第一章

第20話 西の森

「グレン様」


 私の呼びかけに、紅眼の魔族グレンが応える。


「様はいらない。お前と俺は対等なんだろ?」


 煌めく金髪と炎のような紅眼の魔族グレンは、そう言って揶揄うような笑みを浮かべる。


「それじゃあ遠慮なく。グレン。貴女はこれからどこに向かうんだ?」


 私の問いかけにグレンは日が沈む方角を指差す。


「王国の西の森だ。敵と戦うには、強力な戦力が必要だ。鬼神という当てがなくなった今、次の戦力を探しに行かなければならない」


 西の森に、お父様と同じくらいの戦力がいるというのか。

 鬼神という名を聞いて、少しだけ憂鬱な気分になりかけたが、私は気持ちを切り替える。


 お父様のような強者を目指す身としては他の強者のことを知るのは大事なことだ。

 正直、サーシャさんのような人間がいるとは、思っても見なかった。


 少ない闘気量で私を圧倒するサーシャさんは間違いなく強者だ。

 彼女の戦い方は、とても参考になる。


 私がさらに強くなるために、彼女のそばで学ぶことはとても有意義に違いない。


「西の森といえば、王国と神国の間だよな? 敵の本拠地の近くに行くのに、この人数で大丈夫なのか?」


 私の問いかけにグレンは頷く。


「だからこそだ。大人数で動いて敵に察知されるわけにはいかない。それゆえの少数精鋭。お前はまだ力不足だが、早く成長して戦力になってもらわなければ困る。そのための今回の同行だ。窮地になれば真っ先にお前を切り捨てる。それが嫌なら残っていてもいいぞ」


 グレンの言葉に私は何も言い返せない。


 グレンの本当の実力はまだ分からないが、少なくともサーシャさんより私は弱い。

 反論するならサーシャさんとまともに戦えるようになってからだ。


「もちろんついていく。足手纏いになるようなら、囮にしてくれて構わない」


 私の言葉にグレンはニッと笑う。


「それでこそ鬼神の娘だ」


 魔族もまた、鬼に負けず容姿は整っている。

 このグレンという魔族も紅葉に負けないくらいの美貌を持っていた。


 ただ、今はその顔が少し憎らしく見える。


 それも、私がまだ弱いせい。

 一刻も早く、この紅眼の魔族を見返してやりたい。


「それで、西の森にはどんな強者がいるんだ? 龍か? 獣人か?」


 鬼神であるお父様と並ぶ戦力といえば、王国では龍神、獣神、魔神だ。

 魔神は魔族だろうから、同じ魔族であるグレンがわざわざ勧誘に行く必要はないはず。


 考えられるのは龍か獣人だろう。

 しかし、私の考えは否定される。


「いいや。今回勧誘に行くのはエルフだ」


「え?」


 グレンの言葉に、私は意表を突かれる。


 他種族との交流が少ない鬼の私は、エルフを見たことはない。


 ただ、話に聞くエルフは、とても強者とは思えない。


 閉鎖的で森に籠る、色白で華奢な種族。

 森の中での狩猟を生業としているため弓が得意で、魔族と並んで長寿であり、呪術も使える。


 それが私の知るエルフだ。


「エルフがお父様やサーシャさんのような戦力になるんですか?」


 私の問いかけにグレンは微笑む。


「鬼神やサーシャのような働きをエルフには求めていない。エルフにはエルフの役割がある。まあ、戦ってもお前よりは強いだろうが」


 グレンの言葉にカチンとくるが、サーシャさんに手も足も出ない私には何も言い返すことができない。


「だが、このまま俺たちが何もしなければ、エルフは近い将来に滅びる」


 突然のグレンの言葉に私は驚く。


「な、なぜ?」


 神国と王国の間に位置する西の森に住むエルフたちは、何千年もの間、中立の立場で国を維持してきたはずだ。

 私たちの王国とは違い、神国とも友好的な立場にあったエルフたちが滅びる理由が分からない。


「行けばわかる。だから俺たちは、滅びる前に目的の人物に接触しなければならない」


 つい先日、自分の村が滅びかけた私は、グレンの言葉に頷けない。


「理由は分からないが、もうすぐ滅びるというのなら、滅びる前に手を貸してやればいいのではないか?」


 私の言葉にグレンは苦笑いを浮かべる。


「それができればそれに越したことはない。種族ごと味方につけられれば、少数とはいえ大きな力にはなるなだろう。だが、エルフは王国のことをよく思っていない。大昔、王国でもバカな人間が、己の欲のために度々エルフを奴隷にしようとしていたようだからな。可哀想ではあるが、己に好意的でない種族を丸々救ってやるほど、俺たちには力も余裕もない」


 グレンの言うことは理屈では分かる。

 そして、残念ながら私には、グレンたち以上に力がない。


「間違っても勝手なことはするなよ。お前と俺とは対等な同盟関係とはいえ、大局を見誤って勝手なことをするようなやつと一緒に戦うことはできない」



 グレンの言葉に私は頷く。


 グレンの言う通りだ。

 私の目的は見ず知らずの他種族を救うことではない。


 お父様を死に追いやり。

 村のみんなを大勢殺した人間たちへ、復讐することだ。


 それが最優先であり、それが全てだ。


 モヤモヤした気持ちがないかといえば嘘になるが、優先順位を間違うことは、全てを無駄にすることにつながる。


 お父様は私を一番に考えてくれていた。


 村のことより。

 自分の命より。


 鬼神としては失格かもしれないが、父親としては最高の選択をしてくれた。


 私にも大事なものがある。


 紅葉。

 村のみんな。


 お父様を殺し、紅葉を傷つけ、村で虐殺を行なった人間たちを許すわけにはいかない。


 助けられるなら助ける。

 でも、あくまで自分たちに害が出ない範囲で、もしできれば、だ。


 エルフには悪いが、私も私の目的のために、無駄に命を落とすわけにはいかない。

 命をかける覚悟はあるが、それは自分の大事なもののためであり、余計な親切心で無駄死にするつもりはない。


 それはきっとグレンも同じだろう。


 王国を侵略してきた人間たちと戦うためにきっと彼女も命を賭けている。

 でも、王国民でないエルフのためには、彼女は命はかけられない。


 私はサーシャさんの方を向く。


 いつも無口で、考えていることが全く読めない彼女。

 そもそも私は、彼女が何者で、なぜグレンと共に行動しているのかすら知らない。


 彼女に聞いても何も教えてくれなかった。

 それどころか、私は彼女と会話できたことすらない。


 私がまだ弱くて話すに値しないからだろうか。

 もっと強くなって彼女に認められれば、話してくれるのだろうか。


 グレンが私の方を向く。


「何か余計なことを考えているようだが、お前の仕事は俺の命令に従うこと。それ以外は何もするな」


 とても対等な関係の相手にかける言葉ではないが、私は頷いた。


 私は村の外に出たことがほとんどなかった。


 見知らぬ土地で勝手なことをすれば何が起こるか分からない。

 だから、経験者の言に従う。

 それはお父様にも教えられてきた。


 私は馬鹿ではない。

 それくらいのことは守れる。


 私は頭を切り替えて前を向く。


 エルフという初めて会う種族と、王国の外という、村の外すらよく知らない私にとって未知の地に、少しだけ好奇心を膨らませながら、私はグレンの後に続いた。

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