第37話 エルフの国の鬼

 フローラの部屋を出て、歩いて城を出た私。


 作戦に向かう私の前に、十名ほどの人間が立ち塞がる。


 私はゆっくりと身構えた。


 手練は三人。

 昔の私なら苦戦しただろうが、フローラのおかげで、闘気……魔力の増した今の私なら十分戦える。


「なぜ待ち伏せされているのかは分からないが、私を倒すつもりだったら戦力不足だな。加減はできない。死にたくなければ道を空けろ」


 私の言葉を聞いた人間たちが笑う。


「お前の相手は俺たちじゃない」


 手練の一人がそう言った瞬間、私から少し離れた周囲で急激に魔力が膨らむのを感じる。


ーーズドドドッーー


 次の瞬間、私目掛けて無数の降り注ぐ魔法の矢。


「ちっ」


 私は舌打ちしつつ、腕に魔力を込め、その全てを叩き落とす。


 私には今、遠距離攻撃の手段がない。

 金棒があればそれを投げて攻撃もできるが、街中を持って歩くには物騒すぎる金棒は、今手元になかった。


 このままでは狙い撃ちだ。


 この場を離脱しようとする私の前に、最初に現れた十名ほどの人間たちが立ち塞がる。


「戦って勝つにはお前は手強いが、逃げ道を塞いで防御に徹するだけなら怖くない」


「黙れ」


 そう言って笑う人間を攻撃しようとする私を、離れた場所いいる人間たちからの魔法による真空の刃が襲う。


 魔力を込めた足で、空気を思い切り蹴る私。


ーーブォンッーー


 真空の刃は、私の蹴りで乱された空気に掻き消される。


 安堵しかけた私。


ーーブンッーー


 そんな私を目掛けて振り下ろされる剣を、私は体を傾けて躱す。


「もちろん隙ができればその隙は突かせてもらう」


 私に斬りかかった人間は、攻撃に失敗した後、すぐに元の位置まで退避しながらそう告げた。


 私は深呼吸をする。


 魔法による遠距離攻撃と、離脱を許さない足止め。

 そして足止めの人間は隙を見逃さず、仕掛けられる程度の実力は持っている。


 近接攻撃の手段しか持たない相手への理想的な攻め。


 敵ながら天晴れというところだ。

 攻められているのが自分じゃなければ賞賛したい。


 私に取れる手段は二つ。


 目の前の十数人を倒して敵の囲いを突破するか、目の前の十数人を無視して被弾覚悟で逃げるかだ。


 敵の数が分からない以上、耐久してもどちらが先に魔力が尽きるか分からないし、増援で攻撃が増えたりすれば、打ち損じ等で殺されるかもしれない。


 せめて敵を引きつけるという目的は達していると思いたいが、私に対してこれだけ的確な備えがされている以上、フローラや長老に対しても万全な備えがなされていると考えた方がいいだろう。


