第39話 エルフの姫と鬼⑩
「立て直すぞ! 壁だ!」
金髪の青年がそう叫ぶが、何も起こらない。
不審に思った様子の金髪の青年が視線を向けた先には、細剣を首に当てられた神官服の少女の姿があった。
剣を持つ細身の女性は、無表情にじっと神官服の少女を見つめている。
「聖璧ならもう使っちゃってます……。壁は一枚ずつしか張れないし、これ解いて皆さんまで覆おうとしたら、私殺されちゃうのでできません」
よく見ると神官服の少女は、光の膜のようなもので覆われていた。
それが聖璧なのだろう。
「チッ! 役立たずが」
金髪の青年は後ろを振り返る。
「こんな時のお前だろ! そのために質の良いエルフのメスを何匹もお前に回してやったんだ。さっさと片付けろ」
金髪の青年にそう命令された中年の男。
無精髭を生やした剣士風の男は、頭をポリポリと掻く。
「鬼の嬢ちゃんとエルフの姫ちゃん。それにそっちの幼女とエルフのオスたち。そいつらだけなら引き受けるが、そこのおっかない女剣士と魔族は契約外だ。そいつらとやればこっちがやられる可能性がある。そのエルフの姫ちゃんくらいのレベルの女を回してもらってたなら命も懸けるが、あの程度じゃ命は懸けられない。悪いが断る」
中年の男の言葉に、金髪の青年は怒鳴る。
「ふざけるな! 新国へ戻ったら聖女様と女神様にお前のことは報告させてもらう」
金髪の青年の言葉に、中年の男は再度頭を掻く。
「戻って報告できたら良いがな。俺は先に帰ってるぞ。嬢ちゃん、神官ちゃんとそこで転がってる根暗くん連れて飛んでくれ」
中年の男の言葉に、後ろで静かに立っていた旅人風の女性が頷く。
「ま、待て!」
金髪の青年の声も虚しく、旅人風の女性が何が呟くと、神官服の少女と中年の男、それに傷を負った根暗な男までもが消えた。
文字通りその場から忽然と。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。逃げるならせめて俺も連れて行け……」
怒りを露わにする金髪の青年の前に、金髪紅眼の少女が空から降りてゆっくりと歩み寄る。
「終わりだ。降参するなら楽に殺してやる」
金髪紅眼の少女の言葉に、金髪の青年が激昂する。
「ふざけるな! まだ終わってなどいない。王様。反逆者だ。こいつらを殺せ。神国の兵も貸す」
金髪の青年の言葉に、虚な目をした父が、ぬらりとこちらを向く。
「……反逆者は許さない。全員死刑だ」
今なら分かる。
父は神国の人間たちの称号の力で狂わされたのだ。
称号にはそれだけの力がある。
そんな父を止めるのは娘の仕事だ。
私が右手を父へ向けようとすると、私の前に立ち塞がる者がいた。
「私は姫に許されないことをしました。でも、姫への気持ちにあうそはありません。姫の手を汚させはしない。姫に父殺しの負い目は負わせない」
私の幼馴染が、そう言って右手を父へ向ける。
「そいつを殺しても手遅れだ。神国の兵とダークエルフたちがお前たちを襲う。何百何千もの洗脳された仲間たちをお前たちは殺し尽くせるかな?」
金髪の青年はそう言って笑う。
「俺を殺してもダークエルフたちの洗脳は解けない。でも、俺を生かしてくれるなら、洗脳は解くし、なんなら神国の兵を洗脳して、お前たちに与えてもいい」
感情を抜きにすれば悪くない提案に思える。
この男には、私も屈辱と恥辱を味わされたが、洗脳されたダークエルフたちを全員殺すよりは、この男を生かしたほうがマシに思われた。
でも、花と共に私の窮地を助けてくれた金髪紅眼の少女の考えは違った。
「お前に生き残るという選択肢はない。楽に死ぬか、苦しんで死ぬか。その二つしか選択肢はなかった。そしてお前は、楽に死ぬという選択肢を捨てた」
金髪紅眼の少女が右手を金髪の青年へ向ける。
「ま、待て。助けられた妾が願う立場にないのは分かった上で頼む。その男が約束を守るというのなら、妾は民を救う道を選びたい。この男に民たちの洗脳を解かせることはできぬだろうか?」
私の言葉に呆れた顔をする金髪紅眼の少女。
「そんなことだから国を滅ぼされかけるんだ。こいつらに俺たちとの約束を守るという概念はない。搾取の対象、性欲処理の道具くらいにしか思ってない。こいつの話はその場しのぎの嘘で、機を見て間違いなく裏切る」
