第31話 エルフの姫と鬼④
城についた私は、ギルノールとエルノールを、自分の部屋へ呼んだ。
普段一人では広すぎる寝室は、花を含めて四人入っても十分な広さがあった。
「私は明日、王を殺し、神国の侵略者共と戦争を始める」
そう口を開いた私に、花が慌てる。
「おい。こいつらにそれを話していいのか?」
花の疑問に私は力強く頷く。
「うむ。この二人は妾の家族も同然。誰よりも信用できる」
私の言葉を聞いたエルノールが、私の目を見て、今の言葉が嘘や冗談ではないことを悟る。
「確かに姫の親父さんは最近おかしいけど、自分の親を殺せるのか? 王妃様もいなくなって唯一の家族だろ?」
エルノールの問いかけに、私は笑みを返す。
……なんとか作って返す。
「妾は父の娘である前に、エルフの王族である。父がエルフの害になるのなら排除せねばならぬ。それに……」
私はエルノールとギルノールの二人を見る。
「家族ならそなたらがおるからな」
私の言葉に、エルノールの赤い瞳が爛として輝く。
「姫がそう言うなら、俺も力を貸すまでだ。何でも命じてくれ」
覚悟を決めた目をしたエルノールに、私は尋ねる。
「理由を聞かぬのか? 王殺しの大罪者となるやも知れぬのだぞ」
私の言葉に、エルノールはニッと微笑む。
「姫のことはよく知っている。姫が決めたのなら間違いない。それで大罪者となるならそれも仕方ない」
エルノールの言葉に涙が浮かびそうになるのを堪え、私は頷く。
「感謝する。共に戦ってくれ」
「おう!」
力強く頷くエルノールを見た後、私はギルノールの方を向く。
「ギルノールは?」
私の問いかけに、ギルノールも頷く。
「もちろん私も共に戦わせていただきます。姫のためなら何でもするのが私の役目ですから」
ギルノールも真っ直ぐな目で私を見ていた。
「ありがとう、二人とも」
例を述べる私に、エルノールが口を開く。
「それで、そっちの角が生えた嬢ちゃんは?」
花の方をチラチラと見ながらエルノールはそう尋ねてきた。
「亡き鬼神様の娘にして、妾の友である。この国を救うために手を貸してくれる」
私がそう言うと、エルノールが花へ手を差し出す。
「俺の名はエルノール。姫の幼馴染で護衛だ。姫に異種族の友達がいたなんて知らなかったが、姫が友だと言うならそうなんだろう。それに、魔力から姫の匂いを感じるし、ダチでもないならエルフのために命を賭けることもないだろうしな。これから命を預け合う仲になる。よろしく頼む」
花が差し出された手をギュッと握り返す。
「私は花。亡き鬼神の娘でフローラの友だ。縁あって共に戦わせてもらう。ただ、私にも打算はある。この国を救った後は、父の仇を討つのにフローラの力を貸してもらう」
花の言葉に、エルノールが頷く。
「そういうことなら俺も手を貸す。まずはこの国を救うのが先だがな」
エルノールの言葉に、花も頷く。
「もちろんだ。貴方が感じた通り、フローラのおかげで、私は力を得た。かつての私なら他人のおかげで得た力なんて受け入れられなかっただろうが、今は感謝しかない。この力、エルフのために使わせてもらう」
エルノールと花が互いを仲間と認めたところで、私は三人へ話をする。
「花とは話してあるが、作戦はこうだ。まず妾が父を殺し、神国の傀儡となった父に代わり、この国の王となることを宣言する。その上で長老に兵を挙げてもらい、神国と正面からぶつかる。その隙に花に暴れてもらう。そうすることで敵の予備戦力を引き出すことができるだろう。敵の主力が長老か花の元へ向かうなら一緒に戦い、出てきていないなら妾が単独でそれを叩く」
私の作戦を聞いたエルノールが尋ねる。
「俺とギルはどうすればいい?」
エルノールの質問に私は答える。
「長老と一緒に戦ってもらいたい。あくまで長老が本命だと敵に思わせるためにも。それに、称号と呼ばれる敵の力は厄介だ。父を愚物にしたように、そなたらをどうにかされるかも知れぬ。そうすれば妾は戦いづらくなる。仮に操られでもしたら、家族同然のそなたらを倒さなければならなくなるからな」
