第27話 エルフの姫と鬼①
空を駆ける私の耳に、言葉が流れ込んでくる。
ーー神国の人間がやられた。
ーー鬼が暴れている。
友好関係を結んでいる神国の人間が何がされるのは、問題ではあるが分かる。
だが、鬼が暴れているというのは分からない。
この国には、エルフと神国の人間以外の種族はいない。
鬼というのは何かの比喩だろうか。
そんなことを考えながら駆けつけると、派手に扉を壊された酒屋の外で、一人の少女が人間相手に戦っていた。
相手の人間は神国の兵士。
一般兵の中に一人、隊長クラスも紛れている。
店の中には一人の人間が倒れ、外にももう一人倒れていた。
残る人間は三人。
本来なら戦いを止め、国内の不始末を神国の人間に謝らなければならない立場にあるはずの私は、私がやりたくて仕方のないことを代わりにやってくれている少女を眺めていた。
「死ね!」
そう言って放たれた光の矢を、最小限の動きでかわす少女。
魔力の量こそ、エルフと比べると特筆して多くはないが、その洗練された動きは、エルフの精兵の中でも真似できる者は少ない。
「くそがっ!」
そう言って斬りかかろうとする兵士を、隊長クラスの人間が右手で静止する。
「相手は手練れだ。いただいた力を使うぞ」
そう言って何かを呟こうとした男の首が、突然血を吹いた。
「なっ……」
私の目でも捉えきれない速さで、細身の女性が隊長クラスの男の首を切っていた。
驚いて固まる二人の人間のうちの一人の顔面を、少女の拳が捉えた。
ーードギャッーー
吹き飛ぶ人間を見た、残り一人の人間が、二人のエルフに命じる。
「お、お前たち、俺を守れ!」
しかし、それを聞いたエルフは特に動きを見せない。
「私たち、貴方のことはなんとも思ってないから」
そう言って部屋の中に倒れる人間の方へ歩んでいき、その人間がぴくりとも動かないことを確認して悲しそうな表情を見せる。
その様子を見た少女は、残る一人の人間の元へ近づく。
怯える人間の胸ぐらを掴みながら、告げる。
「お前たちの親玉に告げろ。鬼神の娘、花がお前の首を奪りにくると」
コクコクと頷き、倒れる仲間を見捨てて逃げ出す人間。
その人間の背中を見送ってから、ずっと静かにしていた金髪の少女が、鬼神の娘を名乗る少女へ詰め寄る。
「お前、バカか! 父親の仇を討ちたいんじゃないのか? 縁もゆかりもない他種族のために命を捨てる気か?」
詰め寄る少女へ、鬼神の娘は答える。
「そんな訳ないだろ。お父様の仇は討つし、ここで死ぬ気はない。ただ、ここでエルフを見捨ててはお父様に顔向ができない」
鬼神の娘の言葉に、金髪の少女は呆れた顔をする。
「話にならない。お前みたいな考えなしのバカとは行動は共にできない」
金髪の少女の言葉に鬼神の娘は答える。
「考えなしではない。これで人間どもはエルフを滅ぼすことだけでなく、私という復讐者にも目を向けなければならなくなった。大なり小なり計画に影響はあるはずだ。私が敵の注目を集めている間に、グレンとサーシャさん長老やエルフで、敵の主力を叩く。そうすれば勝機があるはずだ」
鬼神の娘の言葉に、金髪の少女はその紅眼を光らせて考え込む。
「ダメだ。敵の戦力が分からない。鬼の村のような少数の種族ではなく、エルフの国を滅ぼすのに、敵が適当な備えをしている訳はない。少なくとも洗脳系の称号持ちと、その力を他の人間に与える称号持ち。長老や洗脳を受けていないエルフの精鋭と戦って負けないだけの戦力。そして、不測の事態への備え。それらは用意しているはずだ」
金髪の少女の言葉に鬼神の娘が答える。
「そのうちの不測の事態を私が起こして、敵の一部を引きつける。もともとエルフに備えていた戦力は長老と精鋭が引きつける。その隙にグレンとサーシャさんで主力を倒す。これで戦力は足りている」
鬼神の娘の言葉に、金髪の少女は首を横に振る。
「ダメだ。俺とサーシャはよっぽど負けないが、長老以外のエルフを動かすのは俺たちでは無理だ。そして何より、お前じゃ囮の役目を果たせない。すぐに殺されてエルフの援護に行かれるか、俺とサーシャのところの備えが厚くなるかだ。結果は目に見えている」
金髪の少女の言葉に、鬼神の娘は何も言い返せない。
でも、分かる。
滅びるとまでは思っていなかったけど、このままじゃエルフの未来は危ないのは感じとっていた。
戦わなければならないのは分かっていた。
でも、踏ん切りがつかないでいた。
金髪の少女と細身の女性が只者でないのは見れば分かる。
鬼神の娘が、例え自分たちのためだとしても、力不足だとしても、エルフのために戦おうとしてくれているのも。
