第36話 エルフの姫と鬼⑧

 ギルノールの剣へと向かって伸ばされた私の手が、誰かに掴まれる。


 自分でも緩慢だと分かる動きでゆっくりと振り向くと、私の手を掴んだのは金髪の青年だった。


「おいおい。勝手に死のうとするな。お前、それでも王族か? 民を残して自分だけ逃げるのか?」


 そのきっかけを作った張本人の言葉に、私は反論する気力もない。


「俺だって鬼じゃない。女神様の命令は亜人の皆殺しだが、お前次第では、エルフはしばらく生かせるよう掛け合ってやってもいい」


 金髪の青年の甘い言葉。


 ただ、思考能力の下がった私でも分かる。


 私たちエルフのことを同じ人だと思っていない人間たちが、何の見返りもなくそんな甘いことを言うはずはないと。


「お前が言うとを聞くだけでいい。それだけで多くのエルフの民の命が救われるんだ。まさか、民思いのお姫様が、自分の身可愛さに、民を見捨てるなんてこと、しないよな?」


 金髪の青年の言葉は毒だ。


 聞いてもいいことなんてないと分かっている。

 ……でも、聞いてしまったら、無視することはできない。


 今、死んでしまった方が楽だと分かっていても。

 例え命は救われたとしてもエルフの民たちがロクな目に遭わないと分かっていても。


 それでも無視できない。


 私がどんな目に遭ったとしても、それで民が救われるなら。


 そう思わずにいられない私がいる。


「……分かった。お前の言うことを聞こう。その代わり、民は必ず救って欲しい」


ーーパシンッ!ーー


 私の言葉を聞いた金髪の青年は平手で私の頬を打ち抜く。

 突然殴られた理由がわからない私。


「分かりました、だろ? 今からお前は俺の奴隷だ。言葉遣いには気を付けろ」


 金髪の青年の言葉に、頷けくしかない私は頭を下げる。


「……失礼いたしました」


 私の言葉を聞いた金髪の青年は、フンッと鼻で返事をした後、父の方を向く。


「王様。今すぐ城の広間へ民を集めてくれ。大事な話がある。もちろん礼として、酒も薬も用意する」


 金髪の青年の言葉を聞いた父は、ニヤッと笑う。


「承った」


 父はそう言うと、そばにいた重臣へ何やら耳打ちする。


「王都の民全てとはいかないが、半刻以内に一万の民を集めよう」


 父の言葉に金髪の青年は頷く。


「さすが王様。仕事ができる」


 そう言った後私の方を向く。


 父に向けたものとは異なる、明らかに見下した目で命令する。


「とりあえず服を脱げ。奴隷に服はいらない。そして、俺が許可した時以外、四つん這いでいろ。あとは、これから用意する首輪をつけておけ」


 明らかに私を人だと見做していない命令。

 立場の差を見せつけ、私の心を折るための命令。


 それが分かっていても、私にはそれを拒めない。


「……分かりました」


 私はそう言うと、身につけた服を脱ぐ。


 物心ついてから、裸体を他人に見せるのは初めてだ。


 それもこの衆人の前で。


 悔しさと羞恥心で顔が熱くなるのを感じながら、私は服を脱ぐ。


 胸と局部は手で隠していたが、皆の目が注がれているのが分かる。


 恥ずかしい。

 悔しい。


 それでも従うしかない。


「誰が手で隠してもいいと言った?」


 金髪の青年の言葉に、私は唇を噛みながら、ゆっくりと手をどける。


「おおっ!」


 人間の男たちが声を上げる。


「すげえ。絵やCGでもこんな綺麗な体見たことねえ」

「エルフは何匹もヤったけど、やっぱ姫様は別格だな」

「肌白過ぎだし、乳首もすごく綺麗なピンク!」

「エルフって胸ないイメージだけどそれなりにあるな」


 口々に呟く人間たちの声が、無駄にいい耳によく聞こえてくる。


「おい。立っていいのは俺が許可した時だけだと言っただろ?」


 金髪の青年の言葉に、私は四つん這いになる。

 正直、その方が体が隠れる気がして、私は少しだけホッとして四つん這いになる。

 でも……


「こっちに尻を向けろ」


 金髪の青年に命令され、私は仕方なく後ろを金髪の青年の方へ向ける。


 私に近付いて来た金髪の青年は両手で私の両尻を持つと、局部を広げるように開く。


「な、何を!」


 思わずそう叫ぶ私に、金髪の青年は告げる。


「膜がついてるか確認しただけだ。ちゃんと残ってたし、色も中まで綺麗なピンクで使われていないのは分かったから大丈夫だ」


 金髪の青年の言葉に、私は噛んだ唇から鉄の味がするのを感じる。


 恥ずかしいのか悔しいのか分からない。


 自分が人ではなくなる感覚。


 ペットか。

 玩具か。


 私のこれからは、この人間に遊ばれるためだけに存在するのだろう。