 敵の備えを崩すには、私がこの窮地を脱して、フローラや長老を助ける必要がある。


 強さにはキリがない。

 魔力量が増した今でも、さらなる強さを欲してしまう。


 私は深呼吸する。


 自分が助かるだけなら逃げるのもありだが、それでは敵を引きつけるという目的は果たせない。

 フローラたちが負けるのが確定したわけではない以上、私は私の役割を放棄するわけにはいかない。

 私が逃げたせいで、この場の敵がフローラや長老の元へ行ってしまい、作戦が失敗するなんてことは、絶対に許されない。


 私は覚悟を決める。

 たとえ私はここで敗れても、フローラたちのために、一人でも多くの敵を道連れにして死んでやる。


 そう思って目の前の敵を殴り飛ばそうとした時だった。


『紅蓮(ぐれん)』


 聞いたことのある声が遠くから聞こえた。


 そして……


「ぐわぁっ」

「熱い!!」


 離れた位置から、私を魔法で狙っていた人間たちの悲鳴が響く。


 燃え盛る豪炎の熱と共に。


ーーブォン、ブォン、ドサッーー


 突然の出来事に呆気に取られる私の足元へ、巨大な鉄の金棒が突き刺さる。


「お前の無駄に重い武器は持ってきてやった。時間がないからさっさと片付けろ」


 少し離れたところに浮かぶ声の主は、その金色の髪を靡かせながら私に向かってそう言った。


 なぜ彼女がそこにいるのかは分からない。


 ただ、遠距離からの魔法攻撃を警戒する必要なく、頼りになる武器が手元に届いた私は、考えることをやめた。


 私を見放したはずの彼女。


 その彼女をこれ以上失望させてさらに見下されてしまうのは腹立たしかった。


 私は地面に突き刺さる金棒を片手で持ち上げる。


 ずしりと重いその金棒は、魔力を通すことで嘘のように軽くなった。


 私は金棒へ、さらに魔力を込めていく。


 フローラのおかげで高まった魔力により、今までに感じたことのないほどの膨大な魔力が金棒へと集約されていった。


 私はその金棒を大きく振りかぶる。


 そんな私の様子を見た人間たちは、固まって両手を前に出す。


「全員で魔法省壁を張れ!」


 人間の一人がそう叫ぶと、彼らの前に魔力の壁が、幾重にも現れた。


 私は小細工は考えず、軽く跳躍して人間たちの前へと行くと、振りかぶった金棒を魔力の壁の外から振り抜く。


ーーパリンッ、パリンッ、パリンッーー


 魔力の壁を、薄氷でも割るようにいとも簡単に砕きながら、私の金棒は人間たちを捉える。


「ば、バカな……」


ーードフッーー


 そんな言葉を残しながら吹き飛んでいく人間たち。


 かつてであれば苦戦したであろう相手を一撃で粉砕した私は、宙に浮かぶ金髪紅眼の少女へ声をかける。


「これでいいか?」


 私の言葉を聞いた金髪紅眼の少女はゆっくりと地へ降りながら答える。


「正直期待していなかったが、お前がそこそこ使えるようになったのは思わぬ収穫だな」


 地面に降り立った金髪紅眼の少女の目を、私はまっすぐに見つめた。


「グレン。お前はエルフを見捨て、私を切り捨て、この街を出たんじゃなかったのか?」


 私の問いかけにグレンはニヤリと笑う。


「敵を欺くには味方から。大賢者様が残した国宝の本にもそう書かれている。お前に演技は無理だろうしな。お前たちが思惑通り動いてくれたことで、俺たちの存在を隠したまま、うまく敵を炙り出せた。盤面上で詰んだ状態なら、盤面の外からひっくり返すまで、だ」


 私やフローラを囮にしたかのようなグレンの物言いにムッとしながらも、私は一番気になっていることを聞こうとする。

 そんな私の思いを読んだのか、グレンが先に告げた。


「長老のところにはサーシャを行かせた。近接戦闘特化のお前には遠距離からの魔法。遠距離からの魔法が得意な長老には近接に強い暗殺者。神国の人間どもはクズだがバカじゃない。的確に弱点をついてくる。サーシャに近接戦闘で勝てる者はそうそういない。長老に害が及ぶ可能性は低いだろう」


 私は安心しつつ、もっと気になる人物のことを尋ねる。


「フローラは?」


 私の問いにグレンは少し首を傾げる。


「フローラ? ああ、エルフの姫か。あのお姫様にはもう少し囮を続けてもらう。神国の人間どもにとってあれほど極上の餌はないからな。あのお姫様を弄ぶのに夢中で、警戒も緩むはずだ」


