第25話 エルフと鬼②

 グレンの言葉を聞いた長老と呼ばれる少女は声を上げて笑い出す。


「はははっ。面白いことを抜かしおるな、小娘。エルフの未来に先がない? お主と共に戦え?」


 そこまで言って、長老と呼ばれる少女の目線が突然鋭くなる。

 愛くるしい少女の目から、幾百幾千の戦いを戦い抜いてきたかのような歴戦の猛者の目になる。


「百年も生きておらんガキが。寝言は母親の腕の中で言うがよい」


 お父様と毎日特訓をしていた私は、強者の威圧には慣れているつもりだった。

 この長老と呼ばれる少女の剣幕は、そんな私でも萎縮してしまうほどのものだった。


「生憎、父も母も、俺が物心ついた頃にはいなかったので、それは無理だ。だが、長老。貴女ほどの人が、これだけ感情を露わにするのが、俺の言葉が芯をとらえている証拠だろ?」


 グレンの言葉に、長老と呼ばれる少女は目つきを若干緩める。


「食えんガキじゃ。儂が味方になることはないが、話は聞く。お前たちが何者なのかと、目的を話すがよい」


 長老と呼ばれる少女の言葉を聞いたグレンは頭を下げる。


「無礼な態度、申し訳なかった。言い訳にはならないが、当てにしていた相手が殺されて、俺にもあとがない。それだけ貴女を仲間にしたいと言う気持ちだけ分かって欲しい」


 恐らくお父様のことを言ったのであろうグレンの言葉に、私の胸がズキリと痛むが、グレンのことをよく知る機会だと思い、私は真剣に話を聞くことにする。


「俺はグレン。亡き東の王国の、今はもういない王太子の許嫁だ。身寄りがなかった俺を、王様と王妃様が、息子である王太子の遊び相手として育ててくれた。そして、そんな俺に王太子は好意を寄せてくれていて、お互い結婚を誓っていた。魔族の婚姻の約束は、命より重い。……俺は幸せになるはずだった」


 知らなかったグレンの過去。

 だが、この後のおおよその想像はつく。


「それを壊したのは神国の人間だ。騙し討ちで王国へ攻め入り、人質を取って王様を殺し、王妃様も王太子も殺された。身寄りのない俺を家族のように扱ってくれた恩人を、奴らは殺し、恩人の愛した国を己らの欲望の捌け口にしている」


 グレンの瞳が炎のように燃える。


「俺は奴らを許さない。奴ら全員に、生まれてきたことを後悔するくらいの苦痛を与えて殺す。一人残さず、考えうる限り残虐な方法で無惨に殺す。それが俺の目的だ」


 グレンの言葉に、長老と呼ばれる少女は無言のままでいる。


「ここいる人間のサーシャも。鬼神の娘も。俺と似たり寄ったりだ」


 グレンの話を聞いた長老と呼ばれるが質問する。


「お主らの目的は分かった。じゃが、それになぜ儂が手を貸さねばならぬ?」


 長老と呼ばれる少女の問いにグレンが答える。


「それは貴女が一番よく分かっているはず。この国はもう神国に蝕まれている。死ぬのを待つだけの病人だ。貴女だけでもこの国から脱出し、俺たちと共に仇を討つために協力して欲しい」


 グレンの言葉に、長老と呼ばれる少女が鼻で笑う。


「ふっ」


 長老と呼ばれる少女の態度にグレンがムッとする。


「だからガキだと言ったのじゃ。エルフが滅ぶ? だから何じゃ? まだ滅びておらぬ。滅びておらぬのに儂だけ逃げるわけがなかろう」


 長老と呼ばれる少女の言葉に、グレンが反論する。


「滅ぶのは確定だ。それは貴女も分かっているはずだ。それなら貴女だけでも生き残り、仇を討つ方が合理的だ」


 グレンの言葉に、長老と呼ばれる少女が笑う。


「合理的か。そんなもの糞食らえじゃ。儂はエルフの長老。お主らの滅びた王国が生まれる前から生きておる。負けるのが確定的だから諦める? 諦めたら本当に終わりじゃ。諦めなければ可能性が生まれる。その可能性を掴むために命を燃やす。二千年の知恵と魔力はそのために費やす」


 笑う長老を眺めながら、グレンが苦し紛れの反論をする。


「そんな奇跡のようなことは起こらない」


 その言葉を聞いて長老が再び真面目な顔をする。


「小娘よ。いいことを二つ教えてやる。一つ目。奇跡は信じる者の前にしか現れない。人が信仰にハマる理由ははそれじゃ。儂も、神国が言う神などと言うものは信じちゃおらんが、信じる力による奇跡はある。それを起こすのは人の想いじゃ」


 私は長老の言葉に心を共感する。


「もう一つ。人を動かすのもまた人の想いじゃ。お主は大事な人を失ったのであろう? 今儂と同じ状況になったとして、可能性がないからと言ってお主は諦めるのか? 可能性がないことなんて理由にならない。可能性がなくても自分も死ぬのだとしても命を賭けるのではないか?」


