第14話 鬼神の娘⑤

「花!」


 おばさまの叫び声に反応し、私は間一髪で龍の尾を避ける。


ーーブォンッ!ーー


 お父様が金棒を振った時のような音を残して、お父様の体よりも太い尾が、私を掠めながら通り過ぎていく。


 そんな私へ、人間たちが一斉に右手を向ける。


『窮奇(きゅうき)!』


 耳慣れない言葉と共に、人間たちの手から、見えない何かが放たれた。


 放たれたのは恐らく魔法。

 魔法を相手に戦ったことはないが、その存在は知っているし、お父様との鍛錬の中で、魔法を想定した戦いも何度も経験している。


 私は五感を研ぎ澄ます。

 周囲を覆うように闘気を薄く放ち、僅かな変化も見逃さないようにする。


 私の肌が、周囲の空気が切り裂かれるのを感じた。

 私は闘気を込めた金棒を大きく振った。


ーーブンッーー


 私に向かっていた無数の風の刃が、金棒が起こした風圧で霧散する。


 風の魔法は効かないと判断した人間たちは、次は別の魔法を放つ。


『煉獄(れんごく)』


 言葉と共に、私の周囲が激しい炎で燃え上がる。


 回避はできない。


 そう判断した私は、皮膚を闘気で厚く覆う。


ーーゴオッーー


 燃え盛る豪炎が私を覆い尽くす。


 しばらく経って炎が弱まる。

 闘気の消費はそれなりに大きかったが、私は火傷一つ負っていない。


 相手は確かに強い。

 闘気の量も私より多いし、魔法まで使える。


 でも、負ける気はしない。


 自分より強い相手との戦いは、毎日何回も、何十回もやってきた。


 紅葉も。

 おばさまも。

 他の鬼たちも。


 こちらが優勢とは言えないが、十分に渡り合っていた。


 まだまだ闘気には余裕がある。


 守ってばかりでは戦いには勝てない。

 私は、攻撃に転じるため、金棒め込める闘気の量を増やそうとした。


 その時だった。


「二倍でも勝てないってお前らヤバすぎだろ?」


 そう言って笑う金髪の男。


「何もしてない奴がうるさい。さっさともっと上げろ?」


 会話の内容が分からない。


 二倍?

 もっと?


