第24話 エルフと鬼①
初めて訪れる他種族の街。
森の中の小さな集落を予想していた私は、森の中に突如現れた巨大な街に驚愕した。
「グ、グレン。エルフっていうのは森の中で、木々に寄り添って暮らしてるんじゃなかったのか?」
驚きを抑えきれないまま質問する私に、グレンが答える。
「俺の認識でもかつてはそうだった。まあ、こうなった理由は知っているがな」
そう答えるグレンの瞳がいつもより紅く輝いて見えた。
高くそびえる石の壁にぐるりと囲まれた街に近づくと、巨大な門の横に槍を持った二人の兵士が立っていた。
両脇を守るように立つその二人は、胴回りを皮の鎧で守った色白の細い男たちだ。
耳が長く、鬼の私から見ても顔立ちが非常に整っている。
その体は、鬼どころか、人間と比べても細い。
私が殴れば粉砕してしまいそうな細さ。
でも、今ここで殴りかかってもそんな結果にはならないだろう。
その身に纏う闘気の量が多いからだ。
表面上隠してはいるが、間違いない。
恐らく、私より多い。
私は肩に担いだ金棒を握る手に、思わず力を入れる。
「おい。お前はいきなり暴れるつもりか? エルフの魔力が多いのは当たり前だ。エルフの魔力は、一兵卒であっても、魔族の軍の下士官クラスくらいはある。都市の安全に重要な門番を務めるくらいなら、魔族の将校クラスはあってもおかしくない」
その言葉を聞いた私は、グレンの顔を見る。
「でも、それだけの魔力を持っていても滅びるんだろ?」
私の言葉にグレンの目が厳しくなった。
「その話は黙ってろ。エルフは耳がいい。この距離でも聞こえているかもしれない」
グレンの言葉を聞いた私は口を閉じる。
そのまま無言で門へ近づくと、二人の門番が槍をこちらへ向けてきた。
「お前たち、東の王国の者だな? 何の用で来た?」
光を反射してキラリと光る槍の穂先を気にも留めず、グレンが口を開く。
「お前たちエルフは中立のはずだ。敵対しているわけでもない俺たちに、なぜ槍を向ける?」
グレンの言葉に、門番の一人が答える。
「王国は滅びたと聞いている。滅びた王国ではなく、存続している国と距離を近くするのは当然のことだ。その距離を近くしようとしている国に滅ぼされ、恨みを持っているだろう者を、簡単に受け入れるわけがない」
その言葉を聞いた私は、再び金棒を持つ手に力を込め、サーシャさんも、剣の柄に手を添える。
そんな私たちを、グレンは右手で制す。
「私は亡き王国王太子の許嫁グレン。古の約定により保護を申し入れます」
いつもの男性口調ではなく、いいところのお嬢様のような声と喋り方でそう申し入れるグレン。
グレンの言葉に顔を見合わせる二人の門番。
そして、私も思わずグレンの横顔を見る。
私はグレンのことを何も知らない。
圧倒的に強いサーシャさんが従っているから、強いのは間違いないと思っていた。
お父様の仇の人間たちを殺すのに、強ささえあれば問題ないと思っていた。
だからグレンが何者でも構わなかった。
だからグレンのことを深く知ろうともして来なかった。
「何だその古の約定というのは?」
門番の問いかけにグレンが答える。
「我らが王国の始祖である勇者と、エルフの当時の王との間で結ばれた二千年前の約定です」
グレンの言葉を聞いた門番が、槍を握る手に力を込める。
「そのような約定聞いたこともない。早々に立ち去れ」
殺気立つ門番に対し、グレンは一歩も引かずに答える。
「長老なら約定をご存知のはず。一度確認いただけないでしょうか?」
グレンの言葉に、門番はもう一度顔を見合わせた後答える。
「長老は忙しい。そんな時間はない」
そんな門番にグレンは食い下がる。
「大切な約定を違えたとなれば貴方の責任ですよ。その責任が貴方に取れるのですか?」
グレンの言葉に門番は考える。
「一度上司に問い合わせる。ここで待て」
門番の一人がそう言って門を離れようとした時だった。
「その必要はない」
そう言葉を発したのは、今までそこにいなかったはずの、小さな少女だった。
金色の髪に、十歳くらいの背丈。