 子供が蟻の巣を攻撃するように。


 無邪気に。

 慈悲なく。


 この人間たちに弄ばれるのだろう。


「お前がリーダーだから仕方ないが、羨まし過ぎるな」


 そう呟く人間の男たちに金髪の青年が告げる。


「俺だって独り占めする気はない。これからの演出で、お前たちにもいい思いはさせてやる。まあ、最初は俺がいただくがな」


 金髪の青年の言葉に、人間の男たちが、おおっ、と盛り上がる。


「男子って本当にしょうもないよね」


 不機嫌そうな顔でそう呟いたのは神国の人間の女だ。


「そう言うお前だってエルフのオスを何匹も飼ってるだろ?」


 金髪の青年の言葉に、人間の女が焦る。


「な、何で知ってるの?」


 人間の女の言葉に金髪の青年はフッと笑う。


「俺の情報網を舐めるな。この国のことなら何でも分かる」


 そう言って笑う金髪の青年を見て、私は改めて敗因を悟る。


 私たちは情報の面で全く勝負になっていなかった。

 だからこそ、私たちの作戦は始動前に潰されて、私は今、奴隷のような扱いを受けている。


「皆様、少し早いですが、王令の発動により、王城前の広場へ多くの民が集まり始めました」


 重臣の一人がそう告げると、金髪の青年はニヤリと笑う。


「ようやくお目見えだ。これからお前は、バカな民衆どもの前で俺に犯される。その後は、コイツらに順番に犯される。最後は、裸のまま民衆に突き出す。役立たずの穢れたお姫様を民衆はどう扱うかな?」


 金髪の青年はそう言ってクククと笑う。


 そんな金髪の青年を睨みつける私の首に繋がった鎖を、青年がぐっと引っ張る。


「うっ……」


 急に首を引かれ、私は思わず声を上げる。


「そんな顔ができるのも今の間だけだ。まだ目に光が残ってるからいいものをやろう」


 金髪の青年はそう言うと、私に薬のようなものを差し出す。


「飲め」


 拒否権のない私はそれを飲む。

 飲んだ瞬間、体が熱くなり、熱ったように感じる。


 そんな私を見た金髪の青年が、しゃがんで私の乳房を鷲掴みにする。


「アッ……」


 体が跳ねるような刺激に、今まで出したことのないような声が口から漏れる。


「クククッ。よく効くだろ。それにしてもお前は感じすぎだがな。元々淫乱の素質があったんだろ」


 金髪の青年はそう言うと、私の秘部から、私の意思に反して洪水のように溢れる体液を手で掬ってニヤリと笑う。


「この後の反応が楽しみだな」


 そう言いながら金髪の青年は私の首輪に繋がれた鎖を引く。


 鎖に引っ張られるように、金髪の青年の後を私は進む。


 裸体で。

 四つん這いで。

 獣のように。






 王城の広場全体を見渡せる、城のバルコニーへ出た私たち。


 鎖に繋がれ四つん這いとなった私の裸体を見て民衆がざわめく。


「馬鹿な民衆ども!」


 金髪の青年が声を上げる。


「今日この国は滅んだ。お前たちも知っての通り、王は欲に溺れ使い物にならず、お姫様もこの通りだ」


 金髪の青年はそう言うと、鎖を引っ張り、私を無理やり立たせる。


「これからお前たちは俺たちの奴隷だ。だが、口で言ってもなかなか実感が湧かないだろう。今からこのお姫様が、お前たちの運命を、身をもって教えてくれるそうだ」


 金髪の青年はそう言うと、またもや私の乳房を鷲掴みにする。


「あんっ」


 体を走る快感に、分かっていても私は声を抑えられない。


 私の惨めな姿に騒めく国民たち。


「持ってろ」


 金髪の青年は、鎖を兵士に渡す。


「お前たち、俺の後の順番決めとけよ」


 金髪の青年は、仲間たちにそう声をかけながらズボンのベルトに手をかける。


 悔しい。

 何もかもが。


 国も救えず。

 自分の身すら思い通りにできず。


 守るべき民の前でなす術もなく陵辱される。


 絶望に暮れ、私は目を閉じた。


 金髪の青年に犯されることを覚悟し、その時を待つ。


 ……だが。


ーードゴッーー


 突然耳に届く鈍い音。

 私の体に生暖かい何かが触れる。


 何だろう?

 突然の出来事に私は理解が追いつかなかった。


 目を閉じていては何が起きたか分からない。


 そっと目を開いた私の目に飛び込んできたのは、金棒を手にした凛々しい鬼の少女だった。


「遅くなってすまない、フローラ」


 そう言って、その身に羽織った衣を私に被せ、白い晒しのみとなった傷だらけの鍛えられた体を見せる鬼の少女。

 私を見て優しく微笑むのは、死んだはずの、私の人生で唯一の友だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る