない様子の花とグレンを見て、ホッとする気持ち半分と、不安になる気持ち半分とがごちゃ混ぜになる。
そんな花の言葉を無視せ、私の気持ちにも無関心に、グレンは真面目な顔で告げる。
「早速だが、これからの方針だ。エルフの国を落とせなかった奴らは、そろそろ本気で攻めてくるだろう。その前に、どうしても邪魔になる敵が二人いる。まずはそのうちの一人を排除しに行く」
突然告げられた方針に内心驚きつつも、私は気を引き締めた。
ダークエルフにされてしまった民のためにも。
私の代わりに国を支えてくれる人たちのためにも。
何より、これから神国の人間たちに苦しめられる人を増やさないために。
そのために私は戦う。
そう誓い、私は前を向いた。
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