 何の話をしているのだろうか。


「疲れるから、雑魚ども相手に使いたくないんだけどな」


 金髪の男はそう言って呟くように言い放つ。


『鬼神狩り』


 巨大な龍と人間たち。


 ただでさえ、私たちより多かった闘気。

 その闘気の量がさらに跳ね上がる。


「これで三倍だ。さすがに勝ってくれよ」


 これまで何とか均衡を保ってきた戦闘。

 そのバランスが大きく崩れる。


 敵の変化をいち早く感じた私は、敵が攻撃を繰り出す前に仕掛ける。


 全力で闘気を込めた金棒の振り下ろし。


 渾身の一撃は、その後の防御が疎かになる代わりに、例えお父様でも容易くは受けられないものだ。


 敵が力を発揮する前に、一人でも二人でも削っておく。

 そう考えた私の攻撃。


ーーバキャッーー


 しかしその攻撃は、凄まじい速度で振り抜かれた龍の尾に止められる。


 私の最強の攻撃は、いとも簡単に防がれた。


 龍の鱗にはヒビが入ってはいたが、それだけだ。


 逆に私は、一気に闘気を使ったせいで、ほんの一瞬、闘気が使えなくなる。


 そして敵は、その状態の私を見逃すほどには甘くなかった。


『劫火(ごうか)』


 先ほどの炎とは異なり、凝縮された高熱の炎。


 万全の状態でも防ぎ切れるかどうか分からないほどの激しい炎が私を襲う。


「花!」


 それを見て誰かぎ跳躍すると、私を守るように覆いかぶさった。


ーージュウッーー


 肉が焼ける音が耳に響き、肉が焼ける匂いが鼻をつく。


「避難誘導が終わったから戻ってきてよかった」


 私の親友、紅葉がそう告げる。


「やめて紅葉! 私のことはいいから! このままじゃ紅葉が焼け死んじゃう」


 闘気で覆っているとはいえ、背中を高温で炙られて、おそらく大火傷を負っているにもかかわらず、紅葉はその額に汗を流しながら笑みを浮かべる。


「馬鹿言わないで、花。貴女が逆の立場ならやめるの? 親友の命を助けられるなら、ちょっと火傷するくらい、なんてことない」


 それでも、徐々に紅葉の顔から余裕が消えていく。


 紅葉の背中越しに熱が伝わって来る。

 間接的な熱だけで皮膚が焼け付くような炎。


 それを耐え続ける紅葉。

 何もできず、無力感に包まれる私。


 でも、その危機を救ったのは、思いがけない人物だった。


「おい、止めろ!」


 叫び声と共に火力が一気に弱まり、それを感じた紅葉が、私を抱えて横へ飛び、炎を回避する。


「そのメスは俺のペットにするって言っただろ! 傷物になったらどうしてくれるんだ?」


 そう叫ぶのは最初に村を襲った金髪の人間。


 身勝手な理由ではあるが、紅葉が燃え尽きる前に炎が止まったことは素直に助かった。


 炎が止まると同時に、そのまま私に倒れかかって来る紅葉。


 そんな紅葉を抱き抱えると同時に紅葉の手を握り、ようやく戻りかけた闘気を、紅葉へと流す。


 闘気は身体強化だけでなく、治癒能力も高める。


 私は、皮肉なことに火傷で紅葉のように真っ赤に染まった紅葉の背中を見ながら、全ての闘気を紅葉へ渡そうと試みた。


 そんな私へ紅葉は息も絶え絶えに告げる。


「……だめ。私に闘気を渡したら……花が生き残れなく……なっちゃう」


 そんな紅葉へ私は悪戯っぽく笑顔を返す。


「馬鹿言わないで、紅葉。貴女が逆の立場ならやめるの?」


 私の言葉に、紅葉は呆れたような顔をする。


「……馬鹿。せっかく体張ったのにムダになっちゃうじゃない」


 私は首を横に振る。


「ムダになんかなってない。こうやって話せた。私だけ生き残るなんてなし。死ぬなら紅葉と一緒だよ」


 私は紅葉をそっと座らせ、鬼神の金棒を拾い上げようとしてやめる。

 ほぼ全ての闘気を紅葉に渡した今、金棒を持って戦うだけの腕力がなかったからだ。


 私は周りを見渡す。


 鬼たちはほとんど皆が倒れていた。


 おばさまも、お父様の片腕のおじさんも、強力な魔法の前に、膝をついていた。


「メスは売れなくなるから目立つ傷はつけるな。オスも労働力になるからできる限り殺すな」


 すでに勝った気になっている金髪の人間が周りに告げた。


 そんな人間相手に、鬼で唯一まだ立ち上がれる私が前に出る。


「何だ? 勝てないのは分かっただろ? お前は俺が飼ってやるからもう諦めろ。そっちの火傷のメスも、怪我が治れば一緒だ。二人一緒で幸せだろ?」


 どこまでも勝手な理屈を告げる人間。

 怪我が治らなければ紅葉をどうするのかということすら聞く価値もない。


「お前に飼われるくらいなら、ここで戦って死ぬ」


 私はそう言った後、拳を構える。


「ちっ。これだから頭の悪い亜人は困る。神の使いである俺たち人間様が、役に立ててやると言ってるんだ。素直に飼われればいいものを」


 金髪の人間は、私を指差す。


「仕方がない。この馬鹿なメスを死なない程度に痛めつけろ。動物と一緒で、言葉じゃ損得が分からないらしい。だったら体で分からせるしかない」


 人間たちが一斉に私へ右手を向ける。


ーーブシュッーー


ーーズザッーー


 氷の槍が足を貫き、風の刃が私の腕を切り裂く。


ーーバリバリッーー


ーードフッーー


 雷撃が全身を打ち、石が腹部へ突き刺さる。


 それでも私は倒れない。


 私は鬼神の娘、花。

 世界で一番のお父様の娘。


 その誇りに賭けて、私は倒れない。

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