第26話 エルフと鬼③

 店に入ってきた五人の人間。

 闘気はそこまで多くなく、三秒あれば私一人で全員制圧できるだろう。


 とてもじゃないが、この五人の人間が、闘気の圧倒的に多いエルフを滅ぼせるとは思えない。


 男の一人が中年の男性店主へ告げる。


「おい。酒と女を準備しろ」


 男の言葉に、店主のエルフが返事をする。


「はい……」


 カウンターの裏から返事をした店主は、酒を用意しつつ、カウンター奥から、褐色の肌のエルフを呼んできた。


 褐色の肌のエルフを連れて酒を運んできた店主へ、男たちが声を荒げる。


「ふざけるな! 俺たちに使用済を使えっていうのか?」


 そんな男たちへ店主は頭を下げる。


「申し訳ございません。ただ、私の店は娼館ではなく、店の女性たちは、皆神国の皆さんとその……そういう関係になってしまいました……」


 店主の言葉に、男たちは顔を顰める。


「お前、あと何回残ってる?」


 男の一人が、隣の男へ確認する。


「俺はもう、あと一回だけだ。お前もそうだったよな?」


 さらに別の男へ尋ねる男の問いに、別の男が頷く。


「しょうがねえな。俺はあと三回だから、今回は俺のを使ってやるよ。次手柄挙げた時には、ちゃんと返せよ」


 男たちが繰り広げる意味の分からない会話。

 それに対して、グレンが補足する。


「エルフは他種族と性交し、その体液が粘膜に触れると、褐色肌のエルフ、通称ダークエルフになる。かつては、淫欲に負けた愚かな者だとダークエルフは蔑まれていた。だが、今は違う」


 グレンはそう言うと再び黙る。


 再び男たちの方へ視線を戻すと、男たちはキョロキョロと周りを見渡す。


「ちょっと子供っぽいけどアイツらは?」


 私たちの方を見た男の一人がそう言うと、別の男が首を横に振る。


「よく見ろ。確かにいい女だらけだが、アイツらは耳が短いからエルフじゃない」


 男たちはそう言うと、別の机のエルフたちに目をつけたようだ。


 先程何かがあと三回残っていると言っていた男が立ち上がると、その机の方へと歩み寄る。


「おねーさんたち。女二人で飲むのも淋しくないか? 俺たちと一緒に飲もうぜ」


 そう声をかける男を、二人組のエルフは蔑んだ目で見る。


「黙れ、下賎な人間どもが。国王が許していなければ、お前たちなど、この国に滞在するのも許せぬ。その汚い顔を洗って、さっさと国へ帰れ」


「その通りだ。息を吸うだけで空気が汚れる。消えろ」


 辛辣な言葉を浴びせるエルフに対し、男はなぜかニマニマと笑っていた。


「◯◯」


 男が小声で何かを呟くと、エルフたちの表情が突然変わり、トロンとした目つきになる。


 それを見た男は、二人のエルフの女性の間に入ると、両腕をそれぞれ二人のエルフの肩に回す。


「俺と飲みたくなったか?」


 つい先程まで嫌悪していたはずの男からそう言われたエルフは、顔を赤ながら、男の手を握る。


「……はい。ぜひ」


 先程までとは別人のようにしおらしく答えるエルフ。


 三人は立ち上がると、男は両腕をそれぞれ二人のエルフの腰にまわす。

 それに対し、嫌な顔どころか、その白い顔をますます顔を赤らめるエルフたち。


 それを見た私はグレンに尋ねる?


「どうなってるの?」


 私の問いにグレンが答える。


「お前も身を持って知ってるだろう称号とか言われる力だろう。誘惑か、幻惑か、支配か、洗脳か。そしてその力をん耐え与える力。この世界の理によらない反則級の力。それを用いてエルフたちを手籠にし、己の欲望の捌け口にしている」


 その言葉を聞いた私は立ち上がる。


「待て」


 私は私を止めようとするグレンを睨みつける。


「何で止めるの? グレンだって同じ女なら、望まない形で手籠にされるのがどれだけ嫌か分かるでしょ!」


 私の言葉には答えず、グレンは言葉を続ける。


「……奴らの力で操られたエルフは、奴らの味方になる。それがエルフを滅ぼす要因の一つだ。この国のエルフたちの一割から二割は奴らの味方になった。そしてその被害者たちはもっと増えるだろう」


 グレンはそう言うと、悔しそうな顔をする。


「残念ながら終わってるんだこの国は。エルフたちが神国相手に戦おうとも、その最初の相手は、神国の人間のせいでダークエルフに堕ちた同胞たちだ。同胞と戦い、心身ともに摩耗した状態で、戦闘に適した称号の力を用いる人間たちと戦って勝てるわけがない。詰みだ」


 グレンはそう言いながら私の目を見る。


「分かってないんだね、グレン」


 私は憐れむようにグレンの目を見返す。


「グレンが見てるのは盤面上だけ。盤面の上にいるエルフたちだけではどうしようもないのかもしれない。でも、盤面の外に私たちがいる」


 私の言葉に、グレンは反発する。


「そんなことは考えた。俺やサーシャがいても、この盤面は覆せない。何十回、何百回もシミュレートしたが、エルフは滅びる」


 私はそんなグレンの両頬を両手で包み、私の方を向ける。


「私がいるじゃない」


 私はグレンの目をまっすぐ見る。


「その構想の中に私はいないでしょ? 私も含めてもう一度考えてみて。長老だけ仲間にするより、エルフみんなを仲間にした方が強いでしょ?」


 驚き目を丸くするグレンから、私は目を離した。


 私は、初めての酒で高揚した頭から、闘気で毒素を追い出す。


 頭が冴えてきても、私の考えは変わらない。


 絶望的な状況だから諦める?


 そんな選択肢はない。


 それではとても顔向けできない。


 死んだお父様に。

 私を信じてくれる親友に。


 戦力として私が頼りないのは分かっている。

 サーシャさんやグレンの方が間違いなく強いだろう。


 でも、私には何もないわけではない。


 私には肩書きがある。

 人間が食いつく撒き餌になれる。


 私はエルフの腰に手を回す男の両腕を引き剥がす。


「どうした? お前も相手して欲しいのか?」


 そう言っていやらしい視線を向けてくる男の顎を、私は拳で下から振り抜く。


 吹き飛ぶ男を見て、他の四人の男たちが一斉に私を見る。


「何だ、お前?」


 私は男たちの問いかけに答える。


「私は鬼神の娘、花。我が父を殺したお前たちに復讐しに来た」

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