 囮にしたことを隠そうともしないグレンの物言いに、私は詰め寄る。


「フローラは友達だ。彼女を危険に晒すような真似はやめろ」


 私の言葉を聞いたグレンは笑う。


「面白いことを言うな、お前は。お前が望む通り、エルフの国を救ってやろうとしてるんだ。確かに魔力の高いエルフを戦力にできた方がこの先の戦いは楽になるからな。だが」


 グレンは真面目な評価になると、一歩私の方へ踏み込み、じっと私の目を見る。


「敵が万全の準備と十分な戦力を用いながら時間をかけて征服しかけている国を。限られた戦力でひっくり返そうとするんだ。綺麗事だけで救えるわけがないだろ? それに仮にも王族を名乗るなら、国のために自らを犠牲にするなんて当然のことだ」


 静かに。

 でも、これまでにないくらい感情のこもった声でグレンはそう告げた。


 グレンが言うことは分かる。


 私が口にしたのはあくまで個人としての、友人としての言葉だ。

 自分が犠牲になることで、国が、民が救えるなら、その身を差し出してでも救いたい。


 フローラならきっとそう言うだろう。

 短い付き合いでも、それは分かった。


「……分かった」


 グレンの言葉に私は頷く。


「お前の了承など必要ない……と言いたいところだが、あくまでお前と俺は主従ではないからな。作戦がここまで進んだ以上、馬鹿正直なお前に全て話しても問題ない。暴走されても困るから、考えはできる限り共有しておきたい」


 私は頷く。

 一度は見限ったグレンではあるが、もう一度信じたい。


「今から敵の主力と戦う。敵の称号持ちは分かっているだけでも四人。洗脳と幻覚と瞬間移動と腕力強化。詳しく話す時間はないが、洗脳は俺やお前には効かないし、瞬間移動は攻撃には使いづらい制約がある。幻覚は俺たちにも効くから気を付けろ。おかしいと感じることがあったら己の体を痛めつければ正気に戻れる」


 私はグレンの言葉を頭の中で反芻する。


「一つだけ。これから言うことは必ず守れ。洗脳を使う金髪の青年は俺が殺す。絶対にお前は手を出すな」


 強くそう言うグレンの言葉に、グレンにも何か事情があるのだろうと思いながら、再度私は頷く。


「それでは行くぞ。のんびりしている時間はない。俺も、好んでお姫様を犠牲にしたいわけではないからな」


 グレンはそう言うと、自分より大きく、その上に重い金棒を持つ私の体を抱き抱える。


 魔力があるから華奢なグレンの腕で抱き抱えられても不思議ではないのだが、初めての経験に私は戸惑う。


「な、何を?」


 慌てる私にグレンが答える。


「王宮前の広場へ行く。走って行ったら間に合わない。お前は空を飛べないだろ?」


 グレンがそう言うと、私ごとグレンの体が浮き上がる。


 空を飛ぶには、高度な風の魔法を使う必要があると聞いたことがある。


 魔族は基本的に一つの属性の魔法しか使えない。

 眼の色がその属性を表しているはずだ。


 真紅の眼をしたグレンが使えるのは炎の属性のはず。

 実際、私を狙っていた周囲の敵を焼き尽くすほどの炎の魔法を使っていた。


 それなのになぜ風の魔法も使えるのか。


 そんな私の疑問は、グレンの魔法によってかき消される。


 あっという間に上空まで上がっていく体。


 その初めての感覚に、私は焦る。


 地面に見える人影が点に見えるほどの高度。

 この高さから落ちれば、鬼の私でも無事では済まないかもしれない。


「行くぞ!」


 そんな私にはお構いなしにグレンがそう告げると、驚くほどの速さで私たちの体が城の広場へ進んでいく。


 私は、目を閉じて心を落ち着ける。


 今から向かうのは敵の主力が待つ戦場。

 人智を超えた力を持つ敵との戦いは厳しいものになるだろう。


 それでも。


 私は己に誓う。


 もう二度と、自分の大事な人を死なせない。


 私はすぐそこに迫った城の広場を見下ろしながら、金棒を持つ手を強く握った。

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