金髪紅眼の少女の言葉は正しいのかもしれない。
でも、たとえ後で裏切られるのだとしても、私は民を救いたい。
そんな私の心を読んだかのように、金髪紅眼の少女がにいっと笑う。
「……それに。俺なら、こいつを殺した後で、洗脳を解くことができる」
金髪紅眼の少女の言葉を聞いた金髪の青年が慌てて首を横に振る。
「そ、それは無理だ! この洗脳の力は神の力だ。聖女様ですら解けなかった。それを亜人ごときが解くことなどできるはずがない!」
金髪の青年が嘘を言っているようには見えなかった。
でも、金髪紅眼の少女も、確信を持って言っているようだった。
私にはどちらの言葉が正しいか分からない。
ただ、信じるなら国を滅ぼそうとした人間より、国を助けてくれた魔族だった。
「洗脳が解けるならこの男を生かす必要はない。殺すがよい」
私の言葉に、金髪紅眼の少女が頷く。
「許可などなくても殺すが、今後のエルフとの関係を考えると、許可はあった方がいいからな」
金髪紅眼の少女はそう言うと、金髪の青年の方をゆっくりと向く。
「さて、待たせたな。今まで好き勝手やってきたことを精算する時だ。自殺するなら今のうちだぞ。これからお前を待つのは、殺してくれと頼みたくなるほどの残酷な時間だからな」
金髪紅眼の少女の言葉に、金髪の青年は声を荒げる。
「ふざけるな! 俺を殺すと後悔するぞ。本当に洗脳を解けるのは俺か女神様くらいだ。俺が死んだら仲間であるダークエルフたちと戦うことになるんだぞ!」
取り乱す金髪の青年へ、金髪紅眼の少女が告げる。
「余計なお世話だ。これから死にゆくお前には関係ないだろ?」
金髪紅眼の少女は右手を金髪の青年へ向けながら、一歩ずつ近づいていく。
「さて。どうやって殺そうかな。お前たちには恨みがあり過ぎて、どの殺し方で殺すか悩むな」
金髪紅眼の少女の言葉に、恐怖のあまり失禁する金髪の青年。
「た、助けてください……」
失禁したまま無様に土下座する金髪の青年に、金髪紅眼の少女はクククと笑う。
「今までそう言って懇願した者たちをどれだけ凌辱し、殺してきた? 自分だけ助けてもらえるわけなんてないだろ?」
そして、金髪紅眼の少女が、金髪の青年のもとまでたどり着いた時、金髪の青年は失神した。
その姿を見た金髪紅眼の少女がため息をつく。
「こんな情け無い奴らに俺たちの国は滅ぼされたのか。これでは苦痛を与えることができない。とはいえ、このままではダークエルフと神国の兵を殺し尽くさなければならなくなるからな」
金髪紅眼の少女はそう言いながら、右手を横に振る。
ーープシャッーー
金髪紅眼の少女の爪で首を斬られ、鮮血を撒き散らす金髪の青年。
そのあっけない最後に、私は呆然とする。
「次からはもっと考えて殺さなければならないな。ここまで精神が弱いとは想定外だ」
そう独り言を呟く金髪紅眼の少女に、私は詰め寄る。
「こいつを殺してしまって本当に大丈夫なのか?」
そんな私に、金髪紅眼の少女が答える。
「そう焦るな。お前たちエルフは寿命が長いんだから、急かすんじゃない」
金髪紅眼の少女はそう言って何かを確認するようなそぶりを見せた後、広場に集まった民や神国の兵士たちの方を向く。
「エルフに命じる。神国の人間たちが攻めてくる前の状態に戻れ。神国の兵たちに命じる。神国へ戻り、女神と称号持ちの人間たちへ叛逆し、神国の兵を壊滅させろ」
信じられない命令をする金髪紅眼の少女。
でも私は、さらに信じられないものを目にする。
顔を見合わせ、それぞれの様子を伺うダークエルフたち。
大挙して国から引き上げていく神国の兵たち。
そして、正気を取り戻した様子の父。
その光景を見て、私は金髪紅眼の少女が、先ほどの言葉通り、エルフの洗脳を解き、逆に神国の兵たちを洗脳したように思われる。
驚く私は、金髪紅眼の少女へ尋ねる。
「貴女は一体……?」
私の言葉に、金髪紅眼の少女は、私が聞きたかったことの答えにはならないことを、自信たっぷりに答える。
「俺は亡国の亡くなった王太子の婚約者グレン。我が国を滅ぼし、国民を虐殺し陵辱する神国と、その神国の崇拝する邪神を滅ぼす者だ」
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