 長老の言葉に、グレンは何も言い返せない。


「そのことを理解して、それでも儂を動かす言葉があるのなら、もう一度ここへ来るがよい。この街への滞在許可と宿は、儂が手配してやろう」


 長老の言葉に、グレンが反発する。


「もういい。勝手にこの国と共に死ねばいい」


 そう言って家を去ろうとするグレンの腕を私は掴む。


「待て」


 そんな私をグレンは睨みつける。


「……離せ」


 そう拒絶しようとするグレンを私も睨み返す。


「離さない。お前と私は対等なんだろ? 最終的に判断するのはお前でも、意見は言わせてもらう」


 私の言葉に、グレンは少し黙った後で告げる。


「いいだろう」


 グレンの言葉に私は頷く。


「私たちをこの街は残すということは、長老も何か思うところがあるということだ。お前の気持ちと言葉次第では、翻意する可能性もあるはず。貴重な戦力になるかもしれない人を、一時の感情で失うのは愚かなことだ」


 私の言葉に、グレンの目が少しだけ見開く。


「そして、私にはなぜエルフが滅ぶのかが分からない。グレンも長老もそう思っているのだから間違いないのだろうが、私もその理由を聞いた上で、私の目でその理由の元を見させて欲しい。可能性は限りなく低いかもしれないが、全く何も知らない者が見ることで、もしかすると何か解決の糸口が見つかるかもしれない」


 私の言葉を聞いたグレンが大きく目を見開く。


「……お前。ただの脳筋ではないんだな」


 グレンの言葉にムッとするが、私は堪える。


「馬鹿では鬼神になれない。人間の本で勉強もしてきたし、常に物事を考えるようにもしている。何よりお父様から上に立つ者の心構えを教わってきた」


 私の言葉を聞いたグレンは、長老へ頭を下げる。


「俺が短慮だった。貴女の言葉に甘えて、少しだけ時間をいただきたい」


 素直に頭を下げるグレンを見た長老は笑みを浮かべる。


「仲間の言葉に耳を傾けられるのは大事なことじゃ。よかろう。しばし考えてみるが良い」


 長老の言葉に、グレンは再度頭を下げる。


「ありがたい。数日後また会話させて欲しい」


 グレンの言葉に長老は頷く。


「お主らの宿はここじゃ。手配は済ませておくから、しばらく街を見た後くるが良い」


 長老はそう言って、グレンへ紙を渡す。


「感謝する」


 グレンはそう言って紙を受け取った。






 長老の家を出た私たち。


 私はグレンへ問いかける。


「さっきも言ったが、なぜエルフは滅びるんだ?」


 私の問いに、グレンが答える。


「街を見れば分かる」


 グレンはそれだけ言うと、振り返りもせずに私の先を歩いていく。


 グレンの後に続きながら街を見るが、特に変わったものはない。


 石でできた頑丈な家と、細身で美しいエルフたち。


 多くは透き通るような白い肌だが、一割から二割くらい、褐色の肌の者たちが混ざっている。


「分かったか?」


 しばらく歩いたところで、振り返ってそう尋ねるグレンに、私は首を横に振る。


「いや」


 グレンはため息をつくと、酒場と思しき建物を親指で指す。


「あそこで話す。ついてこい」


 私は頷き、グレンの後に続く。


「お前、酒は飲めるか?」


 グレンの問いかけに私は首を横に振る。


「飲んだことがない。鬼の村では十八になるまで酒は飲めず、私はまだ十五だ」


 私と同じか少し年下に見えるグレンは告げる。


「エルフの国では酒に対する年齢制限がない。見た目じゃ歳がわからないことが多いし、魔力で酒の毒を分解できるからだ」


 グレンはそう言うと、給餌の女性へ酒を三つ頼む。


「しばらく座っていれば分かる。少し待っていろ」


 グレンの言葉に従い、私たちはこの場でしばらく酒を飲みながら待つことにした。


 いつも無口なサーシャさんは相変わらず無言だったが、流し込むように酒を飲み、グレンもちびちびと酒を飲んでいる。


 それを見て私も、一口酒を口にした。


 カーッと焼けるような暑さが喉を伝わり、私は目を見開く。

 そんな私にグレンが頭を下げる。


「さっきはすまなかった。お前が言う通り、感情に任せて貴重な戦力を手にする機会を失うところだった」


 そうやって頭を下げるグレンの頭を、私は撫でる。


「なっ……」


 そう言って驚いた顔をするグレンに、私は微笑む。


「しょうがないよ。普段大人ぶってるけどグレンも子供だし。私もお父様が民の上に立つ者の心構えを教えてくれてたから、あんなことが言えただけ。誰だって間違うことはあるよ。そんな時に間違いを指摘し合える。そのための仲間でしょ?」


 私の言葉に、グレンは頷く。


「グレンもせっかく可愛いんだから、いつも難しい顔して偉ぶってないで、もう少し表情柔らかくした方がいいんじゃないかな」


 私はそう言って、グレンのスベスベの肌の感触を感じながら、両手で彼女の口角を上げる。


「な、何をする!」


 そう言って顔を赤らめるグレンを見て、思わず私は言ってしまう。


「可愛いっ!」


 そんなやりとりをしていると、店の中に、白い服に身を包んだ人間の男たちが五人ほど入ってくる。


 それを見たグレンが、私の手を払いのけ、真面目な表情に戻る。


「来たぞ。あいつらが、エルフを滅ぼす元凶その一だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る