第34話 エルフの姫と鬼⑦

「そういえばもう一匹、しつこいオスもいたな」


 そう言って転がされるエルノールの首。


 その見開いた目から覗く、瞳孔の開いた真っ赤な瞳が、恨めしそうな目で私の方を見ていた。


「えっ……あっ……」


 言葉が出てこない。


 抗うことを決めた時点で、負けることは覚悟していた。

 当然、負ければ辱めにあい、殺されることも覚悟していた。


 ……いや。

 覚悟していたつもりだった。


 目の前に転がる身近な人たちの無惨な姿に、私の覚悟が揺らぐ。


 金髪の青年が長老の頭を踏み、エルノールの頭を蹴り飛ばして、私にぶつける。


 反射的に魔力で防御してしまい、ずしりとした感触だけが、エルノールの頭がぶつかったお腹に残った。


ーーベシャッーー


 地面に落ちて音を立てるエルノールの頭。


「いやっ」


 思わずそう声を発して、落ちた生首から足を避けてしまう。


 魔物の死体は見たことがある。

 解体して、首だけになった姿も何度も見た。


 でも、人の生首は初めて見た。

 しかも知り合いの生首を二つも。


 小さな頃から知っている幼馴染の変わり果てた姿に、吐き気が込み上げきた。


 私は最低だ。


 エルフの未来のために戦ってくれたのに。

 私を信じて戦ってくれたのに。

 私のせいで死んだのに。


 あろうことか、私はその姿を見て吐き気を催した。

 感謝し、崇めなければならない存在を見て、無意識に嫌悪感を抱いた。

 汚いものを扱うように、避けてしまった。


 最低だ。

 人として最低だ。


 長老も。

 花も。

 エルノールも。


 みんな死んだ。

 私のせいで死んだ。


 みんな死んでしまったらもう、作戦はおしまいだ。

 私一人じゃ、敵を滅ぼすことはできない。


 一人二人倒したところで、もうこの国は変わらない。


 私が無能なせいで。

 私に力がないせいで。


 仲間は全滅。

 国も滅びる。


 エルフの民は、陵辱されて。

 奴隷となって。

 最後はみんな殺される。


 目の前で転がるエルノールのように。


 私は膝をつく。


 ……ああ。


 何が姫?

 何が王族だ。


 これでは民を統べる資格はない。

 今の父と何ら変わりはない。


 無能な王族に存在する価値はない。


 私はダメだ。

 私に生きる価値はない。


「ああ。そういえばこいつらも雑魚のくせに逆らってきたから皆殺しにした」


 そう言った後に転がってくる精兵たちの首。

 長老と一緒に戦う予定だった彼ら。


 指揮官である長老がこのような状態なら、兵たちも当然同じ目に遭っていて当然だ。


 でも、私はそんな当たり前のことすら気付いていなかった。

 人として当然のことすら気付けていなかった。


 コロコロ。

 コロコロと転がってくる首。


 何十人。

 何百人もの生首。


 それらが流れるように転がってくる。


 私のせいで死んでしまったら同胞たちの首。

 その虚な目が、私の瞳を矢の雨のように私の瞳を貫いていく。


 私は強いつもりだった。


 生まれ持った魔力量に甘えることなく。


 魔力を増やすための精神修行も。

 魔力量を活かすための魔法の勉強も。

 魔法だけでなく身体の強化も。


 王族として。

 この国を守る剣として、盾として。


 日々鍛錬してきたつもりだった。


 でも、実際のところは。


 魔法も通用せず。

 仲間も皆殺しにされ。

 国も守れない。


 ただの弱者だった。





 ……絶望と後悔で停止してしまいそうな私の頭の中に、ある考えが浮かぶ。


 このまま生きて意味があるのだろうか?


 人間の慰み者となり、死ぬまで犯されて、壊れて死ぬのに意味があるのだろうか?


 私は呆然と立っているギルノールの方を見る。

 その手に握られた血塗れの剣を見る。


 この剣で自分の首を切れば。

 ここで死んでしまえば。


 ……これ以上苦しむことはない。


 私は自分の右手を、そっとギルノールの持つ剣の方へ差し向けた。

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