ならば私がここで黙っている理由はない。
「そこの金髪の少女」
私の言葉に金髪の少女がこちらを向く。
「何だ? お前が盗み聞きしているのは分かっていたが、敵意はなさそうだから放っていた。神国の味方をして私たちと敵対するというのなら容赦はしないぞ」
金髪の少女から魔力は感じない。
でも、その目に込められた殺気からは、私のことなど簡単に殺せるという意思が感じられた。
弱いものならその殺気だけで戦意を喪失してしまうほどの殺気。
やはりこの金髪の少女は相当な実力者だ。
「妾はこの国の王の娘。酒場で暴れる不審な輩がいたから来たまでのこと」
私の言葉に、金髪の少女が鼻で笑う。
「ふっ。王族の娘が盗み聞きとは趣味が悪い。この国をこんな状態になるまで何も手を打たなかった無能な上に、躾もなっていないとは。王族がこれでは国が滅ぶのも必然だ。やはり手は貸せない」
辛辣な言葉には触れず、私は右手を相手に向けて構える。
「何とでも申すが良い。妾はこの国の王族として、不審な輩であるお前たちを捕える」
私の言葉に、金髪の少女が笑う。
「面白いことを言う」
そう言いながら、金髪の少女も右手を私へ向ける。
「俺の力が分からないほど弱くもないだろうに。俺は俺の目的のために捕まるわけにはいかない。その白い肌が消し炭になっても知らないぞ」
そう告げる金髪の少女の前に、鬼神の娘が割って入る。
「……何のつもりだ? お前も一緒に燃えたいのか?」
金髪の少女の言葉に、鬼神の娘は金髪の少女を睨みつける。
「私たちの敵は、神国の人間どもだ。敵を同じくする者同士、戦う理由がどこにある?」
声を荒げる鬼神の娘に、金髪の少女は肩をすくめた。
「俺は無能とは共に戦えない。そのエルフの王族然り。俺の言葉を守れず勝手に動くお前も然り、だ」
金髪の少女はそう言うと、背中を向ける。
「お前を連れていくのはここまでだ。俺は俺のやり方で神国と戦う。お前は勝手にするといい」
そう言い残すと、金髪の少女は細身の女性と共に、魔力を用いた跳躍で飛び立った。
追いかけられなくもないが、私が飛んだところを迎撃されると分が悪い。
ふと気付くと、立ち尽くす私を、鬼神の娘が警戒しながら見つめている。
「エルフのために仲違いさせてすまぬ。追いかけなくても良いのか?」
私の問いかけに鬼神の娘が頷く。
「私は、父の仇である神国の人間に復讐するために動いている。そのためにグレンたちと行動を共にしていた。グレンには助けてもらった恩があるが、目の前で苦しむ者たちを見捨てて、自分だけ目的を果たそうなんて気は私にはない。お互い譲れぬものがあるなら道を違えるしかない」
そう言って鬼神の娘は身構える。
「だが、私を捕まえようと言うのなら、私も黙ってはいられない。本意ではないが貴女と戦うことになる」
隙のない構え。
先ほどの戦いでも思ったが、エルフや魔族とは違い、見た目通り若いであろう鬼の娘。
この年齢でここまでの極地に到達するのにどれだけの努力を費やしたのだろうか。
私はそんな鬼神の娘に対して手の平を逆に向け、敵意のないことを示す。
「先ほどの言葉は、そなたらを試そうと思ったまで。もとより危害を加えるつもりはない。妾の暮らす国のためを思ってくれているのなら尚更のこと」
私の言葉に、鬼神の娘も構を解く。
「私も、この国の状況は先ほど聞いたばかりで良く分かっていない。でも、この国が滅びる寸前で、私にできることがあるなら力になりたい」
鬼神の娘の言葉に、私は頷く。
「それは誠にありがたい申し出である。ぜひにお願いしたい。だが、疑問を一つ聞かせてもらえぬだろうか?」
私の言葉に、鬼神の娘は頷く。
「何でも聞いてくれ」
私は素直に尋ねる。
「来たばかりの縁もゆかりもない国のために、仲間と離れてまで尽くそうとしてくれるのは何故であるか?」
私の言葉に、鬼神の娘は簡潔に答える。
「亡き父ならそうするからだ。父に負けない鬼になるため。村に残った親友に恥じない鬼になるため。私は貴女たちの力になりたい」
私はさらに尋ねる。
「その結果、エルフと一緒に滅ぶことになっても?」
鬼神の娘は首を横に振る。
「滅びはしない。私が滅ぼさせない。お父様ならきっとどんな状況でも救ってみせるだろうから」
そう力強く答える鬼神の娘の瞳は、美しさではどんな他種族に負けないエルフよりも。
神国の人間どもが見せびらかすどんな宝石よりも。
これまで見たどんなものよりも美しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます