第22話 エルフの姫①
「姫!」
私が、仕留めたばかりの猪に似た巨大な魔物から矢を抜いていると、私の護衛で幼馴染でもある双子の兄弟の兄、ギルノールが血相を変えて、大声を張り上げながら駆け寄ってくる。
細身の者が多いエルフの中では肉付きのいいギルノールは、その青い瞳の目で私を睨んだ。
「何度申し上げたら分かるのですか? 貴女は我らエルフの宝なのです。それを、魔物の血で自らその手を汚すなど」
今すぐ長い耳を塞ぎたくなるギルノールの小言に、私は仕方なく返事をする。
「城から魔物に襲われる子供の声がしたのでな。他の者は気付いておらぬようであったゆえ、妾が手を下したまでのこと」
私はそう言って、ギルノールから首ごと目を逸らす。
「それなら私かエルノールに声をかけていただければ。その白いドレスも汚してしまって。姫は姫らしくしてください」
同じく私の護衛を務める双子の弟の名を語るギルノールに、私はため息をつきながら答える。
「そなたらは足が遅い。妾が一人で駆けた方が早い。それともそなたは、助けが遅れて子供が死んでも良いというのか?」
私は木の根元で震えていた二人の子供の方へ視線を送った。
命が助かったことで安堵したのか、子供たちはホッとした表情を浮かべている。
子供たちを見たギルノールはそれ以上の文句をやめ、今度は愚痴を呟く。
「姫が無茶をされると王から私が怒られるのです……」
私はそう呟いて肩を落とすギルノールへ告げる。
「それなら妾より聞こえる耳と、妾より疾く駆けられる脚を持つことだな。そうすれば妾が魔物を狩ることも、父から叱責を受けることもないであろう」
私の言葉に、何も言い返せないギルノール。
代わりに、私が助けた子供がこちらへ近づいてきて頭を下げる。
「ありがとう、姫様。姫様のおかげで俺も妹も助かった」
私はそんな子供の頭を魔物の血がついていない方の手でポンポンと軽く叩く。
「気にするでない。民を助けるのは上に立つ者の当然の役目である」
そんな私の言葉を聞いたもう一人の子供も目を輝かせながら口を開く。
「私、大きくなったら姫様みたいに強くて綺麗な女性になる」
私はもう一人の子供の言葉に頷く。
「ぜひ頑張ってそうなって欲しいものだ。そうすれば妾も姫などやめて、自由に狩りができる」
私の言葉に、ギルノールは苦い顔をする。
「貴女には狩りなどより大事なお役目があるのです。いつもいつも……」
ギルノールの小言が長くなりそうなので、私は長い耳を塞ぐ。
そんな私たちの前に、ギルノールとよく似た容姿をした別のエルフが歩いてくる。
長身で、エルフにしては筋肉質な体。
金色の短髪に長い耳。
違うのはギルノールとは反対の赤い瞳。
「ギル。その辺にしとけ。お前の話は横で聞いてても耳を塞ぎたくなる」
そう口を開いたのは、ギルノールの双子の弟エルノールだ。
「黙れエル。お前はいつもそれだ。お前には姫の護衛である誇りと自覚が足りない。だから姫も調子に乗って魔物狩りになどでかけるのだ」
小言の矛先が、エルノールに向かったことで、私はギルノールにバレないようホッとため息をつく。
姫である私に調子に乗ってなどという不敬な発言をするほどにギルノールは頭に血が昇っている。
これではいつ話が終わるか分からない。
私は言い争う二人を置いてそっと帰ることにする。
魔力を消して爪先立ちで歩こうとする私。
でも、すぐに二人にバレてしまう。
「姫! どこへ行かれるのですか? 貴女はこれから公務があるじゃないですか!」
「姫。この魔物の死体、どうするんだ? 鏃を作るのに、ちょうどこいつの牙が欲しかったんだ」
外見が瓜二つでなければ双子であるのを疑ってしまうほどに、全く別のことを話す二人。
「公務と言いながらどうせ神国の者どもの接待であろう? あのような下卑た目をした者どもの前に行くなど嫌に決まっておる。それともそなたは、妾が奴らに視線で辱められるのを望んでおるのか?」
「それは……」
私の言葉に何も返せないギルノール。
「エルノール。牙を一本与える代わりに、この魔物の解体を命ずる。肉は美味とは言い難いが、牙と毛皮は上物であろう。森の恵みに感謝し、余すことなく活かすように」
私の言葉に嬉しそうに頷くエルノール。
「了解だ、姫。姫も手伝ってくれるか?」
エルノールの言葉に私は頷く。
「よかろう。妾も手をかそう」
私は動きづらかったので、裾をまくって結んだままのスカートから覗く足を、魔物にかける。
「ひ、姫! そんなはしたない真似はなさらないでください」
ギルノールの言葉を無視し、右手に魔力を込める。
「えいっ!」
掛け声と共に、右手で作った手刀を魔物の巨大な牙へ振り下ろす。
ーースパッーー
魔物の巨大な牙は音を立てて下へ落ちる。
「すごーい!」
子供の歓声に気分をよくしながら、私は牙をエルノールへ投げ渡す。
「おっと」
巨大な牙を抱えるエルノールを横目に、私はもう一本の牙も手刀で落とす。
「あとはそなたに任す。そなたの魔力では解体できぬ部分があれば残しておくがよい」
魔物の皮を剥いで肉を捌くのは重労働だ。
私のような華奢で可憐な乙女の仕事ではない。
「姫の方が魔力が多いんだから、手伝うっていうならこっちもやって欲しいんだけどな……」
エルノールの愚痴は聞こえないふりをして、私は子供たちの方を向く。
魔物の解体は子供にとって刺激が強すぎるだろう。
「そなたら、妾が家まで送ってやろう」
そう言って差し伸べようとした手が魔物の血で濡れていることに気付き、私は純白のドレスで手を拭う。
「ありがとう!」
私は両手を二人の子供と繋ぎ、街へ向かう。
そんな私を見て頭を抱えるギルノールを後ろに従え、私たちは街への道を歩いた。
子供たちと他愛のない話をしながら街へつく。
森と共に生きるのを生業としていたエルフではあったが、最近は神国の影響で、人間の住む場所と変わらなくとなった街。
かつての自然に寄り添った家の方が好きだった私にとってはあまり好ましくないが、民がそれを望むのであれば、私がどうこういうことではない。
街に入ると、見知った顔が声をかけてくる。
「姫様、また服を汚して……」
「嫁入り前の娘がそんなに足を出すもんじゃないよ」
「姫様、俺と結婚して!」
口々に話しかけてくる人々と言葉を交わしつつ、子供の家に着くと、母親が出迎えてくれた。
「母さん! 森に行ったら魔物がいて、姫様がやっつけてくれた!」
「こーんなおっきいイノシシみたいなやつを弓で一発で仕留めて、素手で牙をえいって折ったの!」
二人の言葉を聞いた母親が頭を下げる。
「もう。森に子供だけで言っちゃダメだってあれほど言ったのに……。申し訳ありません、姫様」
私はそんな母親に対し、首を横に振る。
「気にするでない。民のために尽くすのは上に立つ者の義務である。無事であったのだから気にするでない」
私の言葉に少し考えた母親はキッチンに向かい、何かを持ってくる。
「お礼と言ってはなんですが、クッキーを焼いたのでよかったらどうぞ」
私は母親から渡されたクッキーを遠慮なく受け取る。
こういう時は受け取った方が、渡した方も子供を助けられた負い目がなくなり良い。
「いいなー」
「ずるーい」
そう言って羨ましそうな顔をして私のクッキーを覗き込む二人の子供の口に、私は一個ずつクッキーを放り込む。
「妾の話し相手になってくれたお礼じゃ。また相手をしてくれ」
再度頭を下げる母親と嬉しそうにクッキーを頬張る子供たちに手を振り、私とギルノールは家を後にする。
「エルノールのやつにも、ご褒美をあげに行くか」
ギルノールにそう言うと、少し考えこむ顔をする。
「今から公務に戻ってもその格好では恥をかくだけですし……。はあ、仕方ございません。あとで王には私が怒られるのでエルのところへ行きますか」
そう言って少し下を向くギルノールの口へクッキーを放り込む。
「まあ、それでも食べて元気を出すがよい」
そうして再び森へ向かう私たち。
……この時は、遅れてでも公務に出なかったことを後悔することになるとは、夢にも思っていなかった。
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