その白い肌と長い耳からこの少女もエルフであるのは間違いないだろう。
「長老!」
とても長老とは思えない愛くるしい見た目の少女に対し、門番が驚きの声を上げる。
「危険です! お下がりください」
そう告げる門番に対し、長老と呼ばれた少女は、やれやれとため息をつく。
「お主らの目は節穴か? こやつらがその気になれば、お主らなど一瞬で首だけになっておる。こやつらを止められるのは儂か姫ぐらいじゃろうな」
少女はそう言うと、グレンとサーシャさんと私を順に見る。
「魔族に。人間に。鬼。珍しい組み合わせじゃが、その目を見れば理由は聞かんでも分かる。とりあえずわざわざこんなところまで来てもらったんじゃ。話だけでも聞こう」
そう言って私たちを連れて街の中へ入ろうとする長老と呼ばれた少女へ、門番が声を上げる。
「お、お待ちください。王国の者たちを勝手に街へ入れては、神国に対して申し開きが……」
門番の言葉を聞いた長老と呼ばれる少女の目が、外見の年齢とは不相応に厳しくなる。
「我らがなぜ神国の顔色を窺わねばならぬのじゃ? 我らと奴らは対等な関係。中立である我らがどこの国の者と付き合おうと問題はない。……今はまだな」
長老と呼ばれた少女は、それだけ言うと私たちの方へ目を向ける。
「申し訳ない、客人方。不快な思いをさせるかもしれないが、着いてくるのじゃ」
私は、グレンの方を向く。
グレンは口元に笑みを浮かべていた。
珍しい様子のグレンに驚いたが、グレンの笑みはすぐに消える。
「感謝いたします、長老様」
恭しく頭を下げるグレン。
今のグレンは、先ほど自分で名乗った通り、王太子の許嫁という、お姫様のようにしか見えない。
門をくぐり、街の中へ入っていく長老と呼ばれた少女の後に続くグレン。
当然のようにグレンの斜め後ろを歩くサーシャさんに遅れないよう、私も急足でその背を追いかける。
エルフの街は、石の頑強な建物で溢れていた。
街を歩くのはほとんどがエルフばかり。
チラホラと肌が褐色のエルフがいることと、白衣や鎧に身を包んだ人間が混ざっている以外、他種族はいない。
だから、他種族ばかりである私たち三人は目立つ。
好奇と不審の視線がいくつも注がれる中を、グレンもサーシャさんも意に介さず歩く。
他種族をほとんど見たとのない私は、どうしても緊張してしまうが、なるべくそんな様子を外に出さないようにして歩く。
しばらく歩くと、街の外れに大きな木が見えてきた。
鬱蒼と生い茂るその大木は、天を貫きんばかりに大きく、数千年、場合によっては万を超える年月を経ていそうな立派なものだった。
大木に近付くと、その根元に木でできた小さな小屋が見える。
「あれが儂の家じゃ」
そう指された家は、簡素という言葉がお世辞に聞こえるほど、みすぼらしいものだった。
私の家も、鬼神が住む家にしては簡素だと思うが、今目の前に見える家は、それに輪をかけていた。
エルフにおいて長老というのがどれほどの地位にいるのかは分からないが、門番の反応を見るに、それなりに偉いはずだ。
それがなぜこんな家に住んでいるのか。
その疑問が解消する間もなく、長老と呼ばれる少女が家の戸を開ける。
「狭い家じゃが入るがよい」
そう言われて、招かれるがままに入った家は、謙遜ではなく本当に狭かった。
「エルフの長老といえば、王に次ぐ地位。それがなぜこのようなところへ?」
グレンの言葉に長老と呼ばれる少女は笑う。
「エルフの家は森じゃ。雨風と夜露が凌げれば、家などこんなもので十分じゃ」
そう告げる長老と呼ばれる少女の目は、どこか寂しげだった。
長老と呼ばれる少女は、表情を真面目なものに変え、真っ直ぐにグレンを見る。
「それで? わざわざ敵地のすぐそばまで、儂に会いに来た目的は?」
長老と呼ばれる少女の問いかけに、グレンもまた真面目な表情で答える。
「エルフの未来に先はない。国を捨て、俺と共に戦え」
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