私の言葉に、ギルノールが声を上げる。
「私は反対です。姫を一人にするなんて護衛として看過できません。エルノールには姫の作戦通り長老と共に戦ってもらい、私は姫と共に戦います。仮に操られそうになったら、自分で首を切り、姫の邪魔はしませんので」
ギルノールの言葉を聞いた私は考える。
敵の称号の力が精神に影響を与えるものでなく、単純に戦闘力を上げるものであった場合、確かにもう一人いた方が戦いの幅は広がる。
幼い頃に魔力の蓋を開けてそれなりの力があり、戦い方もよく知っている相手なら尚更だ。
「分かった。エルノールは妾と共に来るように」
「はっ!」
エルノールは嬉しそうに返事をする。
「安らかに眠れるのは今夜で最後かも知れぬ。各々しっかり体を休め、明日以降の戦いに備えるように」
ギルノールとエルノールが出て行った後の部屋で、私は花と顔を見合わせる。
「花。明日はお願い。エルフのために命を懸けさせて申し訳ないけど、よろしくね」
そう言って頭を下げた私の言葉に花は首を横に振る。
「何度でも言うけど、私にも打算があるからいいって。例え私が死んだとしても、それは私の責任。もしお願いできるなら、エルフは救えたけど私が死んだのなら、私の代わりに神国に復讐して欲しいけど」
申し訳なさそうにそう言う花の手を私は握る。
「花には死なないで欲しいけど、もしそうなったら命に換えても仇は取るよ」
私の言葉に花が首を傾げる。
「……いいの? 私のお父様の仇はフローラには関係ないのに」
花の言葉に私は笑いながら頷く。
「それを言ったら花だって関係のないエルフのために戦ってくれるでしょ。それに、花のお父様のことは知らないけど、花は私にとって初めてできた、たった一人の友達。一緒に過ごした時間は短いけど、そんな大事な友達を殺されたなら、何も言われなくたって仇は討つよ」
私の言葉を聞いた花はにっこりと笑う。
「何だか不思議な感じ。種族も違うし、出会ってからの時間も短い。それなのに、互いに命を懸けられるなんて」
花の言葉に私も笑う。
「それが友達でしょ? まあ、友達ができるのは初めてだから間違ってるかもしれないけど……」
花は首を横に振る。
「間違ってないよ。私にはもう一人友達がいるけど、その友達も、一生消えない傷を負ってまで、命を懸けて私を守ってくれたから」
その言葉を聞いた私の胸が何故か少しだけちくりと傷んだ気がする。
「どうしたの、フローラ?」
そんな私の様子を見た花が首を傾げる。
「ううん。花のもう一人の友達にも会ってみたいなって思っただけ」
私の言葉を聞いた花は頷く。
「そうだね。きっと仲良くなれると思う。そのためにも、エルフを滅ぼそうとする神国の人間を駆逐し、女神の息のかかった人間を根絶やしにしなきゃね」
花の言葉に私は頷く。
花が言う通り、私たちはまず明日勝たなければならない。
そのために全力を尽くさなければならない。
……だからこのお願いは、邪なものではない。
「……花。今日寝る時、手を繋いでもらってもいいかな? 魔物とはよく戦ってるし、訓練では人とも戦ったことはあるけど、人と命を懸けて戦うのは初めてだから、少し不安で」
私の言葉を聞いた花は馬鹿にするではなく、私を抱きしめてくれた。
「人と命のやり取りをするのに、不安になるのは当然だよ。私もこの間経験したばかりだけど、何度経験したとしても慣れないし、気持ちのいいものじゃないから。それに、明日フローラはお父様を殺さなきゃならない。それは私では考えられないくらい大変なことだと思うから」
花はしばらくの間、私を抱きしめ続けてくれた。
人に最後に抱きしめられたのがいつかも思い出せなかった私は、それだけで心の中の不安が抜けていくような気がした。
そうして私は決戦前夜を安心して眠って過ごせた。
花と一緒なら大丈夫。
そう信じながら。
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